預言少女ラミル

@sinkuro

第1話後光

 今日は何曜日だろうか?そんな他愛もないことを思いながら車内の助手席から見上げる空は雨雲に覆われ、まるで俺の心やこの車内の様に暗い。車を運転する親父との会話は車が走り出した頃数回あったきりもう随分と交わされていなかった。少し寝ようかな。そう思い視線を空からその下の海へ移した時、何か妙な物が視界に飛び込んできた。いや、妙な物ではなく妙な者だ。女の子。ヘルメットを被った女の子が岬に一人佇んでいる。一体何だろうかあれは。

「親父、ちょっと止めてくれ」

「どうした?」

「あ、いや、えーと…ガキの頃の知り合いがいて、ちょっと話してきたいんだ」「そうか、待ってようか?」

「いや、いい。先行っててくれ」

「そうか。ばあちゃん家は覚えてるか?まだだいぶあるが」

「ああ」

「よし、ちょっと待ってろ」

親父はミラーだけでは不安なのか後方を直接振り返りで確認するとゆっくりと車を止めてくれた。車の運転手に車を止めさせるなんてそんなドラマのワンシーンのようなことをするのは大袈裟だが人生初だ。それだけあの女の子が俺の心を揺さぶる存在だったのか、ドラマのような出会いを求めているのか、兎に角あのヘルメットは気になるだろう。



 親父に車を止めるよう頼んでから少し車が走ってしまったのか、あの女の子がいた岬までが意外に遠い。会ってどうするつもりなんだろうか俺は、分からない、何も考えていない。親父に知り合いだと言ったのは勿論方便だ。考えると湧き上がってくる焦りそれを誤魔化す為か何時しか俺は走りだしていた。

「いた!」

女の子の後ろ姿が視界に再び入った喜びから声が上がった。

---それから何分経っただろうか?俺は女の子の後ろ姿から10メートル位離れた場所に静止していた。ここまで来たものの一体どうしていいのかまるで分からない。我ながら小心だ。女の子の後ろ姿は何時頃からか佇んだ姿から座りこんで何かをしている姿へと変わっている。とりあえず、もう少しほど進んでみようかな。

---抜き足差し足と、なるべく音をたてずに女の子の後姿から5メートル辺りの地点に辿り着いてから2、3分は経っただろうか、傍から見たら完全に変質者だなこれは…。出来れば彼女の方から振り向いてほしいものだがその望みには答えてくれそうにない。ここまで頑張ったんだからもう少し進んでみようぜ。---それから5分位の時間が経っただろうか?俺は今現在とうとう彼女の真後ろにいる。なんだがメリーさんにでもなった気分だが、驚くことに彼女はこちらにまったく気が付く気配すらない。この距離だと分かる、どうやら彼女は絵を描くことに夢中になっているようだ。この目の前にあるヘルメットにそっと触れてみても気が付かないんじゃないだろうか?そんな邪まなことを考えていると、

「ぴんくパンツ♪ぴんくぱんぴん♪」

なんと彼女はご機嫌に鼻歌を歌い始める。まったく、かなり驚いたな…。いったいどんな絵を描いているのだろうか?俺は少しの悪気と共に欲求のまま彼女の描く絵を覗き込んでみる。自分を描いてるんだろうか?お世辞にも上手いとはいえない、いや、はっきりいって幼稚園レベルの下手な絵がそこには描かれている。しかも、その絵の多分本人だと思われる女の子はスカートが捲くり上がってピンクのパンツが丸見えである。

「パンツかよ!」

思わず真後ろから耳元近くで突っ込みを入れてしまったことを後悔した時には時すでに遅し、女の子は絵を描いていた場所からかなり離れた場所にまるで熊とでも出くわしたかのような怯えた顔をしてこちらを見ている。初めて見る女の子の顔は怯え顔だがとても可愛らしく、金髪碧眼に透き通るような白い肌、歳は俺より少し若いくらいだろうか。

