第七話 ガウガメラの戦い5.5(間話)
これは試合前日の姫路代表の話である。
「お嬢様……失礼します」
その少女は扉をノックして部屋の中に入る。そしてその中に踏み入れた瞬間彼女は思わず絶句してしまった。
部屋の中から少女を出迎えたのは無数の猫。ベッドには猫の女体盛りになっている女性。状況が分からない。自称偏差値70の少女の頭でもこの状況を説明するピッタリな言葉はなかった。
「猫に猫」
ただ言えるのはそれだけだ。
あちこちから猫の鳴き声がする。それを彼女の耳を劈く。せめてこうなることが分かっているのなら耳栓ぐらいは用意しておくべきだったかと後悔。
その少女の名前は夢前牧。白鷺家でメイドとして雇われており主に白鷺鏡花の教育係を担当していた。と言っても彼女と白鷺鏡花は同年齢で更に同じ高校に通っている。
そして白鷺と夢前はそれぞれ騎馬戦姫路代表として選ばれていた。
その白鷺鏡花というのはベッドで猫に踏みつぶされている少女だ。
「大丈夫ですか、お嬢様」
夢前は慌ている素振りというものを見せなかった。
この白鷺家は近所の人達から猫屋敷と呼ばれるほどたくさんの猫がいる。これも白鷺鏡花の仕業だ。野良猫を発見したらそれを持ち帰り、ペットショップでお気に入りの猫がいたら何も迷うことなくそれを飼い、そうしているうちに気づけば40匹ほどの猫が屋敷の中に住むことになった。
「ふにゃ……ニャニャニャ?」
他にも白鷺家にはとある問題があった。最近白鷺鏡花が猫化しているのではないかという噂が立っていたのだ。猫のような真っ白な髪の毛、猫のような大きな目。ただでさえ外見は猫らしいのに口調まで猫化してしまっている。
「私ですよ。お嬢様」
「ニャニャニャ! マキマキだニャ!」
「そのアイドルみたいな呼び方やめてもらえますか」
どうも彼女はそのように呼ばれると鳥肌がブワッと立つ。もうこのような呼ばれ方をされてから3年以上は経っているのに慣れないものだ。
「ニャニャニャ。それでどうしたニャ!」
白鷺は自分の体に乗っている猫を払い、ベットの上に座る。するとすぐさま猫は彼女の肩に乗ってきた。そして再び白鷺は猫に埋め尽くされてしまう。
「いえ、明日の試合のことですよ。もしかしたら心配性のお嬢様は寝れないのかなと思いまして」
「当たり前だニャ! だからこうやって猫と遊んでいたニャ!」
「そうですか……」
その明るい表情からはとてもそのようには見えない。というよりも、夢前は彼女の笑っている表情しか知らなかった。困ったときや不安に堕ちた時どのような顔をするのか知らない。
「それでどうして分かったニャ?」
「カカとジダンとネドベドがどこ探してもいないのでもしかしたらお嬢様と遊んでいるのかなと思いまして」
これらは白鷺がつけた猫の名前だ。夢前はどこかその猫の名前を聞いたことあるような気がするがその由来を知らない。
「その通りだニャ! ここにいるニャ!」
「そうですか。それはよかった」
ほっと安堵の息を吐く。
「それでニャ……ちょっといい作戦があるから聞いてもらえないかニャ」
「はい……聞くだけなら」
どうせロクなことはないだろうと七面倒くさそうに顔を歪ませる。
「まずほんの少しだけ昔話をするニャ。これはいつの日のことだったかニャ。あっ、約2500年前の話だニャ」
「随分昔じゃないですか。ほんの少し昔というから勝手に5年前とかそこらへんだと思っていましたよ」
「そこでなんだかんだでエジプトとペルシャが戦争することになったニャ」
「そのなんだかんだの部分は覚えていないようですね」
「その同時エジプトでは聖獣として扱ってたニャ。殺したら処刑だニャ! まぁこれは当たり前の話だニャ! それほど猫がかわいかったからニャ」
彼女は近くにいる猫をスリスリと頬でなでる。
「そこでペルシャ軍はあることを思いついたニャ。それは猫を盾につけようと! なんたる鬼畜だニャ。勿論当たり前だけどエジプトは猫がかわいすぎてその猫を攻撃することが出来なかったニャ! この猫の盾ヤフーオークションで売ってないかニャ……」
「流石に2500年前のものは出品されていないと思いますよ」
「そうだニャ……調べたけど売ってなかったニャ」
「お嬢様は馬鹿ですか?」
もうこの時点で彼女は嫌な予感しかしていなかった。自称偏差値70の彼女なら次何を言おうとしているのかがお見通しだ。
「そこで! 私も考えたニャ! そうだ! 騎手を全部猫にすれば誰も攻撃をすることができないのではないかと!」
「やっぱりアホでした! お嬢様はアホです」
「ちょっと。マキマキ! 私はそこまで馬鹿じゃないニャ。これは考えただけニャ! ちゃんと無理と途中で分かったニャ!」
「いや、もうその発想に至る時点で馬鹿だと思いますが……いいでしょう。一応いいわけだけなら聞いてみましょうか?」
