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プロローグ 赤い部屋から見上げる青空


「……どういうことだよ」


 彼には、眼前の光景が納得出来なかった。認めたくなかった。

この部屋で何が起こったのか、状況だけを見ればある程度は推測できる。だが、彼には何がどうなれば、こんな状況になるのか理解出来なかったのだ。


 彼が見据える先には、見知った人影が2つ。どちらもつい先日、一緒に荒事あらごとをくぐり抜けた者達だ。そんな2人が、上等な宿屋の一室、しかもバスルームで、なぜこんな事になっているのか。

 

 横たわるのは少女。その目は閉じられ、何の答えも返ってこない。まるで吊り糸の切れた人形のようにバスタブにもたれかかり、力なく倒れ伏すのみ。バスタブへと流れ出る流水に呼応するように、その胸からあふれる鮮血が、一糸まとわぬ彼女の裸体を染めていく。


「これ、は……」

 

 立ちつくすのは少年。その顔は困惑で塗りつぶされていて、眼の焦点も定まっていない。口からこぼれる言葉もハッキリしない。まるで少年自身、目の前で起きた事が飲み込めていないのではないか。現状が認められていないのではないか。

 目に見えて混乱の中にいる、そんな少年が異彩を放つのは一点のみ。ある一点さえ今と違っていれば、彼もこんな疑念を持つことはなかっただろう。


 だが、ある一点。その一点があるだけで、彼の少年を見る目が変わってくる。少年が浴びるように染まっている、あの赤色さえなければ。


「変わった風習だなオイ。顔面真っ青にしてよ、風呂場で赤くなんのがお前んとこのしきたりかなんかなのかよ」


 少年は頭から赤に染まっているものの、それは少年の内から吹き出したようには見えない。まるで他の、それも一方向から吹き出した『ナニか』を、近しい位置で浴びたかのような。そんな色の付き方なのだ。


「いや、そんな……一体、何が……!?」


 少年がその震える手に固く握りしめているのは、赤に染まった一振りの剣。その剣からは血がしたたり落ち、少しの乾きも見られない。まるでつい先ほど、その剣身を血で染めるナニかがあったようではないか。


「何が、じゃねえよ」


 少年を、そして細身の剣をしたたるあの流血は、一体誰の血なのか。目の前に倒れ伏す、少女の血以外考えられないのではないか。物言わぬ状況が彼に、言外げんがいにそう伝えてくるのだ。彼は内心の焦りを落ち着けるためにも、少年へ返答を求める。


「そりゃこっちのセリフだよ」


 焦る頭で思考を整理する。彼の耳に異音が届いたのは、ほんの数分前。彼が一早くこの部屋に到着した時、室内に居たのは目の前の二人だけ。バスルームに繋がるドアは1つのみ、後は大きな窓が一つあるのみだ。彼はここに来るまで誰ともすれ違ってはいないし、追いぬかれてもいない。


(ならあの血はなんなんだよ)


 彼は今一度部屋を見渡す。この部屋は少年少女だけでなく、バスルーム全体が赤に染まっていた。この部屋は地上5階、まわりの建物よりも頭一つ抜けだしている。おかげで視界をさえぎるものもなく、大きく開け放たれた窓からはまぶしいほどの陽光が降り注いでいた。

 赤が散りばめられたこの部屋から望む青空は、やけに彼の目に刺さる。


(なんであいつは、突っ立ってるだけなんだ)


 いつもの彼ならば、迷うことなく倒れ伏す少女に駆け寄っただろう。彼からすれば少女の傷は、命に関わる大怪我にしか見えないからだ。


(なんでオレの勘が、あいつに近付くなって言ってんだよ)


 だが今は近付けない。少女のすぐ側には、剣を握りしめた少年が立ち尽くしている。生きているか、死んでいるかも分からない少女の横で、ただ立っているだけ。 少年は今、何をするかまるで予想がつかない。悪意は感じないが、かといって正常とも思えない。彼のこれまでの経験が、一種と直感となって彼の足をとどめていた。


(アイツしか考えられねえこの状況は、なんなんだよ!)

 

 彼だって、この状況を受け入れたくはない。だが否定したくても、状況が導き出す答えは1つしかない。『少年が少女を斬りつけ、その返り血を浴びたのではないか』、彼にはそうとしか考えられなかった。


「なあ」


 部屋の外から、たくさんの足音が響いてくる。じきにたくさんの人が駆けつけてくるだろう。良し悪しを問わず、この状況が変化するのは間違いない。止まった時間が動き出すまで、あと少し。

 それでもその前に、彼は少年自身から、ここで何があったのか聞きたかった。


「どういうことかって聞いてんだよ!!」




 物語は、これより数日前に遡る。

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