「あ、すまん」

とりあえず謝ってみるが女の子の怯えを消し去ることは出来ない。

「え~と…怪しい者じゃないんだ。ちょっと、何を描いてるのかなーって…ははは…」

女の子は無反応だ。

「そ、そのメット!なんで被ってんだ?」

やはり無反応。女の子の被るヘルメットには落書きの様な、愛想が悪そうな目が描かれている。どうしたものかと目をそらしたその時。

「よう!兄ちゃん!初めましてだな。この娘は天下、天下ラミルってんだ。よろしくしてあげてくれよな」

どこからだろう?この場にあるはずもない少年風の調子のいい声。見ると、女の子、ラミルというのか彼女はなぜか自分の口を手で覆って挙動不審な目でこちらを見ている。

「兄ちゃん、名前は?」

続けて聞こえてくる少年風の声の発信元はあきらかに目の前の少女ラミルからだ。腹話術のつもりだろうか…。まー変な娘なのは分かっていたが、なんせヘルメットだし。

「俺は佐山、佐山奏太郎だ。こちらこそよろしくな天下さん」

「おいおいラミルって呼んであげてくれよつれないな奏太郎」

「よ、よろしくなラミル」

お前がラミルだろうがと突っ込みを入れたくなるのをなんとか我慢し、兎に角会話を続けてみることにする。なんだかんだと女の子と名前で呼び合えるのは素直に嬉しい。ちょっと特殊な娘だが。

「ちなみにオイラはヘルメットちゃんよろしく」

「ああ、よろしくヘルメットちゃん…」

「兄ちゃんここいらじゃ見ない顔だな。旅行か何かかい?」

「今日からこっちに越して来たんだよ、ばあちゃんの家に。ラミル…ヘルットちゃんは何してるんだこんな場所で」

「ラミルでいいぞ。オイラはこの娘のペットみたいなもんだからな」

「そういう設定なんだな」

「設定?」

「あ、いやぁ」

「ラミルは海を見てるんだ。毎日ここで海を見ている。そして、たま~に絵を描いたり、鳥や猫と遊んだりだな」

「ふ~ん一人でか?」

「二人でだ」

「・・・・」

「じゃ、小生達は絵の続きを描かねばならんのでこれでな奏太郎」

そう言うとラミルは頭を一回下げ岬の先端の方へと歩き始めた。結局ラミルと話したといえるのだろうか今の少しの自己紹介は。そんなことを考えながら見送るどんどん離れて行くラミルの背中はなんだかとても淋しそうに思える。いや、俺がか…。

「俺も一緒に海を見ていいか!!!」

離れて行くラミルの背中を止めたかったのだろうか?俺は今年一番であろう大声でその背中に呼びかけた。ラミルは足を止め、5秒ほど静止し、こちらを振り向かずに手で頭の上にわっかを作った。やっぱ変な娘だな。



 ラミルとの自己紹介を済ませた後、ラミルは岬の先端の方まで歩いていきそこで腰を下ろしまた絵を描いている。俺は近くにあった小さな岩に腰を下ろし、そんな彼女を何も考えずに眺めていた。もうだいぶと経っただろうか、5分くらい前にラミルの絵を再び覗き込みに行った時は今度は、

「佐山とマッスルむがむちゅちゅ~♪」

などと歌いながらBLを描いていた。しかも描かれた人物の片方はどうやら俺のようだ。初対面の人間をBLで描くだろうか普通。まー普通じゃないのは分かってるんだが、ヘルメットだし。

「やべ、傘持ってねーな」

空を見上げると雨雲はどんどん仲間を集め、さっきよりも辺りが暗くなったような気がする。何時降りだしてもおかしくない。時折吹く風は肌寒く、ここにいたら風邪を引いてしまいそうだ。

「ラミル!じゃあ、俺そろそろ帰るは、暗くなっちまうし」

「・・・・」

かなり大きめな声で呼びかけたつもりだが返事がない。絵に夢中になると周りが見えなくなるタイプだろうか?

