梗概


一学期 最終日 から 夏休み 残り3日








三井。


佐久良。


高島。


沼沢。






連城と学校ではいつも一緒にいる四人が連城のいないところで、連城の悪口を言っているのを聞いたのは、本当に偶然だった。





明日から夏休み。



そんな、明るい気持ちさえ失わせるほどの。


衝撃を受けた、教室の陰。



「あいつ、うざいんだけど。」


高島が言う。


いつも笑顔の連城のことが。



「マジむかつく。」


佐久良が言う。


呑気に生きる連城のことが。



「スゲーイライラするんだけど。」


沼沢が言う。


クラスの中心で輝く連城のことが。



「それならいっそ……。」


三井が言う。


その提案は。










新学期が明けたら。



いつも皆で集まる。



あの寂れた階段から。



事故に見せかけて。



連城を突き落とそう。









ああ、くだらない。





連城を突き落としたところで。



いったい何が変わるんだ?





殺すつもりなのか。



怪我は間違いなくするだろう。






なんてことだ。


なんてバカだ。







連城の良さもわからないバカ共が。







単に嫉妬しているだけだろう。


その劣等感はお前ら自身のせいだ。




連城はお前らを信じているのに。





連城の信頼を裏切りやがった。




許さない。


許さない。


許さない許さない許さない許さない。









校舎の端、木森が尾田を殴っているのを見かけた。




あの四人が、尾田を常々馬鹿にしたような態度でいたことを思い出す。



そして、自分の尾田に対する態度も、決して良くはないことも。




まあ、自分の場合、連城以外の男子は皆同じ扱いなのだが。








上手くいけば。


もし、上手くいけば。





あの四人に危害を。


失敗しても、罪は木森に。


それが露見しても、最悪、尾田に。





ああ、まったく。




こんなこと思うなんて。


自分は狂ってる。



けれど。













『私は、あなたが


ずっと木森氏に苛められているのを見ていました。



そして


佐久良、高島、三井、沼沢、五十嵐に


見下されていることも。



復讐しませんか。



私は名乗れません。


疑ってくださっても結構です。



けれど、あなたはこのままで良いのですか。




私なら、その復讐を助けられます。


計画を立てることができます。



あなたの手は汚れません。


全て木森氏がやってくれるように仕向けましょう。



あなたがそれをバラせば、

木森氏は逮捕されもうあなたを虐げられないし、

それをネタに脅せば、

木森氏はもうあなたに従うしかない。



どうするにせよ、この紙は破棄したほうが

あなたのためです。


木森氏のそそのかしかたについては

この紙の次の、二枚目に


一人一人の襲撃方法については

三枚目以降に記載してあります。



最後の一枚は

木森を除いた五人の名前です。

参考にしてください。




この計画案をどうするかは、あなたに委ねます。』





我ながら子供染みた、拙い文章。




尾田の家のポストに投函する。


尾田宛の、匿名の紙切れ。





尾田がこれに乗れば、近いうちに、尾田は木森の家に行く。





自分が作ったのに似たような、匿名の紙切れを託しに。










ああ、成功だ。



尾田が木森の家に走る様子を見て笑う。




あんなに楽しそうな尾田を見るのは初めてだ。




紙切れを、尾田は木森の家のポストに入れる。




あーあ、あいつ手袋してないよ。


まさか中身も手書きじゃないよな?


