アイスクリームの星

ララパステル

アイスクリームの星

「ねぇミミ」

「なんだい?タマ」

「僕らはどうして、ここにいるのかな?」

「さぁ、どうしてだろう」

「どうして、僕らは生まれてきたのかな?」

「さぁ、どうしてだろう」

「でも、僕たちはきっと、幸せだったんだろうね」

「あぁ、幸せだった」


・・・


 大きな宇宙の片隅に、その星はありました。

 アイスクリームの星です。その星のすべては、アイスクリームでできていました。

 おいしい香りに誘われて、甘いものが大好きな旅人が立ち寄ります。

 けれど、結局は食べずに帰ってしまいます。

 どうしてかって?

 昼に訪れた旅人は、とけたアイスクリームにため息をもらします。夜に訪れた旅人は、アイスクリームと友達になって、帰ってしまいます。

 そう、その星のアイスクリームは生きているのです。


 アイスクリーム星の、長い夜が始まろうとしていました。

 夜が始まるころ、アイスクリームの星は色とりどりの大海原で覆われています。甘くておいしい海が、夜と共に、ゆっくりと凍っていきます。

 海が凍り、雪が降り、アイスクリームの大地が出来る。そして、降り積もったアイスクリームの雪が少しずつ固まって、新しい命が生まれます。

 ある所では、偶然アイスクリームがゾウの形になりました。すると、そのアイスクリームは本物のゾウになって動き出します。ただのゾウではありません。イチゴ味、ピンクのゾウです。

 他にも、色んな生き物が生まれました。メロン味の雪だるまや、七色の犬さん、アイスクリームの雪雲を泳ぐ赤い金魚なんてのもいます。

 全てが溶けてしまったアイスクリームの星は、夜と共に、命に満ち溢れます。喜びの声がこだまするのです。


 彼もまた、そんなアイスクリームから生まれた一人でした。

 彼の名前は「ミミ」。バナナ味のアイスクリームから生まれた、黄色い猫です。足の先だけチョコレート味。

 ミミはとても可愛らしく陽気でした。すぐに友達もいっぱいできました。

 一番仲がいいのは、ミミの何倍も大きな桜味のライオンです。名前は「タマ」。ミミが名付けました。

 タマは見かけによらず、少し臆病で、だけど、とても優しいライオンでした。

 ミミとタマが仲良くなったのも、その優しさのおかげでした。

 生まれたばかりのミミは、自分の体がおいしくて、足をペロペロとなめました。おいしさのあまりに夢中いなってしまって、気がつくと足がとても細くなってしまっていたのです。

 そんな時、助けてくれたのがタマでした。


「ど、どうしたんだい?」


 そう言って、困っているミミに、タマは声をかけました。最初、ミミは、自分よりはるかに大きなライオンに、すごくおびえました。けれど、タマの優しい瞳に自然と言葉を返しました。


「足が、なくなりそうなんだ」

「なら、あそこにあるチョコアイスをつけるといいよ。きっと、君の黄色によく合うよ」


 タマはそう言って、ミミの首根っこを咥えて、チョコレートの水たまりに連れて行きました。

 ぽちゃんと、水たまりにみみが入るとと、ミミの細くなってしまった足は、綺麗なチョコレートにコーティングされました。


「すごい、すごいや!なんだかおしゃれになった気分!」


 そう言って、ミミは喜びました。二が仲良くなるのに時間はかかりませんでした。


 ミミとタマは、色々な所へ行きました。それは、まさに冒険でした。

 ミントアイスクリーム渓谷では、ペパーミント味のカピパラを探したり。ラムレーズンの砂漠では、ホワイトチョコの砂嵐に巻き込まれたり…

 色んな冒険をして、多くの友達を作って…二人は、ずっと一緒に旅をしました。

 そんな冒険のさなか、彼らは不思議なものを見つけました。ミミとタマが、お化けキノコの森を歩いていた時のことです。

 前を歩いていたミミが、ふと足を止めました。


「どうしたんだい、ミミ?」


 タマが尋ねると、ミミは鼻先をクイッと動かして、目の前のそれを指さしました。

 そこには大きな氷があり、その中には誰かがいたのです。氷漬けになっているのは、二人が見たことのない生き物でした。毛のない猿のようでしたが、何かを身にまとっています。


「どうしようかタマ?」

「困っているみたいだし、助けよう」


 二人はペロペロと氷をなめ始めました。長い時間をかけて、ゆっくりと氷を溶かしていきます。しばらくすると、ようやく氷も薄くなりました。すると中の誰かが動いて、パリン!と氷が割れました。


『うわっ!びっくりした~』


 二人は声をあげて物陰に隠れました。恐る恐る氷のあった場所を見てみると、そこには氷漬けだった生き物が、笑顔で立っていました。


「ありがとうありがとう。君たちが私を助けてくれたんだねぇ、ありがとう。私は魔法使い。この星に遊びに来たんだけれど、少し寝ている間に凍ってしまったんだよ」


 そう言って、魔法使いはゆっくりと二人に近づきました。二人の目の前まで来ると、優しい口調で二人に語りかけたのです。


「君たちの願いを叶えてあげよう。どんな願いでもいいさ。おとぎ話のような意地悪はしない。だけど、これだけは覚えておくんだ。今の願いが、未来でも君たちの願いとは限らない。だから叶ってしまった願いを消したくなったら、呪文を唱えるんだ」