「お前もこんなとこずっといたら風邪引くし、そろそろ帰れよ!」

予想はしていたが二言目にもやはり返事はない。少し淋しい気持ちだがここはクールにその場を後にしようとラミルに背中を向けたその時。

「佐山君!!」

女の声?振り向くとそこにはラミル。今度は口を手で抑えていない可愛らしい女の子の声がラミルから放たれている。まーラミル自身の声は鼻歌で聴いているんだけど。

「初めまして!天下、天下ラミルです!」

「それはさっき聞いたよ!ヘルメットちゃんに!」

そう返すとラミルは恥ずかしそうに目を泳がせている。

「また、会いましょう!」

そう言うと片手をパーで上にあげるラミル。

「ああ!俺この近くの高校だから!また会おう!」

俺も同じく片手を上げてパーを返す。

「はい!」

そう言い合うと、互いに片手をあげている自分達の姿をおかしく思ったのか、しばらく二人して笑い合う。その時一陣の風。風はラミルのスカートを舞い上げ、俺の眼前に彼女のピンクなかぼちゃパンツが現れる。

「え…きゃあ!!」

スカートを必死に押さえ込もうとすると同時に足元をふらつかせるラミルはそのまま後ろの海に落ちそうに「危ない!!」俺は必死にラミルに駆け寄り、彼女を抱きとめ陸地へ放り投げること数秒後、空にいた。



 ここはどこだろう?とても冷たい。とても苦しい。つか息が出来ない。そうか、海の中だ。俺はラミルを助け海に落ちたんだ。しかも、海に落ちるまでにどうやら足を挫いたらしい、つまり泳げない。これは死ぬな…。最後に見る景色が、こんな綺麗な海の中ってのは…。空にはひたすら青い海。海の青さがひたすら目に飛び込む中、ただひたすら苦しい中、最後に見たラミルのピンクのパンツが頭にフラッシュバックされるのは男の性だろうか。ラミル…不思議な娘だったな…。そんなことを思いながらだんだん意識が遠のいていく。遠くに白い影。幻影か、遠くにイルカだろうか?こんな海にイルカがいるか?ははは。イルカが俺を抱きかかえて…え…え…マッスル?佐山とマッスルむがむちゅちゅ?マッスルとむちゅちゅ?冗談じゃない!!……駄目だ意識が遠のいていく…イルカマッスルさんさようなら…短い人生だった。ラミル…。



「佐山君!!佐山君!!」

「う…」

「ラミル…」

「ラミルの…声…」

「うわ!?マッスル!!?」

目を覚ますと眼前におっさんの顔。マッスルなおっさんの顔がほぼゼロ距離にある。

「おい、君。手を退けなさい。人工呼吸出来ないだろ、どうしたと言うんだ?無意識なのに頑なに口を抑えている。これでは人工呼吸出来ないではないか」

「あ、あの…」

「あ、君。気が付いたか?水を飲んでいてはいけない、人工呼吸するから今すぐ手を退けなさい」

「水…飲んでませんので。ほんと、ありがとうございます」

やばかった…。俺のファーストがまさかこんな形でマッスルによって済まされようとしていたとは、ほんとやばっかった…。

「本当に大丈夫かい?何かあったら人工…病院へ行くんだよ」

「ほんと、ありがとうございました」

ふかぶかと頭をさげるとおっさん、いやマッスルなおじさんは本当に心配そうにその場を去って行った。どうやら地元の漁師の人らしい。本当に良い人だ。でもやばかったな。



「ふ~~…。えらい目に会ったな」

「ラミル、ありがとな。あの人呼んできてくれたんだろ?」 

ラミルはさっきから寝そべった俺の横で突っ立ったまま泣きじゃくっている。この位置からだとスカートの中が見えそうでちょっとドキドキするな等と、溺死しかけたすぐ後でそんなことを考えられる自分に呆れながら、

