第16話 またね 前編

 いつの間にかハルと出会ってから約三ヶ月が経過していた。あのぬいぐるみがここに来た理由も分かり、後はどう綺麗に忘れるかだけになった。


 って! 忘れられないよ! 忘れたくないよ! 絶対忘れてなんかやらないんだから!

 で、忘れないようにするためには――。


「ハルくんグッズしかないでしょ!」


 そう言ってお母さんは鼻息を荒くする。はぁ……。お母さん……まだ諦めてないの。

 まぁ、個人で作るのは自由だけど、商売にするのだけはやめてよね(汗)。


「同人だと、どれくらい作ったら儲けになるのかしら……」


 ちょ、いきなりネットで何か調べてるし。もう何も止めやしないけど、私達家族に迷惑だけはかけないようにしてよね……。


 その後のハルとユキちゃんだけど、ぎこちないながらも交流をするようになっていた。今どき交換日記とか……。昭和か!

 でもそう言う相手がいるのはいいなぁ。


 私、いつになったら恋人とか出来る様になるんだろ……(遠い目)。カオルはバスケに夢中でそう言うの全然興味ないみたいだし……。

 べ、別にカオルが好きな訳じゃないけど……って言うか、大体顔見知り過ぎて無理だわ。


 ちなみにユキちゃんがカオルの家にやってきたのは本当に偶然だったみたい。こんな偶然って普通ないよね。安っぽいドラマだよね。脚本家ももうちょっと捻れよって言うね。


 ハルが何も言わないから私、保育園の方に連絡入れといたよ。保育士さんは残念そうにしていたけど、何とか理解はしてくれたみたい。ついでに園児達の説得もお願いしちゃったけど、きっとプロの話術で何とかしてくれるでしょ。

 遠い所に行っちゃうからって理由、園児達も納得してくれたらいいんだけどな。


 そんな訳で私はハルが帰ってしまう前にある計画を実行する事にしたよ。その名も「ハルを忘れない計画」……って名前そのまんま……。

 で、このハルを忘れない計画って言うのは、出来るだけビデオや写真にハルを残す事。実はこれ、ちょっと前から考えてはいたんだよね。


 実際に何をするのかと言うと、前みたいな旅行はちょっと無理だけど、この街の景色のいいところをハルとユキちゃんとで巡って写真と動画で永久保存するのよ。

 カオルは部活で忙しいし、お母さんはグッズ制作始めちゃうし、お父さんは仕事だし……。なのでこの計画に参加出来るのは私しかいないんだよね。何て役得!


 ハルと過ごせる最後の週末にこの計画を実行するのですよ。週間天気予報を見ても気候は梅雨なのにこの週末は奇跡的に問題なし! 写真も動画もスマホクオリティだけどきっと問題ない……よね?

 後はバッテリーとメモリに気をつけなくちゃ。特に予備のバッテリーは必須!


 それからはあれよあれよと時間は過ぎちゃって、ついに当日の朝がやって来た。私がこの街のいいところを紹介するんだから一番しっかりしないとだ!

 ……そう思うと全然眠れなかったよ、トホホ。朝からねーむーいー。


 ただ、緊張していたのはハルもユキちゃんも一緒だったみたい。寝不足三人組がうつろな瞳でこれから街を徘徊するのだ。何だこれ(汗)。


「よし! じゃあ行こうか!」


 3人の足並みが揃ったところで私は出発の合図をする。そして家の敷地内から一般道路に出ようと私が足を踏み出したその時、背後の玄関のドアがおもむろに開いた。


「渚っ!」


 お母さんだ。彼女のその手にはお弁当が入ったバッグが握られていた。


「これ、お昼ごはん」


 お母さん、グッズ制作に集中しているのかと思ったら、私達の為にお弁当を作ってくれていたんだ。正直、お昼はお気に入りのファミレスで食べようと思っていたけど……お弁当も悪くはないかな。

 そう思った私は、少し照れながら素直にそのバッグを受け取った。


「あ、ありがと」

「最後にいい思い出を作ってあげてね」

「勿論よ!」


 お母さんに見送られて、今度こそ出発! 彼女は私達が見えなくなるまで手を振って見送ってくれた。そんなに名残惜しいならお母さんも一緒にくればいいのにって思ったけど、もしかしたらこのイベントを全部私に任せてくれたのも彼女なりの愛情なのかも。

 お母さん、お母さんの分までこの旅行(?)を楽しんでくるからね!


 と、言う訳でその後は3人で歩きながらこの街の名所を次々に案内する私。ひとり得意気に話しながら横を見ると、ハルもユキちゃんもまるで借りてきた猫みたい。姿がぬいぐるみだから余計に可愛いって言うね。その光景が初々しくて私は何枚の写真を、何分の動画をこの段階で撮った事やら。

 一通りめぼしいところを案内した後、私はこの街で一番のお気に入りの場所へと向かった。


「ほら、ここの展望台から街が一望出来るんだ」

「おお~。これはすごい」

「……」


 ユキちゃんはハルにベタぼれだからか結構無言率は高め。彼女の声って可愛くて好きなんだけどな……。仕方ないか。


 お昼は折角お弁当をもらったから景色の良い所で外で食べる事に。これは計画に無かったから、いい場所探すのにちょっと苦労しちゃったよ。


 今日は梅雨の晴れ間と言う事で結構行楽客が多い。梅雨の晴れ間って芸術的な造形の雲を多く見る事が出来るから結構好きなんだよね。

 と、言う訳でその空も楽しめる高台の行楽施設へと私達はやって来た。ここならお昼に景色を眺めながらごはんを食べる事も出来るし。


 私もお気に入りのその場所は、休日と言う事もあってかなり賑わっていた。中には保育園でハルと仲良しだった子もいたりして、それで子供達が集まったりしてちょっと大変だったりもした。

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