 ミミとタマには、願い事はありませんでした。ですが、少しだけ心配なことがありました。体が溶けてしまったらどうしようということです。体が溶けるなんて、自分でなめない限りないさ!なんてミミは思っていましたが、タマはそんなミミが心配でした。

 だから、二人は魔法使いにお願いしました。


「僕たちの体を溶けないようにしてほしい」


 そうして、彼らはその星で二人だけ、とけないアイスクリームになりました。


 それからも、二人の冒険は続きました。もっともっと友達も増えて、二人はいつも喜びで笑顔でした。

 もうすぐ、長い長い夜が明けようとしていました。


 アイスクリームの星は、長い長い夜の後、短い昼が来ます。

 彗星のように現れる太陽が、すべてを溶かし、アイスクリームの生き物を全て、甘くて色とりどりの大海原に変えてしまいます。

 さようならを言う時間もありません。みんなが幸せな時間の中で、すべてが溶けていきます。

 ミミとタマは、それを知りませんでした。いいえ、みんな知らなかったのです。

 長い長い夜が始まった時に、皆が生まれました。知っているはずがなかったのです。

 冒険した場所も、大切な友達も、すべてが溶けていきました。

 幸せだった時間のまま、すべてが終わってしまったのです。

 たった二人、ミミとタマを残して。


 短い昼が、また甘く色とりどりの大海原を作りました。その大海原の真ん中で、ミミとタマは泣き続けました。

 泣いて、泣いて、泣いて…そして、短い昼が終わり、アイスクリームの星にまた、長い長い夜が来ます。

 海が凍り、雪が降り、アイスクリームの大地がでました。そして、アイスクリームの星は、幸せの声に包まれました。

 泣いていたミミ達は、新しい仲間たちの声に、少しだけ笑顔を取り戻しました。


「ねぇミミ?」

「何だい?たま?」

「また、冒険に出かけよう」

「あぁ、そうしよう」


 胸の穴を閉じるために、ゆっくりと歩きだしたのです。

 二人はまた、冒険に出かけました。


 冒険の先々で、二人はまた多くの友達を作り、色々なことを経験しました。

 それは胸の穴を少しだけ埋めてくれました。

 昔の思い出は、彼らを支えてくれると同時に、胸の穴を決してふさがせてはくれませんでした。

 今はいない大切な友達との思い出は、決して消したくはありません。だけど、思い出を抱え続けるのも辛いことでした。

 そして、また訪れるであろう短い昼が怖くてたまりませんでした。


 時に二人は多くの経験から、新しい友達たちに色々なことを教えました。

 ちょっとした遊びから、冒険談を話して楽しませたり…みんな、喜んで彼らの話を聞きました。

 友達はまたたく間に増えました。みんな仲良しで、みんな笑顔です。

 だけど短い昼のことだけは、どうしても教えられませんでした。


「タマは、昼の話をするべきだと思う?」


 ミミがそう訊くと、タマは首を横に振りました。


「幸せそうなみんなの笑顔を、くもらせられないよ」


 二人は、昼について話すことはできます。でも溶けずにいる方法は、もうどこにもないのです。魔法使いはもういません。二人は、他の皆を助けることはできないのです。

 だから彼らは話せませんでした。


 二人がいくら悩んでいようと、そしてみんながいくら幸せであろうと、短い昼はやってきます。また、彗星の様な太陽がやってきました。

 もうすぐ、短い昼がやってきます。


 アイスクリームの星の空が、少しずつ明るんできました。

 遠くの太陽が、空を照らしているのです。

 小高い丘の上に、ミミとタマは二人きり。そして、空を眺めていました。


「ねぇ、色んな冒険したね」


 タマはそう言って、ミミを見ました。


「そうだねそうだね。冒険したね。僕は今でも、君が僕にチョコレートの靴下をはかせてくれたことを、よく覚えているよ」


 ミミは嬉しそうに笑いました。


「僕たちは、幸せだったね」

「あぁ、幸せだったよ」


 二人はまた笑いました。


「もうすぐ、昼が来るね」


 そう言ったタマの目には、少しだけ涙が浮かんでいました。大きなライオンなのに、その涙は小さくて、きらきら輝いていました。


「うん。もうすぐ、昼が来る。全部全部、持って行っちゃう、昼が来る」


 ミミの瞳も、うるんでいました。


「ねぇ、魔法使いを探しに行くかい?それとも、呪文を唱えるかい?」


 ミミは、ゆっくりと、訊きました。


「ねぇ、ミミ、僕たちは今、幸せかな?」


 タマは、ミミに訊きました。


「さぁ、わからないよ。だけど…」


 ミミは、言葉を区切り、少し考えた後、口を開きました。


「きっと君と出会った時は、幸せだった。今も、君がそばにいる。だから、幸せなのだと思う」

「他の皆は、幸せそうだね」


 優しいライオンは、そう言いました。


「あぁ、幸せだとも」


 陽気な猫は、そう言いました。


 二人は決めました。自分たちがどうすべきなのか。二人だけで、決めたのです。


 その星は幸せな夜と、その夜を終わらせる昼が来ます。それは悪いことではありません。きっと、幸せなことなのです。幸せがずっと続くとは限らない。その幸せのまま、すべてが終わるのです。きっとその星は、すごく優しい星なのです。

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