後日談
『某所で女子中学生誘拐未遂事件、現場に居合わせた中学生らが解決しお手柄』
先日の一件は丸平中学に記者やテレビが来るくらい一躍有名なニュースになった。
俺は表舞台には出ないスタンスでなので、この件は隅岡と愛沢の手柄という事で処理されたようだ。
ただ付近の住人に見られていたようなので警察は俺が存在していたことを嗅ぎ付けているらしい。今回は愛沢と隅岡が口を揃えて”知らない子”という証言で通してくれたのでメディアに露出する事は避ける事ができた。
俺は将来世界で活躍するエージェントになるので自分の名前や経歴を晒してはいけないのだ。
この道を目指した瞬間から常に孤独を求め続けなくてはならない。
人を遠ざけ、周囲に溶け込む。
スパイに与えられた哀しき宿命なのだ。
さて、その後の隅岡と姫山の顛末を話そう。
上級童貞隅岡の逃走車に飛び込むという九死に一生のファインプレーによって命を救われた姫山はその後の読者モデル選考会には落選してしまったようだった。
しかしながら姫山からの好感度は相当なもので、隅岡が念のため病院で検査を受けた時も一緒に同伴して彼についていたらしい。またその縁で何度かおススメのスイーツ店や、良いセンスのコスメを取り揃えたお店に二人で入っていく姿を何度か目にしたことがある。
これはこれはうまくいっているようで。全く誰かさんのおかげだな。
愛沢によると「事件の被害者になった恐怖と選考会に落ちて失った自信を隅岡が埋めている」とのことだった。
さすが恋愛のプロフェッショナル、女は落ちた時に落とせという訳か。
多方面で隅岡という人間が姫山にクリーンヒットしたのだ。
付き合うのも時間の問題だろう。
こぼれ話として俺、並川と愛沢についても触れておこう。
事件の後に二人で映画に行くというロマンチックなシチュエーションを期待していたのだが、元々は愛沢が友達と行こうとしていた所に乗りかかった船ということで、映画は三人で見に行くことになった。
戦場の赤い花――という戦争映画で、若手大物俳優の演じる記憶を失ったドイツ軍将校が、野戦病院で出会った看護師に恋をするというなんとも名作臭がする洋画のラブストーリーだ。
オチを話すと将校も看護師も連合国の攻撃で死んでしまうのだが、俺にはラストシーンが強く印象に残った。
――クラウス・フォン・ヘーゲルシュタイン大佐はジュネーブ条約を無視した連合軍の空爆から生き残ったが、恋人のエルネスティーネは敵国のスパイであることが道中で発覚する。休む間もなく空挺部隊による降下作戦が実施され、連合軍に包囲されたクラウスは身を挺してエルネスティーネを守り、凶弾に倒れた。
戦争終結後、エルネスティーネはクラウスの後を追うように拳銃自殺している。
真相が分かっても命を賭けて看護師を護る将校には涙を禁じ得ない。
まあ泣かなかったんだけどな。
それはさておき。
映画は面白かったが愛沢と特にフラグが立つという事もなく、間もなくやってきた冬休みは志望校への受験勉強で時間を使い果たしてしまった。日本政府のエージェントとなれば一定の学歴と外国語は必要だと考えていたのでAランク以上の語学大学に、と的は絞っていたものの、隅岡の一件で時間がない。
来る日も勉強机にかじりついていた俺に”奇妙な小包”が届いたのは、
年が明けた二〇一八年の冬だった。
差出人は水嶋零子、東京から送られている。
片手で持てる程度の小包をぶっきらぼうに破ると、中から箱が見えた。
箱には”旧友の誕生日を入力せよ”と書かれた紙が上に置かれていた。
箱自体にはご丁寧に数字四桁のロックがかかっている。
ほう、面白そうな箱だ。
と考えた瞬間に紙に書かれた文字はふっと消えてしまった。
これはプロの差し金だと判断するのに時間は掛からなかった。
俺はダイヤルを0308に合わせた。するとカチッと音を立てたので、
真の送り主と俺が思い浮かべている顔は同じという事だろう。
こんなことをするような奴は限られている。
開けた時にドカンとならないことを祈りながら箱を開けた。
中には箱の上に置いてあったものと同じような紙が入っていた。
”今日午後二時、ユナイテッドスワンにて待つ。
くれぐれも 一 人 で 来 る こ――”
記された二行のメッセージを覚える頃には跡形もなく消え去っていた。
面白い。行ってやろうじゃないか。
この粋な仕掛けが俺の人生を左右するとは、まだ知る由もなかった。
スパイ少年、並川千次郎の追憶 @RICK
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