お前がバレたらすぐに終わりなんだぞ。




まあ、相手がオツムの弱い木森なら、そうでも多分大丈夫だろう。




尾田が乗るかは賭けだったが。


木森は、木森なら簡単に乗る。




標的に自分を入れたのは、最終的に正当防衛で木森を仕留めるためだ。




計画案の最後、標的を自分にした襲撃案。


自分自身で考えたのだから、襲撃の方法はわかっている。




五人目の標的だけ、確実に失敗するように仕向けられた計画案。




駐輪場の、監視カメラに確実に映るように、正当防衛の証拠が残るようにした、自分自身への襲撃案。




他の四人については可能な限り、行動を調べ、先読みしておいた。




三井、高島は行動の習慣がある。


二人は大抵、決まった周期に決まった場所に行く。



佐久良が映画オタクなのと、あのマイナー映画のシリーズが好きなのは、以前からわかっていたことだ。




問題なのは沼沢。


だが、こちらがバレないように遠回しに手助けすれば問題ない。






最初の犯行の、一日前。




ゲームセンターで、連城とあの四人が遊んでいるのを見かけた。




ああ、こうしてみると、普通に楽しそうなのに。




疑うことを知らない、純粋な連城。




彼らの裏に潜む、汚い感情に気が付かない。




レーシングゲーム。



三井と連城が競っている。



連城の黒い車が、ギリギリのところで三井の車を追い抜き、フィニッシュした。




連城が他の三人と話している間、三井はずっと連城を睨んでいた。




ああ、なんて子供なんだ。


ゲーマーを自称するなら、それを糧にしろというものだ。






翌日も三井はゲームセンターにいた。



男物の帽子に髪を詰め込み、男物の服で身を固めた。


帽子を目深にかぶり、三井に近付く。





三井はコースを逆走し、わざと黒い車に体当たりしていた。


昨日、連城が使ってた車だ。





あまりの狂気的な行為に、思わず声を漏らす。




慌てて自分の口を塞ぎ、気付かれないように、すぐにその場を離れた。





レーシングゲームがある二階から、長い階段を下って一階に向かう。



階段の前の壁に寄りかかり、缶のコーラを開ける。






中学生がここにいられるのは午後六時まで。


それが、ゲームセンターのルールだ。



例えば木森のように図体がデカく、老け顔な奴ならともかく、自分や三井のような、明らさまな中学生はすぐに追い出される。




三井は時間ギリギリまで粘るだろう。





そして、六時前には、必ず、ここに。






思っていたよりも早く、三井は切り上げたようだ。




コーラの表示を眺めていたら。







目の前の階段から、三井が転がり落ちてきた。





周りの誰かが悲鳴をあげる。



みんなが床に倒れている三井に注目しているなか、一人、二階を見上げる。



野次馬に背を向ける、あのデカい背中は間違いなく、木森だ。



周囲を見渡す。


人を掻き分け、逆走する尾田が、紙切れに線を引いていた。






ああ、まったく。




「どいて!どいて!」



慌てた顔を作り、三井に駆け寄る。






息はしている。


ちくしょう。




まあ、そうか、即死なんて。


簡単にできるはずがない。




「携帯!持っている人!救急車!あ、店員さん!早く来て!早く!」




自分の声に、周囲がざわめきだす。




ゲームセンターのスタッフが駆け寄ったのと同時に、然り気無く立ち上がり、野次馬の中に戻る。




あいつら、二人とも、生死の確認もしないのか。


まあ、あくまであの二人は、憂さ晴らしだから仕方ない。




ため息をついて手袋を嵌めた。



「はいはい!関係ない人、全員出て出て!」


救急隊員の声が響いた。


てっきり、ゲンバホゾンとかで残されると思ったが、隊員がそのように指示したのは、きっと周囲の人の数人が、カメラのシャッターを切り始めたからに違いない。


そういう種の人は何処にでもいる。


そして救護にあたって、その種の人間は邪魔でしかないのだろう。


自分がそういった好奇心で撮られた写真に写ることは懸念していたが、この場を早く離れられるように仕向けてくれた彼ら彼女らには感謝しなければ。




ゾロゾロと野次馬がゲームセンターから出る。




人混みの中、できるだけ三井のほうに近付く。


ギリギリ、人の波から出ない辺りで、用意していたそれを落とした。




野次馬の最後のほうに並んで、ゲームセンターを出る。




ダーツの矢に貫かれた三井の写真を見つけた救急隊員の声を確かに聞いて、その場を立ち去った。









翌日。




普段、というか、もう一生着ることのないだろう種類の服を着て、生まれて初めてと言えるくらい濃いメイクで、映画館を訪れた。




