願い





警察と名乗った二人の男性の話を、連城はぼんやりと聞いていた。





病院のベッドの上で、連城はただただ、組んだ自分の手を見つめている。




顔を上げることも。


声を発することも。


全ての動作が、面倒に思えた。





「キミは自宅で、背後から何者かに殴られた。そして炎の中で気を失った。間違いないね?」




間違いない。


間違ってはいない。


連城は小さく頷いた。




背後から殴られたということなどは、傷を見ればわかるのだろう。




自分が何も言わないでも、きっと話は進んでいく。




「木森くんは……焼け焦げかたが酷かった。灯油が全身にかかっていたらしい。」


「……。」


「尾田くんは、キミの……ご両親の部屋だね、あの場所で亡くなっていたよ。火傷と、あとは、呼吸ができなくなったみたいだ。」


「……。」


「あの部屋の出入り口はひとつだけ。そこでは空の段ボールが山ほど燃えていたらしい。彼はどうやら、それに阻まれて外に出られなくなったみたいだ。」


「……。」




連城は尾田を思い出す。






尾田の、冷たい視線。




思い出して、小さく震える。






「……木森くんは、学校から金属バットを盗んでいる。」


「……。」


「……この、暑い時期に、尾田くんは……灯油を購入したらしい。」


「……。」


「……木森くんは尾田くんを虐めていた。我々の見解は、木森くんが尾田くんを従えて……」




ああ、そこは違う。


そこから先はきっと、誤った答えだ。






でも……もう、もはや、どうでもいいんだ。





ずっと話していた中年刑事は、無反応の自分を見てため息をついた。



連城の母親は、連城が起きたときに声をかけてからは、ずっと黙って話を聞いている。



若いほうの刑事が、沈黙を破ろうと話し掛けてきた。




「キミ、すごいねー。お見舞いの品が、もう、そんなにある。友達がたくさんいるんだねぇ。」




ベッドのすぐ脇の机。





山ほど詰まれた缶のコーラ。


たくさんの菓子。


下手な折り鶴。







「友達……。」





連城は呟く。





思い出したのは死んだ四人の顔。





木森の憎悪にまみれた形相。






そして尾田の、冷たい……。











「あぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあっ!」









俺は叫ぶと、机の上に置いてあったそれら全てを、床に放り投げた。






「きゃぁあぁあ!」



母親の悲鳴が聞こえる。



「ど、どうしたんだ!」



刑事の焦った声も。






でも、そんなことより。







怖い。





怖い。






友達だと思っていた。


でも。



怖い。




嫌だ。




信じていたのに。


信じていたんだ。





疑ったことなんてなかった。



疑うことを知らなかった。





でも、今は、全てが怖い。



人が、怖い。


みんなが、怖い。





「友達」が、怖い。





俺は頭を抱える。




散らばったお見舞いの品。


缶のコーラが病室の入口まで転がっていく。





友達ってなんだ。


友達って誰だ。


信じていいのか。


誰を信じればいいのか。





このコーラに毒は。


菓子に針は。


折り鶴に火薬は。






入ってないなんて、どうして証明できる。




できない。


信じられない。






自分を殺そうとしたのは。


木森と尾田だけだったのか。




自分を憎んでいるのは。


本当にそれだけなのか。




わからない。





他の人間の気持ちなんて。




わかるわけがない。





初めてその恐ろしさを感じる。




怖い。




怖い怖い怖い怖い怖い怖い。



















「おいおい、荒れてんなぁ。せっかく、その缶コーラタワー、頑張って作ったのに。」










落ち着く、安心する、懐かしい、声。






病室の入口に、五十嵐が立っていた。





散らばった缶のコーラを集めながら近付いてくる。






「あーあー、折り鶴、全部ぶちまけやがってよ……それ、折るの大変だったんだぞ?私が不器用なのは、知っているだろう?」




重い空気の病室に、呑気に入ってくる五十嵐には。


身体のあちこちに、酷い火傷の跡が見えた。







ああ。


ああ。




五十嵐……!








何も考えなかった。




気が付いた時には駆け出していた。






驚いた顔をした五十嵐に。



思いっきり抱きついた。





「お、おい、連城、どうした……?」





戸惑う五十嵐を強く、強く抱き締める。





大人たちの視線なんて気にならなかった。





ああ、五十嵐だけは。




五十嵐だけは。







五十嵐を離し、少し距離を置く。




自分が抱き締めた時に、缶のコーラはまた床に散らばっていた。



コーラが床を転がる音だけが響く。




真っ直ぐ見た五十嵐は、不思議そうな顔をしていた。





そんな五十嵐の肩を両手で掴む。




「五十嵐……」


「……おう。」



「……信じていい?」



「……は?」










「五十嵐のことは信じてもいい?もう俺五十嵐しか信じられない五十嵐にも裏切られたら俺もう生きていけない五十嵐だけは味方だよね?俺の側いてくれるよね?五十嵐は疑わないでいいんだよね?五十嵐は怖くないよね?五十嵐は大丈夫だよね?五十嵐のことは信じたい五十嵐五十嵐五十嵐五十嵐とはずっと一緒にいたい他の人が怖い五十嵐だけでいい友達なんていらない疑わなきゃいけない友達なんていらない五十嵐とずっと一緒がいい五十嵐だけを信じて生きたい五十嵐五十嵐五十嵐五十嵐しかいらない五十嵐五十嵐五十嵐五十嵐五十嵐」





「落ち着け!」




五十嵐は連城の頬を両手で包む。




そして真っ直ぐ連城を見た。




連城は荒い息をしながら、五十嵐を見つめ返す。




拒絶されることが、怖かった。


本当は目を逸らしたい。



けれど五十嵐の目は、力強かった。





「それでいいから。」



「……え。」





「ずっと側にいてやるから、ずっと味方でいてやるから。連城を不安にさせるようなことはしないから。大丈夫、大丈夫だから。」





五十嵐は優しく、微笑んだ。




「だから、ほら、笑えよ。」





笑えなかった。



むしろ泣きそうだった。






「五十嵐……!」



連城はまた、五十嵐に抱きついた。




五十嵐の温もりが、とても愛おしかった。




五十嵐が連城の頭を撫でる。



安心して連城は、目を閉じた。








ああ、もう、これだけでいい。




ここだけでいい。






この空間さえあれば。





俺はもう、何もいらない。






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