第一話 集団 二
豊島区駒込にある染井霊園は、都内に八ヶ所ある都営霊園の中で最も規模が小さい。
しかし、それでも一歩足を踏み入れると中は迷路のように入り組んでおり、岸田達はこれまで何度も同じように染井霊園に誘い込まれて、その度に相手の姿を見失っていた。
それで、さすがに最近は手前で諦めることが多くなっている。ここは彼らの地元ではなかった。
「川ぁ上ぃ――覚えてろぉ!」
岸田が吼える。その声は風に乗り、墓地を横切って、川上の耳にも届いた。
「覚えておくよ」
川上は小さく呟く。
*
川上、三山、神崎の三人が染井霊園を出て、六義園に向かって真っ直ぐに伸びる道を移動していると、途中で高岩寺方面に逃げた佐々木と篠塚が合流した。
「上手くいったんですね、川上さん」
先程まで川上の目の前を息を切らしながら走っていた篠塚が、金髪を盛大に揺らしながら駆け寄ってくる。
見た目は派手だが、篠塚は巣鴨にある有名進学高校の二年生で、グループの中では頭脳派に位置する男だ。
「ああ、岸田はいつも通り手前で引き返したよ」
「何度も同じ手にひっかかるなんて、あいつら全然学習しませんね」
三山が明るい声で言った。
短く刈り込んだ髪と日焼けした肌。高校の陸上部では一年生の頃から短距離走の正式メンバーに選ばれており、現在は三年生である。
「そう言っていられるのは今のうちだけかもしれない。いくら岸田たちが馬鹿でも、そろそろ染井霊園に伏兵を置いておけばよいことぐらい考えつくはずだと思う」
「でも、川上さんは既に霊園に見張りを置いているんじゃありませんか?」
篠塚とは同じ学校の同学年である佐々木が、口を挟んだ。
彼は前髪を伸ばして眼鏡をかけており、典型的な秀才タイプに見えるが、それが実は計算されたカモフラージュであることは、仲間全員が知っている。
「そうだ。緊急事態の連絡が入った時点で何人か霊園に送り込んである」
「さすがに仕事が早い」
常に無口な神崎がぽつりと言った。
長い髪を後ろで束ね、百九十センチ近い身体を申し訳なさそうにかがめている。彼は二十歳だが、高校を中退してアルバイトを何件かかけもちして生活していた。
彼らがまとまって歩いていると、すれ違う者の何人かは頭を捻る。
それは、彼らの関係が一見してよく分からないからだ。年齢こそ大きな差はないものの、外見がまちまちで統一が取れていないからだ。
この、本来の生息領域が全く異なり、同一集団が成り立つはずもない四人が、集団で行動しているのには理由がある。
彼らは全員、生まれてから今までJR山手線「駒込」駅から「巣鴨」駅にかけてのエリア内で育ってきた。つまり、ここは彼らの地元であり、大切な場所である。
しかし、だからといって同じ集団に帰属することになるとは限らないのだが、彼らは自ら進んでここに集まっていた。
なぜなら、そこに川上がいたからである。
川上――より正確には「川上兄弟」なのだが――は、この界隈では有名人である。
駒込駅前の本郷通りを北に向かって少し進み、霜降橋交差点を左に曲がってしばらく行くと、左手側に「しもふり商店街」という表示が出てくる。
こぢんまりとしているものの個性的な店が並んだ下町の商店街で、川上兄弟はそこで昔から商売を続けてきた酒屋の息子だった。
兄と弟は二歳違いで、兄のほうが頭脳派、弟のほうが行動派と、それぞれに特徴が分かれている。
彼らはおのおのの得意分野を生かして、この界隈の不良どもを次々に攻略し、兄が高校生の段階で巣鴨・駒込エリアを完全にまとめあげていた。
しかも、彼らがそれを行ったのは決して自分達の権力欲を満たすためではなかった。
日本有数の繁華街であり、裏社会との繋がりも強い「池袋」という街と隣接していることから、巣鴨・駒込エリアは昔からその影響を受けてきた。
そこで、川上兄弟は池袋からの脱却を図るべく、このエリアの連携強化を図ったのだ。
真夏のサンタクロース 阿井上夫 @Aiueo
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