少々、人目を引く。



が、我ながらこの化粧は、完全に自分の顔の特徴を消し去っていると思う。


恐らく、知り合いにあっても気付かれることはないだろう。




随分前に、連城から聞いた話によると、佐久良は、映画は大抵、決まった席で見るそうだ。



そこのすぐ後ろの席のチケットを取り、シアターへ向かう。


チケットを買う際に、下手に名前が入った学生証などは出せなかったので、仕方なく一般料金だ。


中学生には地味に痛い出費だ。





シアターに入ると、木森が予定通り、佐久良が座る隣の席に座っているのが見えた。


然り気無く顔を隠しながら、自分の席を目指す。



席に座り、パンフレットを取り出すと、佐久良がシアターに入ってくるのが見えた。



なんとまあ、幸せそうな顔だ。





自分の目の前の席に荷物を置いた佐久良と、目が合う。




愕然とした様子の佐久良を見て、一瞬バレたかと思ったが、佐久良は自分の持つパンフレットを凝視していた。



荷物を全て席に置いたまま、佐久良が駆け出す。




ああ、あいつ、これを買い忘れたのか。



鼻で笑って缶のコーラを取り出す。



あれ、持ち込みって禁止だったっけ。


まあ、いいか。






佐久良が去ってから、すぐに木森が動き始めた。




おいおい、まさか今、仕込む気じゃないだろうな。




様子を見ていると、どうやらその、まさかのようだ。





尾田への計画案には、上映中にジュースをすり替えるように書いたはずだ。





尾田による計画変更なのか、木森の個人プレーなのか。




早く終わらせたいのか、大胆なのか、馬鹿なのか。




木森とすれ違うように佐久良が戻ってきた。




おいおい、危ないな、本当に間一髪だったじゃないか。




走って息があがった佐久良は、すぐにジュースに口をつける。




お前も随分早いなぁ、もうちょっと間をあけてくれよ。




手袋を嵌めて、慌てて写真にダーツの矢を刺す。



佐久良の呻き声が聞こえる。



ああ、もう、もうちょっと余裕が欲しいな。





尾田にはとりあえずざっくり毒物と指示していたが、あいつ、いったい何用意したんだ。



いや、木森か。





倒れる佐久良を見て、悲鳴をあげる。



周囲の観が一斉に自分を見て、そして自分の視線を辿り、佐久良を見る。




周囲の観客からも悲鳴があがる。





その、一瞬。




佐久良に視線が集まる、この瞬間。





自分の前の、佐久良の座席の背もたれを掴み、佐久良を見るように前に身を乗り出す。





長いウィッグと、服のフリルで、座席を然り気無く覆う。




さくり、と、手の感覚で、座席に矢が刺さったことを確認する。





周りの人間が集まり、佐久良を取り囲む。



その観客たちに紛れて、だんだん、少しずつ

佐久良の側を離れる。



幸い、みんな、様子を見るために、前に前にと行きたがる。



割り込んでくる人の流れに身を任せれば、簡単に騒ぎの外に出れた。




無理矢理、人の輪を抜け出そうとして、迷惑そうな顔をされている木森がいた。




一方、尾田は既に随分と遠くにいる。


だが、紙を見ながらニヤニヤしてるのがどうしても目立つ。



頭が良いのか、悪いのか。




一般のトイレとは異なり、比較的空いてることの多い身障者用のトイレに滑り込む。



一般のトイレだと、特に女子トイレだと、並んでる人や洗面台に居続ける人が多い。



個室に入って出てくる人が別人だったら、特にこんな派手な格好では、目立つ。




身障者用ならば、基本、並んでいる人はいない。



通りすがりの人が出入りを見ているとしても、入ってから出てくるまで凝視している人は、相当の変人だろう。



それに、今は佐久良の騒ぎで、5番シアターにみんな向かっている。



監視カメラの位置は確認している。


全部を確認できたわけではないが、少なくともこの身障者用トイレ付近にはなかった。


それさえわかれば、充分だ。




今まで着ていた服をリュックサックに詰め込んで、比較的ラフな格好でドアを開ける。




警察が来るまでに外に出なければならない。




とりあえず木森や尾田はもう出ただろう。



こちらも、ぼんやりしては、いられない。












翌日。



高島が相当な頻度で来ている市営プールを訪れた。



当然、水着を着るわけだから、あまり顔を隠せるものがない。




仕方なく巨大な浮き輪を購入して、それで顔を隠しながら高島を目で追う。




あれほど、正々堂々と迷惑撒き散らしている客も、そういないだろう。



性格が悪いのか、相当暇なのか。


なんなんだあいつは。




高島の動向を追うのも疲れた。


暇になって、飲んだコーラの空き缶を詰む。




