第2話 迷いの森で出会う -ローマのお仕事-

「ごめん。聞こえなかった。もう一度」

 ローマの目が細く、鋭くなった。明らかに気分を害した声で、言う。これは警告だ。それが伝わる声色で、ローマは問うた。ラウァは、答えた。

「私の仕事は、この子を育てること、ただそれだけ! それ以外のことなど、とうの昔に忘れました!」

 その強い発言の刹那、アハッ! という笑い声が響いた。ローマのものだ。ラウァの言葉がたまらなかったのだろう。笑いをこらえながら言葉を紡ぐ。

「ラウァが冗談言うって、珍しいね。明日降るのは槍じゃ済まないよ。ハハ」

 ローマはあくまでも譲歩としてこの発言を提示している。その意志がラウァに通じないはずはないと踏んでのことだ。だがしかし、

「……。冗談などでは、ありませぬ!」

 と彼女は返すのだ。

「…………あ、そう」

 笑うのをやめたローマが静かに俯いて、目を閉じ、数歩後ろに下がる。

 「ボクが聖上から賜った任務は二つ。一つはリクをドラグニクル国へ怪我なく連れてくること。二つは、そこにソラという名前の女の子がいたらその子も一緒に怪我なく連れてくること。それだけなんだ。その意味、もちろんわかるよね?」

「私を、殺しますか」

 ラウァが覚悟を決めたような顔をして問うのを聞いて、

「そんなの! そんなのダメだ!」

 リクが剣を抜き構える。母をかばうようにして、立つ。ソラも、そんなリクの横に立ち、構えを取った。

「……ソラは別にボクと一緒に行っても困らないと思ったんだけどね。まぁ、別に良いよ。遊んであげるよ。でもボクもお仕事だからね。怪我がない程度で、頼むよ」

 ローマは、構えるどころかその場に座り込む。

「どうぞ。暇つぶしにも、どうせならないけど。気がすむまでやれば良いんじゃない?」

 挑発するように、やれやれと肩をすくめて見せた。

「うああぁぁぁぁぁー!」

 渾身の力を込めて、剣の重みに任せて振った剣の一撃は、ローマの体を通らない。それどころか、

「歯こぼれしてんじゃん。それに何さ今の剣の振り方。ラウァ。お前やっぱり何も教えなかったんだね?」

 リクよりも、ラウァに対する文句を言いながらローマは呆れた声を出す。

「スプレッドアクア!」

 ソラが手のひらをローマへ向けて構え、水柱を放出する。水の術法、その中でも基本的な術法にあたる。

「あらよっと」

 今度は難なく避けられてしまう。その時だった、からん、という乾いた音がする。リクが拾い上げて、

「これ……ぼくのタグ……?」

 と声を出すと、

「……あぁ、そうだね。それキミのだった。けどもういらないよね。こんなモノ」

 そう言うと尻尾を器用に使いリクの手から跳ね上げて、パン。ローマの手のひらにすっぽり収まるサイズの拳銃で金属片をバラバラにしてしまった。

「あぁ……っ。なんてことをするのさ! これがないと、これがないとぼくらは自警団に……」

 リクが慌てて欠片を拾い始めると、

「だから、必要ないんだよ。もう自警団いないし」

「……え?」

 リクとソラが口にすると、

「だって、もうなくなっちゃったよ。自警団」

 事もなげにローマは言う。

「…………」

 二人は、その意を汲みきれない。

「あぁ……何てことを……」

 その背後で意を悟ったラウァが小声で呟くのをローマは意に介さず、続ける。

「何をするつもりかは知らないんだけど、自警をするのにあんなに大量の油と火はいらないよ。まだ日は高かったしね。ずいぶん気合入ってたからさ、ボク聞いたの。何してるのって。そしたらさ、『ムカつくガキがいたから家ごと丸焼きにするんだ』って言っててさ。誰の家を燃やすのか聞いたらさ、さっきのタグ見せてもらったんだよ。……ボクのお仕事、覚えてる?」

 ローマから尋ねられたリクは、訝しむ気持ちのまま答えた。

「ぼくとソラを、無傷で連れていく」

 と。ローマはニコ、と笑って。

「大正解。邪魔だからさ。組織ごと壊滅させたんだよ。ドッカーンってね。いやぁ。壮観だった。もっと言うと、現場付近の奴隷の人たちの喜びようが見てて面白かったかな」

 まるで森で花を摘みに行ってました、くらいのレベルで語るこの龍の存在に、リクも、ソラも戦意をまるで失ってしまった。自分たちが怖くて震えてしまうような組織を、たった一人で壊滅させてしまうような相手だ。これ以上の抵抗が、有効な訳がないし、そして逃げるのも、無理なのだろう。

「うん。わかってもらえたようで嬉しいよ。じゃあリク。剣を鞘に収めて、ボクにちょうだい? あ、お城に着いたら返してあげるからそれは安心してね」

 あくまでも笑顔は崩さず、ローマはリクに言う。リクは、それに従い剣を鞘に、収めた。そしてローマに手渡そうとした時だった。

「あ、ごめんリクちょっとタンマ」――パン。その乾いた音が発砲音であることは、幼いリクやソラにもよく理解できた。

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グランビスト建国記 序章 常磐 誠 @evagredora

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