第17話 またね 後編
気まぐれに私達の周りを心地良い風が吹き抜けていく。汗をかいていた私はその風に至福の瞬間を感じていた。
そうこうしている内にお昼になったので、施設内の多目的スペースで私達はごはんを食べる事にした。そこに設置されている木のテーブルに今朝お母さんからもらったお弁当を広げる。
木のベンチにちょこんと座るぬいぐるみ2人が可愛い。
「さあ、好きなものがあったら遠慮なく食べてね」
ぬいぐるみ達は基本こちらの世界では何も食べなくても平気。
でも食べる事は出来る。ハルには今まで沢山おやつをやられた。それも今となってはいい思い出になっていた。
好きな景色を見ながら好きな人(?)達とのランチは格別だった。この時、私は食べるのと話すのと景色を見るのに夢中で、写真と動画の事は忘れてしまっていた。
これ……後でしっかり後悔したって言うね……(汗)。
「まさかここでの生活がこんなに楽しいものになるとは思わなかったよ」
「私も一緒に誘ってくださって、有難うございます」
「いいっていいって、これは私からのお礼でもあるんだから」
食事の後も色々まわる予定があったんだけど、眠気がかなりのMAXだったので結局午後の予定はちょっとだけにして、すぐ家に帰る事になっちゃった。うぐぐ……無念。
そんな消化不良気味の旅行? もぬいぐるみ2人にはいい思い出になったみたいで、この旅を計画した私もほっと胸をなでおろしていた。写真も動画もたっぷり撮れたしね! 私グッジョブ!!
そしてまた時間はあっと言う間に過ぎて、今日はハルが元の世界に戻る日。この日が来る事は最初から分かっていたのに……分かっていたのに……目からオイルが(涙です)。
「さようなら……君はいいぬいぐるみだったよ」
こう話すのはお父さん。あまり触れていなかったけどハルとお父さん、結構ウマが合ったみたいで、夕食後はお互いがいい話し相手になっていたんだよね。
そんなハルとのお別れ……。お父さんも残念そうにしているよ。
「また嫌な事があったらいつでも帰っておいで」
こう話すのはお母さん。うん、いかにもウチの母らしいよ。グッズは結局趣味の範囲で満足したみたい。ふう、商売っけ出さなくて良かったよ。
でもまたハルが戻って来たらその時は――。いや、それは今は考えないでおこう(汗)。
「ハル……ぐすっ……色々あったけど楽しかったよ……ぐすっ」
最後は私。その時が来るまで泣く訳がないって思っていたのに結局泣いちゃった。普段泣かない私を泣かせるなんて……ハル、あんた罪なぬいぐるみやで……。
私達家族に見送られてハルも涙目になっていた。ハルの涙を見るのはこれで何度目だろう……。
でも、一度もハルの悲しい涙を見る事がなかったのは良かったな。
「み……皆さん……こんな僕をずっと見守ってくれて……家族として接してくれて……有難うございます」
「ユキちゃんの事、報告待ってるから! どんな結果になったとしても絶対連絡するのよっ!」
ちなみにこの最後の瞬間、ユキちゃんとハルは別行動。何故なら、帰る時は来た時と同じ条件でないといけないから。彼女と一緒に帰れたら良かったのに、色々と面倒なんだねぇ。
「それでは皆さんお世話になりました!」
「またね!」
ハルと私達はお互いに手を振って……そしてハルは元の世界に帰っていった。
そして呆気なくハルが来る前の当たり前の日常が戻って来た。それはもう歴史が上書きされたんじゃないかと思うくらいあっけなかった。あのぬいぐるみのいた痕跡はまだあちこちに残っているのに――ハルがそこにいないと言うだけなのに――。
チチチ……チチチ……。小鳥達がさえずっている。いつもの当たり障りのない、ぬいぐるみが起こさない朝が戻ってきた。
「渚ー! いつまで寝てるのー!」
「……ほぇ?」
し、しまったーッ! ハルが来てからずっとヤツに目覚ましをお願いしていたから、すっかり起こされ癖がついちゃってたっ! えぇと……今が……分だから……やばい……ご飯を食べる時間がない。
飛び起きた私は急いで支度をした。ああもう、髪を整える時間すら足りないっ!
「ちょ、ご飯はっ!」
「ごめん! 食べる時間ない!」
「じゃあパンだけでも食べていきなっ!」
そう言ってお母さんにもう熱のこもっていない焼きたてだったトーストを渡された。ま、これでも食べないよりはマシか。
何とか支度を整えて焦って玄関を出ると、お隣も私と全く同じ状況だった。もしかしてカオルもユキちゃんに起こしてもらっていたのかな――。
その状況を見ていたら不意にカオルと目が合っちゃって、お互い何か照れくさくなっちゃった。
「な、渚も寝坊……? ははっ!」
「何よ! そっちだって!」
季節は巡る。もう沖縄はとっくに梅雨明けをしていて、西日本もそろそろだと天気予報が告げていた。暑いのはちょっと嫌だな……そう思う私だった。
あれから数ヶ月して、私宛に差出人の記入のない封筒が届いた。怪しく思いながら封を切ると、中には手紙と一枚の写真。
手紙の差出人はハルだった。一体どう言う仕組みのこの手紙は届いたって言うんだろう。そんな細かい疑問は取り敢えず何処かにぽいっと捨てて、私は懐かしい友人からの手紙に胸を躍らせていた。ハル、ちゃんと約束を覚えていたんだ、可愛いヤツめ。
えぇと、何が何だって? 早速私は興味津々で興奮しながらその文面に目を通す。
元気にしていますか。ハルです。この度私はユキさんと正式に付き合う事になりました。ここまでスムーズに事が運んだのも皆さんのおかげです。本当に有難うございました。
いつかお礼が出来るようになれば、またそちらにお伺いしたいと思います。その時にはまた宜しくお願います。
P.S.
最近の私達を写真に撮って同封します。前にも言いましたが、そちらの世界ではぬいぐるみでも、元の世界では私達もちゃんと人間なんです。それを証明したくてこの写真を撮りました。
勿論私達がうまく行っているところを見せて、安心して欲しいって言う意図もありますけど。
え? あのぬいぐるみ、本当に元の世界では人間だったの? 前にそんな事ハルが言ってた事があった気がするけど、アレ冗談だと思ってたよ。
そう思って同封していた写真を見てみると――
イケメンと美少女がラブラブオーラ出しながらデートしておりました。
くうゥゥゥゥッ! リア充爆発しろ!
(おしまい)
ぬいぐるみハルの逃亡! にゃべ♪ @nyabech2016
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