高島の迷惑行為を眺めてるよりは、よっぽど楽しい。






ふいに、タワーが蹴倒された。



カチンときて、相手を睨む。






高島だった。







しまった、と思って、浮き輪で顔を隠した。



高島は気付かず、鼻で笑って通りすぎる。




そうだ、あいつ、視力悪いんだ。



度入りゴーグルをしているけど、プールから上がってちょうど着けてなかったのか。



助かった。






尾田が指示に従えば、次のプールが犯行現場になる。




佐久良の時は色々と予想外だったので不安ではあったが、高島の後ろについていく大きな背中を見かけて安心した。



木森を見て安心するなんて、きっと後にも先にも今だけだろう。




今回はあまり近寄らなくてもよい。


近くに落とさなくても、点検が定期的に入るプールならすぐに見つかるだろう。


さらに、『波の時間』が終われば客は皆、プールの外に出されるから、異物はわかりやすい。




波に揺られながら、木森が立っているのを見る。


きっとあの下に高島はいる。




波がおさまる直前に、ダーツの矢が突き刺さった写真を静かにプールの底に沈めた。



矢が重いので浮かんで来なかった。



これを係員が見つければ良いのだが、一般人がうっかり踏んだら可哀想だ。




だが、さすがに、顔をごまかせない今は、自分が発見者になるわけにはいかない。



プールを出ると、背後から悲鳴が聞こえた。





木森は人の群れに紛れて見つからなかったが、木陰でニヤニヤしている尾田は見つけた。



遠くから眺めていたのだろう、身体はあまり水気を帯びていない。


紙切れに線を引いている。




ここ数日の尾田の表情は、気味が悪いほど生き生きしていて、まるで別人のようだ。




才能あるんじゃないか、と歩き去りながら思った。







翌日。




この以前の三日間の襲撃のうち、二件は事故に見えなくもないものだった。



転落した三井。


溺れた高島。




三人連続だから不自然だが、偶然と思えなくもないのだ。




そしてあの四人の最後に残っているのは、最も行動が読みにくい沼沢。




尾田への計画書には、沼沢は家に居ると書いておいた。



事実、夏休みの終わりのほうは、大抵、皆、宿題に追われ家に居る。


ズボラな沼沢ならなおさらだ。




だが、確実性がない。


確証がない。




襲撃のためには、必ず沼沢は家にいなければならないのだ。





そのために、『共通のものが現場に残される』という関連性を作り出して、事件の可能性を強める必要があった。



いわゆる、脅迫だ。



外出すれば襲われるかもしれない。


次は自分かもしれない。



そういう意識を沼沢に植え付けるためには、単なる事故ではダメだった。




そのための、そのためだけの、ダーツの矢と写真だった。



関連付けるのは、別になんでもよかった。



襲撃手口が同じであるとか。


全部同じ場所であるとか。


同じ傷がつけられているとか。



とにかく、事件性のある共通事項が欲しかった。



故に、持ち運びが出来、用意も簡単で、かつ、「そこにあったのは偶然ではない」ことが

一目でわかる『写真』を選んだ。



例えば、カードやサイコロなど意味深なものを置いたところで、「偶然誰かが落とした」として気にも止められなかったら台無しだ。




そして、更に、脅迫意識を植え付けるためには。


ただの写真ではダメだと思った。






三井の襲撃直前に、ゲームセンターの横のゴミ捨て場でダーツの矢を拾ったのは、本当に偶然だった。





写真に、赤いマーカーで、バツ印をつけようとしていた直前だった。






透明なプラスチックのケース。


蓋が無く、中身が見える。



入っている矢は銀色で、鋭利な先端が輝いている。



ハンカチで包んで持ち上げる。


ずっしりと重い。


ゲームセンターで使うようなものではないだろう。



矢の数は、七本。


十本入りだったのだろうか。


ケースには余分に隙間がある。




三本を紛失して捨てたのか。


それとも、ゲームセンターが危険だと没収して捨てたのか。


落とし物が放置され続けて廃棄されたのか。




いずれにせよ、これは使える。




矢を取りだし、一本一本を丁寧に磨く。



勝手に使われて、指紋が残っていて、あらぬ疑いがかけられては、元の持ち主が可哀想だ。




これなら特徴的だし、より、脅迫めいている。



そう思い、ポケットに矢を突っ込んだ。









そう、全ては、沼沢を家に釘付けにするため。


ただ、やはり、念には、念を。





沼沢に電話を掛けたのは正解だった。


あいつは、事件のことすら知らなかった。




