【緑】第1話 このところの彼には


 このところの彼には、ついてないことばかりが起こる。

「それじゃ最後に確認を取るよ。あんたの名前は?」

刺賀さすが又次郎またじろうって言います」

 分厚い壁に囲まれた、うす暗い一室にて。二人の男が机を挟んで対面していた。 眉間みけんに力を入れ、厳しい表情をした一人の男が詰問きつもんを続ける。

「刺賀さん。あんたはここに来る前に、雑区ザックで見知らぬ人に声をかけられ、そいつからある依頼を受けた」

 天井、床と三方は同じ色の土壁に囲まれ、出入り口は詰問している男の背後に一つ。一面を頑強がんきょうそうな格子こうしに覆われ、その一箇所に格子戸が一つあるのみ。まるで岩山を繰り抜いて、入り口に格子を取りつけただけのようだ。

「はい。『ある荷物を、地霧ジムまで届けてくれないか』って、そう頼まれました」

 南側にある格子から、いくらか太陽が顔をのぞかせる時分。彼こと刺賀又次郎は、ある疑いをかけられていた。

「その依頼主と、荷物の受け渡しに立ち会った奴の人相、人数等を詳しく教えてもらえるかい?」

 詰めよる男の頭髪は短く、髪は金色だろうか。年は若く自分と大差なさそうだが、身にまとう勢いが違いすぎる。逆立った髪が男の心情を表しているように見えて、又次郎はますます萎縮していく。

「どっちも、人数は一人だけだったんですが、ローブをずっと被ってたんで顔はまったく……」

「体型は? 背格好や、声の調子とかは」

「なんだかモコモコした服装だったのは覚えてます。腰が曲がってたんで、年配の人だったんかなぁ? 声は出ねえって身振り手振りしてました。そんで、紙に文字を書いてもらって」

「おいおいおい」

 男は手を振り又次郎の言葉をさえぎると、自らの左眉にある傷に触れながら、あきれるように言葉を続けた。

「まさか、どっちも?」

「はい、どっちもです」

「聞いてるだけでも偽装工作って分かるぞ。なんでそんな見るからに怪しい奴の依頼なんか受けたんだ?」

「す、すみません……こう、50キロもしない軽めの箱入りの荷物を、地霧ジムに届けるだけって聞いて。たったそれだけなのに報酬が通常いつもの3倍も高かったもんで、つい」

「明らかにおかしいだろう……まあそれは置いとくとして、だ。その依頼を受けたことを、誰かに伝えたりしたかい?」

 男は下を向いて息を吐き気持ちを整えると、改めて詰問を続けた。

「いや、誰にも伝えてねえです。他に急ぎの用事も無かったから、おやっさんにも伝えずに、そのまま」

「となると、だ。雑区ザックで依頼を受けたあんたは、準備を整えると一人で街を出た。そのまま真っすぐ南に向かって、道中で荷物を受け取った。その後ここ、地霧ジムへ辿り着いた。と、そういうことなんだね?」

 男は又次郎を問い詰めつつ、机の上に広げた地図を、自らの指でなぞる。

「はい、そうです。地霧ジムに行く途中で一度野宿して、日が昇ってから言われた時間に着くように、言われた通りの関所へ向かいました。その間は誰とも話してねえです」

地霧ジムに着くまではいいとして。いざ地霧ジムに着いてから、荷物を届ける相手は誰だったんだ?」

「それが、分からねンです。地霧ジムに着いたら、中央にあるでっかい噴水の横で待ってればいいって。んでも街の中さ入る前に」

「荷物検査に引っかかったと」

「はい。何がなんだか分からねえうちにここさ連れてこられて」

「要請を受けて俺らが駆けつけたら、刺賀さんがオロオロしてた、っと。連行したのは俺たちだから、以後は確認を取らなくでも大丈夫だろう」

 男はふぅ、一息つくと、眉尻を下げ険しかった表情をゆるめる。

道家どうけさーん。一応確認取りましたけど、やっぱり関係無さそうっすよ」

 男は格子の外へと顔を向け、外にいた誰かへと話しかける。声につられて又次郎は目の前の男から、部屋の外へと意識を向けた。いつの間にやら一人の男が部屋の前に立っているではないか。

「お疲れ様、衛士えいし君。あとはこっちで引き継ぐよ」

「うっす、お願いします」

 衛士えいしと呼ばれた男は新しく入ってきた男に席を譲ると、自らは壁の隅にあった丸椅子へと腰をおろした。役目は終わったとばかりに態度を変えた衛士は、丸椅子に深く座り直す。壁に体を預けた頃には、それまでの雰囲気は消え失せていた。

「どうも、私は道家どうけって言います」

 衛士に代わって又次郎の対面に座った男は、道家と言うらしい。衛士と比べると年上だろうが、いくらかほっそりして見える。身にまとう雰囲気もどこか読み切れない底知れさばかり。又次郎からしてみれば、先ほどまでの衛士と比べると直接的な威圧感がない分、この男の方がいくらか安心できた。

「そこにいる彼とは立場が少しばかり違っていてね。これから彼と二人で刺賀さんに今回の事情を説明する役割、かな?」

 まっすぐな銀髪の間から、淡い碧色の視線を又次郎に向ける。そこから目を弧の字に曲げ笑みを作ると、衛士がまとめたであろう資料へ目を通し始めた。

「は、はあ……よろしくお願いします」

 又次郎は困惑しつつも、先ほどよりはいくらか緊張が薄れたようだ。道家が資料を確認している間、すこしばかりの休憩時間を得ることが出来た。

 自分はいったいどうなるのだろう。少しも先が見えない状況ではあるが、少しでも気分を上向けることが出来ればと、又次郎は肩を回してコリ固まっていた身体をほぐしてみる。

 時間にしてみればほんの数分ではあったが、いくらか気分も上向いた。こちらの様子をうかがっていたのか、それとも偶然か。道家もちょうど資料に目を通し終わったようで、又次郎の方を向き直し、こう続けた。

「それじゃあ。続き、はじめようか」

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