紛い
2学期 7日目
木森が犯人説が浮上したり。
木森の身体に多量の殴打痕が見つかったり。
怪しい紙が木森の部屋から発見されたり。
その紙から尾田の指紋が見つかったり、と。
捜査が少しずつ進展している、今日。
あの事件のゴタゴタで、学校の臨時休校はまだ続いている。
金属バッドから尾田と木森の指紋が見つかり、なおかつ、木森が殴られていたことから、尾田が木森を殴ったことが判明した。
そして、金属バッドに付着していた血液や、連城の後頭部の殴打痕から、それで連城が殴られたことも。
連城は背後から殴られたから、犯人の顔は見ていないと言っているが、警察は、二人のどちらかが殴ったと考えているようだ。
ただし、まだ、それ以前の四件については、二人との関連について確固たる証拠がないらしい。
そんな感じで。
そんな模様で。
尾田が計画犯として扱われていないということは、木森は恐らく、計画書だけ残して、そそのかす文、つまり一枚目だけは破棄したようだ。
そして。
きっと、尾田は指示通りに、最初に自分が送りつけた紙は、リストの部分以外全て破棄したのだろう。
これだけ経っても、自分のもとに疑念が転がってこないということは、つまり、そういうことだ。
川沿いの、橋の下。
もともと、あんまり人が来ない場所だが、平日の昼間というだけあって、なおさら、訪れる人はいない。
橋の柱を背に、砂利の上に座って。
ぼんやりと川を眺めていた。
一応、関係者であるからと、刑事たちが話してくれた事件の概要を思い出す。
正確には、事件を警察がどう処理するか、についてだが。
木森が叔父の服を無断で拝借したことや、木森の死体の近くにダーツの矢が落ちていたこと。
尾田と木森の、今までの関係。
木森の殴打痕など。
いろいろ把握したうえで。
木森は尾田を脅して、二人で計画書を作成。
クラスメイトを襲撃し、連城を殴り、部屋を燃やし始めたはよいものの。
見ていた尾田が耐えきれなくなって、木森を止めるために、後ろからバッドで気絶するまで殴った。
そのまま逃げようとしたが、出口を誤り、うっかり入った部屋で、炎に飲まれてしまった。
という、判断をしたらしい。
昨日、連城の病室で、連城と一緒にその話を聞いたが、連城は特に反論も肯定もしなかった。
連城は、以前のように、誰にでも人懐っこく話すことをしなくなった。
友達が見舞いに来ても、ほとんど反応を示さない。
家族を除いて、今、まともに連城と話ができるのは。
自分だけだ。
刑事たちが去ったあとで、連城があのとき、本当は何があったのかを教えてくれた。
連城は怯えていた。
尾田が相当、恐ろしく思えたらしい。
見ていて、とても、つらくなった。
連城の話を聞いて、ようやく自分が、一体どこから誤っていたかを悟った。
無自覚に、自分は、尾田のことを信用していたのだ。
そこが、誤りだった。
両手を組んで、伸びをする。
嵌めている手袋の、布地が擦れる音がした。
本当は、連城を傷付けた時点で、自分も死のうと思っていた。
連城を傷付けた自分が憎かった。
いや、もしかすると。
犯行が全て完全に片付いていたとしても。
「つまり、逃げ出したかったわけだ。」
呟く。
そう、疑いをかけられず、罪悪感も感じない。
死んでしまえば、全ての責任から逃れられる。
「そう、思っていたんだろうなぁ。」
けれど、あの時。
連城の病室で。
「……。」
思い出して、思わず、笑みがこぼれる。
計画通りではなかったけれど。
でも。
きっと、本当に望んでいたのは。
そう、わかっていたんだ。
連城を守るだとか、そんな大義名分を掲げていたが。
結局は、自分は。
あの四人に嫉妬していたのだ。
連城の近くにいる、彼らに。
彼らの、連城を陥れるあの計画の露見は、きっと、自分にとって都合の良いきっかけだったのだと思う。
多分、理由をつけて、いつか彼らを消そうと動いていたに違いない。
心のどこかで、彼らを消せる口実に、喜んでいたのだと思う。
「そうじゃないと、いきなり、こんなことできないよな。」
ああ、なんて幼稚な独占欲。
ダーツの矢を取り出す。
無表情の自分の写真を突き刺す。
本当は消そうと思っていた。
本当は、誰よりも歪んだ奴。
本当は、誰よりも危険な奴。
本当は、誰よりも、連城の側にいてはいけない奴。
けれど。
連城が。
そばにいてほしいと、望むなら。
「お前、本当に、運良かったな。」
呟いて、ライターで火を着けた。
火がだんだん、大きくなる。
自分の顔が炎に包まれていく。
あのときのことを思い出す。
炎に囲まれた連城の家。
無理矢理、部屋に閉じ込めた、尾田の。
最後の絶叫が耳に。
「……残ってるような人間だったら、こんなこと、最初からしないんだろうな。」
写真は茶色い屑となって。
風に舞って、どこかに消えた。
直接、手にかけたのは一人だとしても。
事実、自分は六人を殺した。
罪は他人が被るとしても。
それは一生、自分についてくる。
それを代償に。
自分が手に入れたのは。
本当は望んでいた。
自分が一番欲しかったものは。
携帯の着信音が響く。
耳に当てると、ああ、聞こえたのは。
『五十嵐!』
ああ、罪と引き換えに。
彼の、誰でも信じるという純粋と引き換えに。
自分が手に入れたのは。
思い出す。
連城の。
自分のことしか見ていない目。
自分のこと以外を全て排除した目。
自分だけの。
自分だけに向けた。
連城の。
「どうしたんだよ、連城。」
『……どこにいるの?』
「今、病院に向かってるところ。」
『……早く来て。』
「急かすなよ。今日はクラスの奴らも行っているんだろう?私も後から……。」
『いやだ!五十嵐がいい!』
連城の大声が耳に響く。
ああ、ああ、ああ……!
病院の先生曰く、事件のショックで、連城は少々、精神を傷つけられたらしい。
別に、精神異常を起こしたわけではない。
ただ、極度の、人間不信に陥ってしまったようだ。
それに加えて。
過度の、依存。
『早く来て……五十嵐……。』
「わかった、すぐ行くよ。」
『本当?』
「ああ。コーラでも買っていってやるから、待っていろ。」
『わかった!』
依存。
過度の依存と言われるならば。
きっと、自分のほうが、よっぽどだろう。
けれど、それは覗かせない。
自分の、心の裏に、隠したまま。
立ち上がり、歩き出す。
携帯を耳に当てながら、反対の手に持つダーツの矢を見る。
もう、用済みだ。
背後に向かって、放り投げる。
『早く、早く来て!五十嵐がそばにいないと不安なんだ。』
「この前も言っただろう?私なんかでよければ、ずっと側にいてやるよ、って。」
会話が終わり、電話を切る。
携帯をバッグにしまい、手袋を外す。
こんな真夏に、手袋を嵌めることはもう無いだろう。
バッグに手袋を突っ込み、代わりに中から缶のコーラを取り出す。
飲みながら、背後を振り返る。
銀色のダーツの矢は、砂利に紛れて、行方が分からなくなっていた。
背を向けて、伸びをする。
そして。
連城のもとへ、駆け出した。
誰かの裏が表に出た、ある夏休みの話。
[終]
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