沼沢の家で、事件の概容を話す。


事件が外で起きたことを、説明にしっかり織り混ぜる。



お前が危ない、という意識を、強く、植え付ける。




沼沢の家を出たところで、作業服を着た木森が見えた。



帽子をかぶり、マスクをつけている。


図体がデカいので、成人に思える。


なかなかの不審者だが、作業服のおかげで、辛うじて一般人に見えた。



木森の叔父がガス会社に勤めているのは知っていた。




木森とすれ違う。


あからさまにこちらを睨んできたが、気づかないフリをした。




別に、ガス点検のフリでなくてもよかったのだが。


木森の叔父の話や、あの家のガス管の調子の悪さなどを参考に選んだ。



そうでなければ宅配便のフリをして、荷物の中に混ぜた種類の異なる洗剤を潜ませ、有毒ガスを発生させるつもりだったのだが。




帰るフリをして、階段に身を隠す。


木陰に隠れる尾田が遠くに見えた。





しばらくして木森が出てきた。



自分が隠れているのと逆方向を向いて、走ってその場を去っていく。



怪しすぎる。




木森が去ったのを確かめて、尾田もこちらに背中を向けた。





二人がいなくなったのを確認して、沼沢の家の前に戻る。





手袋を嵌めて、矢を取り出す。



写真の中心を矢で貫く。




そのまま、ドアに刺そうとしたが、思ったよりドアが固い。




周囲を気にして、無理矢理押し込む。




なんとか、先だけ、刺さった。



刺さりが甘いが、まあ、落ちても発見されれば、問題ない。




さて、手元には沼沢の母親の電話番号。


正確には、沼沢の母親の、仕事先の番号だが。



どのタイミングでかけようか。




すぐにかけたら、沼沢はあまりダメージを受けないまま助け出されるだろう。



けれど、沼沢の母親に、自分がここに、沼沢を心配して来たことは知っておいてもらわなければならない。


沼沢家のドアを背にして座る。


沼沢の逃亡防止のためだ。





ガスに関する知識はない。


どれほど吸えば危ないのかは、わからない。






確認しておくか。





インターホン。


カメラは着いていない、はずだ。



けれど、一応、インターホンや覗き穴の死角になる位置から、インターホンを押す。






返事はない。


反応もない。





よし、今だな。





立ち上がり、歩き出す。


番号を押して、携帯を耳に押し当てた。













翌日。



自分が襲撃される予定の、日。




襲撃される場所と時間はわかっていたから、その時間にそこに向かえばいいとのんびりしていたら。







いきなり、連城から電話がかかってきた。







予想外だ。


けれど、相手は連城。



蹴れるはずがない、いや蹴らない。


連城の家まで自転車を漕ぐ。




大丈夫だ、その時間に理由をつけて、連城の家を出れば問題ない。




そう思って連城の家を訪れる。




正直、これからの木森との騒動に若干の不安を覚えていた。



襲撃されると予めわかっていても、大男のナイフを、襲われるフリをして、逃げて奪って、そのうえ、極力急所を目掛けて刺す。



難しいとわかっていた。


けれど、連城の笑顔を見て、気合いが入る。



大丈夫だ、できる。







時間が近付いて、連城の家を出る。



アパートの陰に隠れる木森を見つけた。




ここまで追ってきたのだろうか。


連城から離れて正解だった。


危うく連城も巻き込まれるところだった。






自転車にまたがり、木森がついてこれるようにゆっくりと進む。




時間通りに襲撃される予定の駐輪場に誘い込まなければならない。







しばらくして、振り返る。



木森がついてきている様子がない。






何かがおかしい。





自転車の速度をあげ、例の駐輪場に到着する。




周囲を歩き回っても、木森も尾田もいない。



時間はもう過ぎている。





おかしい。


おかしい、おかしい。









まさか。










来た道を全速力で引き返す。




そうだ、尾田か木森かはわからないが。


佐久良の襲撃の時、あいつらは襲撃の方法を自分達で変えた。



もし、方法だけではなく。


標的まで変えているとしたら。




木森がここを目指さずに。


もし、さっきの場所に居続けてるとしたら。







標的は、危ないのは。










既に集まっていた野次馬を掻き分けて。





ああ。




ああ。






「連城……!」








燃える連城の家。




なんてことだ。





「連城!」



大丈夫だ。


まだ、そんなに激しくはない。


まだ。



まだ……っ!





