6:NEMO

全てはここで終わっている。

ということはつまり、彼はこれ以降何も語っていないことを意味する。拠り所或いは宿り先が何かしらの形で機能不全に陥り、その役割を果たせなくなった際には、中にいた者は外に弾き出されるというのは知っての通りだ。ぶつ切られたように語りが終了している事から恐らく、彼は矢張り主人公等というものでもなく、補正も何も無しに語り手として呆気なく死んだのだろうと推測できる。いや、それは少し早計かもしれない。気を失っただけの可能性も否定はできないし、そのままコールドスリープ、長い長いしかし永くはない眠りについたとも想像できる。

兎も角これは私の勝利だ。

中城愛華に仕掛けたプログラム生成装置が起動前に発見されて、追い出された挙句に姿形まで固定されてしまったのは想定外だった。しかし、既に試運転を済ませた方には気付いていなかったらしい。予め「PRO-GRAM 火野眞朝」を起動しておいた事であの「語り手」に気付かれずに実体化出来た。其の為に本来の役割は果たせなくなったが、彼に打撃を与え、停止できたのは大きい。

私の狙いはただ一つ。元山住吉、彼は恐らく私が探している其れであろうと思われる。一般人とは一線を画する、他人を引き寄せる力や機会や可能性を生み出す力こそが其の証拠となろう。彼に我がプログラム生成装置、NEMOを植え込む事が私の目的だ。さすれば私は胸を撫で下ろす事が出来る。

しかしどういう訳か元山に直接NEMOを打ち込む事が出来ない。他の人物に関しては一切の例外なく成功してきているというのにだ。そこで私は考えた。直接が無理なら間接的に、他の人物に植え込んでからそれを起動せずに保持しておいて、元山に移せばいいと。

まずは幾つかのNEMOを何人かに植え込んでおいた。知っての通りそれが中城や火野であり、早い内に準備したのだ。元山にNEMOを植え込んだ後は、元山が高校生になった際に起動しようと決めていた為、それ以前或いはそれ以降に元山と接触すると分かっていた人間に植え込んだ。それは彼らが丁度中学に通っていた頃だったはずだ。そもそも私はプログラム無しでは彼らを知る事すら出来ないため、多くのNEMOを送り出す必要があったのは理解して頂けるだろう。

問題はそこで起こった。プログラム生成装置NEMO ver.52.426が起動前に正体不明のエラーが発生、停止してしまった。この時にそれを単なる失敗だと決めつけて、詳しく調べようとしなかったのが私の最大の落ち度である。それのヴァージョンアップを火野や中城に植え込んだだけで満足してしまった。

暫くして、私の記憶から消えかかっていた此のNEMOは私の前に再び現れた。そいつは私に多くの情報を与えてきた。私としても元山の周辺のNEMOはまだ起動する訳にはいかなかった為、そいつの情報に頼らざるを得なかったのは事実だ。

そう、そいつとは今まで「僕」として語り手の役割を担ってきた彼奴だ。

私の元にあるNEMO ver.52.426と繋がっているモニターをハッキングしてきた様に彼は乗り込んできたのだ。それだけならまだしも彼は私の仕掛けた他のNEMOにも余計な干渉をしてきた。

少し話が前後しているように思えるが、このプログラム生成装置について多少の説明を加えておくとしよう。人に宿ったこの装置は、起動すると半ば自動的にその人物に寄り添って語り始める。初めて起動するまではプログラム生成装置は存在すら不安定で、仕込んだ私ですら忘れてしまっているもの、放置されているものもあると認めよう。代わりにかなり自由に人から人へと動かす事が出来る。よって元山に移す予定のNEMOは起動する訳にはいかない。加えて元山だけはプロテクトが固く、単に移す事は不可能であり、長時間の接触が必要なようだ。それは未だに成功に至っていない。

起動後のNEMOは存在そのものが確定的となり、「何者でもない何か」となる。正体不明であるから干渉される事は殆どないはずだが、人から人へと移すのが困難になる。元山に限れば接吻では足りず性交渉まで必要とする恐れがある。そんな確立の低い現象に賭ける気は毛頭ない。

私に反逆してきた「僕」と名乗るそいつは恐らく、「何者でもない何か」から更に進み、己の正体に手を出したのだと考えられる。そうして彼奴は見事に元山とも接触して見せた。正体を確定したNEMOは彼らにも干渉可能な存在となる。今回の女郎蜘蛛にされたNEMO ver.69.70のように。厄介な事に彼奴はNEMOを私の管理外で起動して、宿主から引き摺り出した挙句にそのNEMOに正体を与えて固定してしまう力を有しているらしい。その上で、複数人で物理干渉を仕掛けてくる。

彼は語り手としての自覚を持っており見透かすように、私という存在はまだしも誰かしらの聞き手やら読み手を想定している節はある。しかし私の目論見自体に気付いていないらしく、他のNEMOに率先して手を出している訳ではない。それが救いと思っていたのだが。

私としては元山にNEMOを植え込むしても、それ以降の彼のプログラムの為にも元山にはハーレムを形成してもらった方が、都合がいい。しかし知っての通り、彼とその一味は元山ハーレムの妨害をしている。ついでにNEMOの存在も、それをそうだとは知らずに危険なものだとはみなしている。偶然とはいえ、彼らは結局私の妨害も行っているのだ。

そして今回私は彼らの戦術を模倣する事にした。火野に仕掛けたNEMOをあえて起動して「何者でもない何か」にして、そのまま火野の体から引き出した。その直後に火野が彼らと接触した時は流石に焦ったが、なんとか彼らには気付かれずに済んだ。そして物理干渉できるように、最高のタイミングでそれに正体を与えて彼奴を物理的に停止させた。一体につきそれ相応のコストが色々な面でかかるNEMOを本来の用途とは違う事に使ってしまったが、十二分の役割を果たしてくれた。

しかし私は元山含め彼らの状況を知るのに彼の提供する情報に依存していたのは一つの事実である。よって今度はまた別のNEMOを起動しなくてはならない。新しいNEMOを用意するには少し余裕がない。今回は既に仕込んであるものを起動せざるを得ないだろう。より理想的なものは様々な要因で使えない。ここは彼女のものを起動しよう。その為には遊園地時点よりは少し過去に戻る必要がある。そのせいで彼が一旦は復活する事とはなる。それでもその後に再び未来は同じく彼の停止を迎えると信じているし、私はそう祈っている。

〈NEXT → PRO-GRAM 土井香弥乃 @メタ;ハーレム-プログラム 2〉


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メタ;ハーレム-プログラム 1 中畑 汎人 @futon

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