第2話 探し物はなんですか?

 今日も私は息子のまことを見守っている。

 とは言っても、私が見守る事の出来る範囲は生前の私の部屋の中だけ。残留思念とかそういうものの影響なのだろうが詳しくは分からない。私自身が幽霊ではあるものの幽霊の事はあまり知らない。死んだの初めてだし。ともかく私は、幸いにも生前の状態のまま維持されているこの部屋に居続け、ここへやってくる息子の姿を見守る事が出来るのだ。

 そして今日も息子は私の部屋へとやってきた。正確には宿題から逃げてきたというほうが正しいだろう。昨日あれほど知恵の輪へと向き合ったその代償として、宿題はほとんど進んでいないはず。ここへ来てくれるのはとても嬉しいが父親としてはいくぶん複雑な心境だ。

 息子は何やら探し物をしているらしい。昨日の知恵の輪のようなグッズを求めているのだろうが、何を探しているのかは私には分からない。探し物があるのならばどこにあるのか教えてあげたいが、今の私にはそれすらも出来ない。真よ、何を探しているのだ。


 今日も僕は宿題を放り出し親父の部屋へとやってきた。亡くなった親父の部屋を荒らすようでどこか後ろめたい気持ちもあるけれど、誰かに見られている訳でもないし、ちゃんと綺麗に元に戻せば大丈夫だと思う。なにがどう大丈夫なのか分からないけれど、今日も僕は親父のグッズで遊ぶためにこの部屋へと来た。

 僕は楽しそうな物を求めて様々な箱を開けていた。それにしても、グッズが入った箱にはどれにも親父の名前である真一しんいちと書かれている。几帳面と言えば几帳面でそれはいいんだけど、中に何が入っているのかは書かれていないから開けてみるまで何が入っているか分からない。さっき開けた箱には名前は知らないが可愛いキャラクターのグッズ。その隣にあったこの箱には、食べられる野草関連の資料が入っていた。あまりにも関連性がない配置だから一度開けた箱を間違えてまた開けてしまう。この感じは親父らしいと言えば親父らしいという気もするけれど。

 でも、よくよく考えれば僕は親父の事をあまり知らない。知恵の輪が大好きで収集家で変な物を買ってきては怒られて、部屋の隅っこで背中を丸めて知恵の輪をやっている。仕事についてはあまり話してくれなかったけれど、よく分からないグッズの事を話す時はいつも楽しそうだった。そんな事を考えている内に、中に何が入っているのか分からない箱を次々と開けていく事自体が楽しくなってきた。箱を一つ開ける度にまるで親父の事を一つずつ知っていくようで。

 ねぇ、親父。貴方はどのような人だったのですか。一つずつ教えてください。


 息子よ、何を探しているのか私に教えてくれないか。さっきからちょいちょい、食べられる野草関連の資料が入った箱をまた開けてはびっくりしている。確かに似たような箱は多いけれどその箱は野草だからワンポイントで緑色が入っている。そもそもアイウエオ順で並んでいるから分かりやすいはずなんだが。野草の箱の隣には『ヤシの実ちゃん』のグッズだし。それになぜワ行から開けていくのか。その感じは息子らしいと言えば息子らしいという気もする。気もする、としか言えないぐらいしか知ってあげられないのがもどかしい。

 かれこれ一時間以上は経っただろうか。息子は次から次へとコレクションが入った箱を開けている。本当に何を探しているのだろうか。それとも実は食べられる野草関連の資料が他にもないか探しているのだろうか。それで何度も開けていたのか。息子のリアクションを見るにそれは違うような気もするが、食べられる野草の知識はいざという時に我が身を助けるぞ息子よ。

 私の部屋へと足音が近づいてきた。この足音は恐らく真美まみのものだ。息子もそうだが真美にも申し訳ない事をした。妻である真美を残して私は先に死んでしまって本当に申し訳がない。それなのに息子の真をこんなにも立派に育てている。頭が上がらないとは正にこの事だ。

 足音がどんどんと近づいてくる。そういえば息子よ、宿題はどうしたのだ。息子は探し物に夢中で足音に気がついていない。食べられる野草の知識では助からない類のピンチが迫ってきているぞ。

 ドアが開き大きな声が聞こえた。


「真!宿題もやらずにこんなとこで何してんの!!」


 やはり真美だった。この声に驚いた真は箱を開けたまま身体をビクッとさせて言い返した。


「しゅ、宿題の参考になるかと思って。」


 そ、そうなのか息子よ。そう言えば野草の箱だけフタを開けたままにして別の場所へ置いたのは、間違えてまた開けないようにするためではなく、宿題のテーマが食べられる野草だからなのか息子よ。


「嘘を言うんじゃないの。どうせお父さんの部屋で遊んでただけでしょ。それに何を見ているのよ。ん?食べられる野草?そんなの宿題に関係ないでしょ。数学じゃないの宿題は。」


 そ、そうなのか息子よ。宿題は数学なのか。

 

「さっさと片付けて宿題をやりなさい。これから夕飯の支度をするから、ご飯までには少しでも宿題を進めなさいね。」


 そう言うと真美はドアを閉めて戻っていった。

 真は肩をガックリと落として箱を元の場所へとしまい始めた。宿題があるのなら仕方がない、片付けて戻らないとまた怒られてしまう。そういえば、結局何を探していたのだろうか。戻る前に教えて欲しいぞ。何を探していたんだい息子よ。


 またお母さんに怒られちゃった。それにしても、間違えてまた開けないように野草の箱だけフタを開けたままで別にして置いといたのが仇になった。数学関連の本とかならごまかせたかもしれないけれど、食べられる野草じゃ無理がある。

 でも、怒られたけれど楽しかった。親父の事を色々と教えてもらったような気がしているし、今までよりも仲良くなれたような、そんな不思議な気持ちになった。

 余韻に浸っている場合ではない。急いで箱を片付けて宿題を進めないと怒られる。僕は宿題の事を思い出しちゃちゃっと箱を戻して慌てながら部屋を後にした。お父さんありがとう、また来るね。


 息子よ、なぜ野草の箱だけそのままにして部屋を後にしたのだ。慌てて戻すのを忘れたのか、それとも本当に探し物はこれだったのか。私には見るだけしか出来ないから分からない、どっちなのだ息子よ。

 次にこの部屋へやってくる時までには結論を出そう。どうやら、私にも宿題が出来てしまったようだ。

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すこしふしぎな親子関係 耕一路 @hajyasuta

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