「よくよく考えたら騎馬戦のルールブックを見直したら騎手は人間のみと書かれていたニャ」
「すごいです。何がすごいって……騎馬委員会がお嬢様みたいな人が出ることを想定してちゃんそういったルールを作っているという事を」
たった数分程度、彼女の話を聞いただけなのに夢前はどっと疲れてしまった。
「それで明日の試合……大丈夫なのですか? 本当に勝てるのですか?」
今回、この作戦はすべて大将の白鷺に任せるようにしている。それが彼女にしてみれば最大の不安だった。
「大丈夫だニャ! この天才の私が考えた作戦だにゃ!」
「天才はあんなこと考えないです」
といいつつも白鷺は一応偏差値65の高校に通っておりさらにそこの首席である。天才なのは間違いないだろう。
彼女は肩に猫を乗っけたまま立ちあがり机に置いていたノートを手に取る。そしてそれを夢前に渡した。
「次の試合……間違いなく向こうはこの私を包囲してくるニャ。それは右からか左からか分からない。だけどおそらく左からだニャ」
「どうしてそのようなことを言えるのですか?」
「それは神戸市大会また去年からの戦いからニャ。ここまで彼女達は100%囲いに来ている。だから今回のその作戦は至ってシンプル。囲まれる前に囲いましょう作戦だニャ」
「そうだニャ。戦術では結構よくあるパターンだニャ!」
「だけどこれでもし相手の作戦が中央突破とかだったらどうするのですか?」
「それも大丈夫だニャ」
伝法な口調と笑みを浮かべながらそう言う。
「この作戦はあくまでも相手が囲いに来たら囲い返せというものだニャ。つまり相手の動きによって変える作戦だニャ。中央突破ならその時は中央に戦力を集めるだけだニャ。それに私達のチームは機動力に長けている人が多いニャ。だから何かあったら真っ先にいけるニャ」
「なるほど。それなら別にこの作戦に穴はないですね」
「そうだニャ。だけど一つだけ問題があるニャ……」
机の引き出しから今度は写真を取りだした。
「おそらく相手は包囲隊に冴長を先頭にさせるニャ」
「冴長?」
「ヘルキャットという異名を持つ憎たらしいやつだニャ」
その写真を強くギュッと握り潰した。
「恐らくこの人が次々に私達の部隊を倒していくニャ。この彼女をいかに抑えるか……それが問題だニャ」
「なるほど。それで他に注意すべき相手は」
バンッ。白鷺は力強く机の引き出しを閉めた。するとそこからパラリと一枚の写真が落ちていく。そこには川之江の写真があった。
そういえば……と中学時代彼女と対戦したことを思いだす。あの時は白鷺の圧勝だった。他の騎馬の人達とは変わらない弱さ。本来なら記憶に残るはずなどなかった。
しかしその騎馬を崩した後、その川之江は泣いていた。そのせいか、彼女は川之江の顔が脳裏から離れることがなかったのだ。
それは白鷺が嫌いな顔だったから。
その川之江の写真を踏みつぶす。
「いないニャ」
そして白鷺は言い切る。
「いいかニャ? 戦力や練習環境は誰からみてもこっちの方が上だニャ。だから落ち着いていれば勝てるニャ」
「えぇ、そんなの分かっていますよ。だけど」
遠くから犬の遠吠えが聞こえる。随分と不気味な泣き声だった。まるで誰かに助けを求めているかのようなそんな声。
「全国へ行くためにおそらく皆さんどんな手を使ってでも勝ちに行きますよ。それほど国体というのはロマンにあふれていますから」
「余は勝利を盗むのではない」
突然、彼女はそう言いだした。それに対して夢前は一、二度瞬きをする。
「それ……誰の言葉でしたって?」
「アレクサンダーの言葉だニャ。そして今頃神戸北部の大将はこの言葉をチームのみんなに伝えているニャ」
ここで時計からカーンカーンという音が鳴り響く。これは0時を示す時報。とうとう試合の日になったのだ。
「だから向こうも正々堂々と戦って来る。そうすれば私達も正々堂々と戦うしかない。どんな手でもというけど実際はそれしかないニャ」
夢前は顔を柔らかくした。
「そうですね。相手はズルとかしてこない。だからこれは完全な実力勝負なのですね」
「そうだニャ」
そういい彼女は大きく欠伸をする。
「とうとう眠くなりましたか?」
「そうだニャ……」
「それじゃ寝ましょう。明日……というより時間的には今日ですが速いので」
「そうするニャ」
彼女がそう言うとベットの中に入る。それを確認した夢前は部屋の灯りを消した。
「マキマキ……」
「なんですか? お嬢様?」
「私達……絶対に全国に行きたいニャ」
「……そうですね。全国行きましょうね」
次の試合までもう十時間もなかった。
アルコ→ウィルコ 秋津 柘榴 @hamachi
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