第15話 逃亡の真相

 番組放送の悪夢から数日後。相変わらずハルへの質問攻撃はすごかったけど、時間が経つに連れ、少しずつ収束してきていた。番組は家の場所までは放送しなかったおかげで知らない人が家の前に集まるなんて事もなくて、しばらくは友達がハルを紹介してってうるさい程度の騒ぎで済んでいた。


 信じない人からは嘘付き呼ばわりもされたけど、そこは想定内だったから愛想笑いで乗り切った。ネットの評判もすごいものらしかったけど、目に入れなければ問題ないレベルだった。

 大体、知らない人からの評判までいちいち気にしていられないよね!


 で、バレちゃった以上、ハル目当ての友達には彼を見せる事にしている。もう仕方ないよね、これは。中には買い物や保育園で見たって言うハルを知っている子も結構いた。


「マジなんだ」

「マジだぜ!」


 盛り上がる友達相手に私はちょいドヤ顔でハルを紹介していた。友達ならね、まぁ知られても構わないって言うか、仕方ないよねもう。


 そんなプチハルブームが私の周りで広がっていた頃、家のお隣の幼なじみが急に私にコンタクトを取って来た。


「渚、いいかな」


 この幼なじみ、名前を潮崎カオルと言って、小学生の頃はまぁまぁ仲良しだった。誕生日も近くて、あ、私の方が少しだけお姉さんね。一緒にいると、よく親世代の知り合い達から渚カヲルって呼ばれてた。

 当時は意味が分からなかったけど、後で名前の由来を知った時は微妙な気持ちになったなぁ。


 中学に入ってカオルはクラスも違っちゃうし、バスケ部に入っちゃうしで段々と疎遠になっちゃったんだよね。そんな彼が今頃私に一体何の用だろう?

 やっはハル関係なのかな? 今頃接触してくるって事は多分そうだよね……。


「良かったらさ、ハルに会わせてくれないかな?」


 あ、やっぱり。昔はよくお互いの部屋に遊びに行き来していたって言うのに、今更改まって言われると何か変な感じ。


「いいよ、って言うかカオルもあの番組見たんだ?」

「中々テレビ映り良かったじゃん」


 カオルとの会話自体が久しぶりすぎて、何だかぎこちなくなっちゃった。彼はバスケ部入ってから結構かっこよくなってきちゃってるし……。

 私は何故かこの雰囲気に耐え切れなくなっちゃって、早く話を切り上げようと思って、軽く一言だけ告げると逃げ出すように離れていってしまった。


「じゃ、いつでも昔みたいに遊びに来てよ」



 放課後、家に帰った私は何故だかそわそわしていた。ただ幼馴染のお隣さんが昔みたいにちょっと家に訪ねてくるだけだって言うのに。

 私は自宅の呼び鈴が鳴るのをそわそわしながら待ち続けていた。


 勿論夕方の公園に出かけようとするハルは、ちゃんと捕まえて軟禁状態に。最近はこのぬいぐるみ目当てのお客さんも多かったんで、それはハルも了承済みだった。


「もうすぐお別れだから、出来るだけ役に立ちたいんだ」


 まぁ! 何て健気なぬいぐるみなんでしょう! お母さんがハルがいなくなるとしてもやっぱりグッズ作りたいってまだ言い続けていて、作ったところでハルがいなくなったらやっぱ売れないよって私は止めてるんだけど、それについてさえもあいつは何も言わないからなぁ。

 一緒になってどうにかあの人の暴走を止めて欲しいのに。


 そわそわしていると玄関からピンポーンと景気の良い呼び出し音が響く。来た! 本当にカオルが家にやってきたよ。急いで玄関先に迎えに行くと、どうやら彼はひとりで来た訳じゃないみたいだった。ドアを開けてすぐに私と目の合ったカオルは真顔のまま口を開く。


「ハルに会わせたい奴がいるんだけど……。一緒にいい?」


 なーんだ、訳ありだったのね。友達に頼まれたのかな? 私はちょっと落胆したけど、すぐに気持ちを切り替えて彼を出迎える事にした。


「いいよ。どうぞ」


 カオルの後ろに立っていたのは……彼の友達とか言うんじゃなくて、ピンクの大きなクマのぬいぐるみだった。あれ? カオルにこんな趣味ってあったっけかなぁ? 仲良く遊んでいたのは昔の事だったしなあ……。

