第三話 神々の反応

 ところが、メッセージへの反応は意外にも発信してから三日後に戻ってきた。

 しかも、具体的な形を伴って戻ってきたのである。地球と火星の間、公転面に対して垂直になるように一枚の巨大な板が現れた。

 地球の夜側の空に昇るそれは、明らかにオセロゲームの盤面であり、地球外知的生命体側の「次の一手」が示されていた。


  ○●

  〇●●

  〇


 地球は当然大騒ぎとなる。


 なにしろ全世界で夜になると同じものが見えるのだ。これでは隠しようがない。

 しかも、盤面の登場が如何にも早過ぎた。太陽から海王星までは光の速さで四時間、太陽から最も近い恒星である「ケンタウルス座のアルファ星」までは光の速さで四年かかる。

 そのいずれでもない中途半端さから、返信した知的生命体は太陽系の外で適度な距離を保って観察しているのではないかと推測された。つまり、事態はかなり深刻ということだ。

 翌日には国際連合による安全保障理事会が緊急招集され、対応が協議された。

 その席上に、途中でとある日本人男性が登場した。

「そんなに慌てることはありませんよ」

 彼がいかにも気楽な声でそう言い切った。(ちなみに以降の会話は、全て英語で行われている)

 安全保障理事会の議長を臨時で務めていた米国国防長官は、いつもと同じ怪訝な顔で彼に訊ねた。

「どうしてそんなに自信を持って言えるのかね」

 彼はつまらなそうに答える。

「だって、次の一手がいかにも初心者が指しそうな安易な手じゃないですか。負けるわけありません」


 そう、人類の救世主として急遽呼び出された彼は、前年度の世界オセロ選手権大会優勝者、長谷川一郎その人である。


 オセロゲームの世界選手権大会において、日本は世界最強を誇っている。

 前年度も、長谷川とそのライバルである高品良助を中心とした日本人選手団は、個人戦及び団体戦を完全制覇していた。

 その長谷川と高品に加えて、「霞の一手」で日本を苦しめたインド系米国人のベン・スーリー、「彷徨える魔手」を駆使するオランダ人のデビッド・シーマンが、安全保障理事会名で招集される。

 彼ら、世界最強のオセロ・カルテットは、東京都千代田区丸の内一丁目にあるパレスホテルのスイートルームに集められ、米国国防総省と文部科学省が準備した衛星画像を見つめていた。

「俺もさんざんニュースで見たし、実物だって夜になれば空に現れるから嫌でも見たけどさ。あれはないよな」

 長谷川がそう言い、全員が頷く。

「だってさ、最初の一手で端の三つを並べて白にするなんて、序盤から取る気まんまんの初心者じゃないか。これだと中割りすら知らないよね」

 オセロゲームには必勝法は存在しないものの、定石のようなものが存在する。

 序盤戦ではあまり相手の石を取ることに執着せず、後半での巻き返しを考えて、自分の色の周りに極力相手の色を残すようにとる戦法がある。

 あたかも相手の石が並んでいる間に割り込むように自分の石を配置してゆくので、「中割り」と呼ばれていた。

「だから、次の手はここ。ここしかない」

 長谷川は三つ並んだ白の真ん中を割るように、黒を置いた。


  〇●

 ●●●●

  〇


 この配置は、最初と同じく信号と画像に変換されて、同じ方向に発信される。

「これで、次の一手がどうなるかだけど、これだったら楽勝パターンだよね」

 と、長谷川がその場で示した配置が、翌日の空にそのまま再現された。


  〇●

 ●●〇●

  〇 〇


 いかにも、全方向から襲いかかることができそうな白の配置だが、これは後々辛くなってゆく悪手である。

 長谷川はにやりと笑って、次のように石を配した。


  〇●

 ●●●●

  〇●〇


 その次の手が以下。

 これで、相手が中割りを知らないことが確定し、地球側の勝利はほぼ確定したと言ってもよい。


  〇〇〇

 ●●〇〇

  〇●〇


 この対局において、地球側は後半で大量に相手の石を返して、数手を残した段階で勝利が確定する。

 全世界が勝利のニュースに沸き立つ中、それは起きた。

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