第四話 盤上の狂気

 太平洋上の島が存在しない地域に、半径が十キロにも及ぶ丸い物体が急に現れたのだ。


 各国の偵察衛星や哨戒機が殺到して調査した結果、それは明らかな人工物であり、数十万員が居住可能な規模の設備を有した都市だった。

 そして、それが現れた意図もすぐに明らかとなる。なぜならその人工島の中心部には円形の競技場が設置されており、さらにその中央にオセロ台が設置されていた。

 以降、総称して『贈物(ギフト)』と呼ばれるそれは、地球外知的生命体が勝者を讃えるために作り出したものであると考えられた。

 

 長谷川、高品、スーリー、シーマンの四人は勝ち続けた。

「相手に対する敬意を示すために、決して手を抜いてはならない」

 と、いまや世界政府の行政機関と化した国際連合の安全保障理事会から厳命を受けた彼らは、常に持ち得る限りの知識と経験を駆使して勝ち続けた。

 途中で盤上のすべての石が一色に塗り込められてしまったことがある。

 中盤戦で、地球外知的生命体が一方的に投了してしまうこともあった。

 その度に『贈物(ギフト)』は追加され、その位置から冗談半分に「ムー大陸」と呼ばれていたそれは、実際に一つの大陸を形成するほどの大きさとなっていた。

 無尽蔵のマテリアルと、全自動のデバイスが、生活を快適にサポートする楽園と化した『ムー』には地球人口の八割が移り住んでおり、それは増える一方である。

 四人は全世界の英雄であり、この大陸の神であった。


 *


 ここで一つの箴言が登場する。

「過ぎたるは猶及ばざるが如し」

 安全保障理事会の厳命はまさにそれである。


 *


 最初にその兆候に気が付いたのは、長谷川の対局を隣りで見ていた高品だった。

「おい、長谷川。なんかおかしくないか?」

「おかしいって、何がさ」

「いや、気のせいかもしれないんだが、『白』が中割りと一石返しを使っているような気がしたんだ」

 地球外知的生命体の正体は依然として不明だったが、彼らが白を好むことから通称『白』と呼ばれていた。

「……ちょっと待てよ。ここ数回の対局を思い出してみるから」

 トップレベルのプレイヤーともなれば、自分の対局内容を当然記憶している。

 長谷川は眉間に皺を寄せて考え込んだが、長くは続かなかった。

「高品、その通りだ。『白』は既にそれをマスターしていると考えざるをえない。それどころか、兎も出始めている」

「なん、だ、と……」

 高品は愕然とした。

 オセロには定石があり、基本的なものは盤面での石の動きから「兎、虎、牛、鼠」などの動物の名前で呼ばれていた。

 これは当然想定すべきことである。

 四人は自分達が持てる知識と経験をすべて駆使していた。

 それを分析すれば、定石を見つけ出すのは時間の問題だったのだ。

 最善の戦略は、定石を出し惜しみし、常に相手のレベルのぎりぎり上のところまで手加減して手の内を晒さないことであったが、既に遅かった。

 ここから先、『白』の戦略は次第に高度なものとなり、勝敗も確実ではなくなってゆくと考えてよい。

 即座に事態は安全保障理事会に伝達される。

 すっかり安楽な生活に慣れた政治家である彼らは、無意味な議論を繰り返して、次の結論を出した。


 次回対局の無期限延期。


 四人は盤面への接近すら禁止されて、自宅に監禁状態となる。

 夜空と島の中央にあるオセロの盤面は、途中で途切れた状態のまま放置され、一週間が経過した。


 *


 ムー大陸の端、日本人が集まって居住している区画に住む小学生の佐藤綾香は、夜空を見あげて父親の佐藤春夫にこう言った。

「パパー、空に数字があるんだけどー」

「オセロ盤の見間違いじゃないのか」

「そうじゃないよー、だってオセロ盤の上にあるものー」

 事情をよく知らない一般市民である佐藤家にはその数字の意味するところは分からなかったが、綾香は、

「なんだかカウントダウンに似ているなあ」

 と、ぼんやり考えていた。


 *

   

「ムー」という言葉を最初に使ったのは、フランス人聖職者のブラッスールである。

 彼はマドリードの王立歴史学会図書室に保管されていたユカタン司教の著書『ユカタン事物記』の中に、マヤ文字とスペイン語のアルファベットを対照させた表を発見した。

 さらに、その対比表を使ってマヤ語で手書きされていたトロアノ絵文書を解読し、「ムー」と呼ばれる王国が大災害によって滅亡した伝説が描かれていた、と発表した。

 近年、この時のブラッスールの翻訳が完全に誤りであったことは証明されているが、正しい翻訳の中に次の一文が残されていることを知る専門家は殆どいない。

 それは以下のような文である。

「天の神と競ってはならぬ。ましてや勝ってはならぬ。神は己が勝つまでやめず、次第に狂気を帯びる。それで我々の国は滅びた」

 人々の慢心を戒める言葉、程度の認識しかされていないが、夜空にカウントダウンが浮かぶその時代には、最適な戒めの言葉である。

 ましてや、それが歴史的な事実を示す言葉であり、狂気の神が太陽系の近くでゲームの開始を虎視眈々と待っていたことなぞ、知る者は皆無だった。

 

( 終り )

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白と黒 阿井上夫 @Aiueo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