 でも、ぬいぐるみ好きって印象はなかったような気が。何か違和感はあるけど、取り敢えずは出迎えないとね。


「い、いらっしゃい……。どうぞどうぞ」


 この時の私の顔は多分ひきつっていたと思う。その顔を見て何かを感じたのか、彼は顔を赤らめて弁明するように喋り始めた。


「か、勘違いするんじゃないぞ……。このぬいぐるみはな……」


 カオルの連れてきたぬいぐるみは……そう、ハルの同類さんだった。まさか、お隣にもそんな存在がいただなんて……これは偶然? それとも――。


「初めまして……私は」

「ユキ!」


 ピンクのぬいぐるみが自己紹介をしている途中で、その言葉を遮ったのはちょうどそこに居合わせたハルだった。どうやらこのピンクのぬいぐるみはユキと言う名前で、ハルとは知り合いのようだった。こ、こんな偶然ってアリ?


 いや、多分こんな偶然はないって私の直感は告げている。ハルがこの世界に来た原因もこのユキちゃん絡みではないかと睨むねこりゃ。

 だって彼女を目にした瞬間のハルの動揺、半端ないんだもの。


「何か事情があるんでしょ、ハル」

「……」

「ここまで来たら話してもらわなくちゃね!」


 私のこの言葉にぬいぐるみはついに観念して、この世界に来た理由を話してくれた。それはハルの世界の特別なルールが原因だったのだ。


「僕らの世界じゃ、告白されて3ヶ月以内に返事をしなくちゃいけないんだ」


 ハルの話をまとめると――。


 ハルがある日道を歩いていると、突然ユキの方から告白して来た。向こうの世界では交際をハッキリ断ると、それ以降その相手と二度と付き合う事は出来ない。

 でも自分はユキの事をよく知らない。この告白、3ヶ月経つとその効力は失効する。

 そこでハルは一度無告白状態に戻して、それでその後に彼女の事をしっかり知って、それでユキに好意を持てたなら、今度は自分から告白する……と、言う計画を思いつく。そのためにハルは3ヶ月間だけの予定でこっちの世界にやってきた。


「……って事だったんだけど……。ユキがこっちに来ていただなんて……」

「ユキはずっとあなたを探していたんです。まさかこんな近くにいるなんて……」

「って言うか、何も3ヶ月逃げ回らずに、ちゃんとユキちゃんと向き合えば良かったんじゃないの?」


 ハルの説明の後、三人がみんなバラバラな事を言っていた。その間、ハルの逃亡の原因になったユキちゃんはずっと黙っていた。私としては自分の意見が一番だと思うんだけど……。


「僕らの世界じゃ、告白の返事保留は色んな所からの追求が激しいんだ。そんな状況でまともな判断なんて出来ないよ」


 うーん、ぬいぐるみ世界で暮らすのも結構大変なんだなぁ。拒否ると二度と付き合えないって、結構厳しいよね。

 ああ、それでこんな裏技を……。


「全く知らない中でいのいきなりの告白だったから、パニックになっちゃったんだよ」

「じゃあユキちゃんが嫌い言う訳ではない?」

「嫌いだったら……ここまでの事はしないよ……考える時間が欲しかったんだ」

「……ごめんなさい」


 このやりとりの最後でやっとユキちゃんが口を開いた。取り敢えず真相が分かったので、ユキちゃんの胸のつかえも取れたみたい。


 結局、ユキちゃんの告白から3ヶ月経つまではこちらの世界にいる……。そこから先は元の世界に戻って、まずは普通の友達として付き合ってみるって事で、この話し合いの決着はついた。


 ハルがこっちの世界に来た理由って、もっとものすごいものだって勝手に期待していたのに、真相が実はただの恋愛問題だったとは――ちょっと拍子抜けだなぁ。


 でもこうして謎が解けて、今はとってもスッキリした気持ちだよ。ハルとユキちゃん、うまくいくといいな。

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