「ちょっとまてよ…パンツ」

「・・・・」

「マッスルむがむちゅちゅ…」

たんなる偶然だろうか?ラミルの絵…。今さっきまでの俺に起こったこと。

「なあ、ラミル」

「う…う…えぐぅ…」

ラミルは未だ驚きが治まらないのか、泣きじゃくったままだ。

「ラミルちょっと絵見せてもらっていいか?見るぞ」

返事をまたず俺はラミルのスケッチブックを奪い取り開き見る。なんか嫌な予感がする。

「・・・・」

少しほっとした。ページを捲り見るがノートはほとんど白紙。パンツとBL以外はなさそう…いや、ある!?パンツとBLの次のページにもう一枚だけ描かれたページがあった。

「ラミルこれは?」

「ゴロゴロ…ずっしゃぁ~ゴロズシャ~うぅ…えぐぅ…うっ…ひっく…」意味が分からないが。その一枚には車、そして眼鏡を掛けたおっさんだろうか?橋の上で岩の下敷きになっている…。これは…。

「・・・・」

「ラミル…おいラミル!」

「は、はい!」

「携帯持ってないか?」

「あ、あります…」

そう言っていそいそと携帯を服のポケットから取り出すラミル。意外だった。このタイプの娘は携帯は持ってないと思ったが、しかもスマホだ。ちなみに俺は引っ越す前に解約したので今は手元にない。もし持っていたら海水で故障していただろうから不幸中の幸いだが。

「ちょっと貸してくれないか?掛けたいところがあるんだ。掛けるだけですぐ返す」

「あ、はい。どうぞ…」

「サンキュー」

可愛い狸のストラップが付いたスマホを受け取り俺は急いで電話を掛ける。トゥルルル…トゥルルル…このスマホからで出てくれるだろうか?親父はけっこう用心深い人だからな。トゥルルル…トゥルル…頼む!出てくれ!!

『はい…』

出た!

「あ、親父か俺だ!!」

『あー奏太郎か…どうだ知り合いとは…』

「そんなことより!!今、どの辺だ!!」

『んー。もうすぐばあちゃん家だ。後ちょっとだな』

「家の前に!!家の前に橋があったよな!!」

『おー目の前だぞ、あと信号一つむこうだ』

「その橋を渡らないでくれ!!!」

『…どうした?』

「一生のお願いだ!!その橋を渡らないでくれ!!頼む!!!」

『・・・・』

「おやじ!!!」

『・・・・』

『分かった…。お前がそう言うなら次を曲がらずに真っ直ぐ行って少し遠回りしてみるか。ははは』

「頼んだよ」

『あー。ところでお前はあそこからどうやって帰るんだ?かなり遠いぞ』

「タクシーでも拾って帰るよ。それより…」

『あーもう橋は通り過ぎたぞ。理由は後で聞かせてくれよ』

「は~…」

疲れた。凄く疲れた。俺はなんでこんな根拠のないことに、そう思った時。


『ドゴゴゴゴズゴゴゴドゴゴゴーーーーーン!!!!!!!』


けたたましいとしか表現のしようがない音がスマホのむこうから聞こえた。

「おやじ!!おやじー!!!」

『信じられない…』

「おやじ、無事なのか!?」

『ああ…信じられない…奏太郎…さっき通り過ぎた橋が崖崩れで落ちたよ』


・・・・・・・・その時、雨雲で覆われた空に割れ目が開き、しばらく見ていなかった太陽が顔を覗かせた。日の光はまるで後光のように美しく、暖かく、俺の隣でようやく泣きやんだラミルを照らし、俺はそれがまるで彼女を祝福しているかのように思え、その笑顔を一生忘れないだろうと、そう思ったんだ。

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