連城の家。


アパート二階にむかって走り出す。




周りの大人が止めようとする、その手を全て振り切る。



怒鳴りながら階段を駆け上がる。



何を言ったかは覚えていない。


あまり、品の良い言葉ではなかったかもしれない。






誰もついてこない。


正直、大人の手は借りたかったが。



中の様子がわからない今は、一人のほうが都合は、いい。





誰よりも先に状況を知りたい。



ドアノブに手をかける。




思わず悲鳴を漏らす。



熱い。






炎で熱せられたのか。


触れた手のひらが痛い。




けれど構っては入られない。


もう一度、ドアノブを掴む。




そして、突進するように勢いをつけて、ドアを開けて駆け込んだ。







炎の中に、尾田が立っていた。




突然開けられたドアに驚いている。




手前に見える尾田の片手が赤く爛れていた。



どうやらこのドアが開けられなかったらしい。








それよりも。







「どうして ここにいる。」





できるだけ感情を抑えたつもりだったが、それでも言葉の棘は抜けきれていなかった。





片手に金属バッドをぶら下げている尾田は、視線を一瞬、逸らした。





尾田の肩越しに、居間が見える。








倒れている連城がいた。









「お前がやったのか。」



何を、とは聞かない。


だが、それでも尾田には通じるはずだ。




「お前がやったのか。」



もう一度問う。


尾田の目が泳ぐ。







「お前がやったんだな。」














「あっあぁああああぁあぁあ!」




金属バッドを振り上げて、尾田が突進してくる。






不思議だ。


襲撃されることに、あんなに緊張していたのに。



全く気持ちが揺れない。





バッドが振り下ろされる前に、尾田の懐に入り込み。






首もとにナイフを突きつけた。





さっき、連城から没収したナイフだ。





刃物。


刺されば死ぬ。



それを理解した尾田の動きが止まる。




「バッドを捨てろ。」


目を逸らさずに言う。



カランカランと金属音が響く。





きっとこれは木森の独断ではない。


恐らく、尾田の策略だ。




それならば。




尾田は。










空いている手に、あらんかぎりの力を込めて。




尾田の身体を、横に突き飛ばす。





軽い尾田の身体は、簡単に、廊下の横の、連城の両親の部屋の、その奥のほうまで飛んでいった。




相手が尾田でよかった。


木森だったら押し退けることもできない。





連城の部屋に走る。



燃えはじめていた段ボールを、持てるかぎり抱えた。





腕や身体を焦がす炎は無視した。



連城の部屋を出て、廊下に戻る。




間一髪。





反対側、連城の両親の部屋を出ようとしていた、尾田の腹を蹴り飛ばす。





またしても部屋の奥に下がった尾田の、進路を妨げるように段ボールを落とした。





炎の波に飲まれて。


床の灯油を吸い込んで。


段ボールはその部屋の唯一の出入り口で、激しく激しく燃え出した。





炎の向こうから聞こえる絶叫を。


無視して居間に走り出す。





「連城!」



叫んで飛び込んだ居間は、廊下以上に燃えていた。




部屋の奥、うつ伏せに倒れる連城。




足元から呻き声が聞こえたが、目もくれずに連城に駆け寄る。






「連城!おい!連城!」



揺らした連城の目はあかなかったが、呼吸は確かにしていた。




間に合った。


今は、まだ。






連城の身体を背負う。



自分より少し大きい。


連城の成長期と、自分の女の身体が恨めしい。





一瞬、火だるまが目に入る。





そうだ、忘れていた。





手袋をしていないので、指先が触れないように。


指と指の隙間に挟んでそれらを落とす。






そして、連城を背負い直すと、そのまま駆け出した。






そこから先は、必死だった。



とにかく夢中で走っていた。




覚えているのは、連城の母親が、自分達を見て泣き崩れた辺りからだ。





連城が助かったと思うのと同時に。


連城を傷付けた罪悪感が押し寄せる。






そうだ、守りたかったのに。







自分のせいで、連城は……。



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