エピローグ 「ファイアーマン」

 十一年前。

「泣かないのか」

「……まだお父さんとお母さんになってから三ヶ月だから、泣けません」

「そっか」

「でも、なんで殺したんですか?」

「悪い奴だからだ。お前になにをした?」

「酷いことをしました」

「すっきりしただろう」

「わかりません」

「そっか。じゃ行くわ」

「待って下さい」

「ん?」

「あなたも悪い奴ですか?」

「そうだ。人殺しだからな」

「……そうには思えません」

「…………な、一緒に来るか」

「どうしてですか?」

「飯を食わせてやる。それに、お願いがあるんだ」

「なんでしょうか」

「私を殺してくれ。悪人だからな」


「…………さようなら」

 神流は別れを告げた。

 愛した二人に。



「……何がおきたの?」

「ここは洞窟だよ。子供の頃にここで熊と相撲とったんだ」

「金太郎じゃないんだから……って、なんなの? え? 夢? 私確か……」

「夢じゃないよ?」

「って、どうして士郎裸なの? というか、私も!」

 ミハルが大声をあげた時だった。

 まるで彼女の肢体を隠すかのように、炎がミハルの全身を包んだのだ。

「うわ! 燃えてる! ファイアーマンにやられ……え? 熱いけど……ってちょっと士郎!」

 士郎はすぐにミハルの元に向かうと彼女を抱きしめて肌を擦り合わせた。

「ああ……って……あれ……火が消えて……」

 彼女は自分の腕と肌を見下ろす。

「火傷……してない」

「……寝てる間にしょっちゅう燃えてたから体張って消してたら、全部燃えたんだよ。服」

「どうして、なにがおきたの!?」

「ファイアーマンがやったみたいだな」

 ミハルは自分の右手をグーパーを動かす。すると、手を開いた時に、そこから炎の塊がぶおっと音を立てて発生した。

「わかりやすい超能力だな」

「こんなの……嘘……ありえない……」

「よかったな」

「よくないよ。炎なんて現代社会で何に役に立つのさ……」

「現代社会じゃ役に立たないけど、今の俺ら原始時代と一緒だからな。ちょっと魚取ってくるから焼いてくれるか」

「ふざけてる場合? 私こんな体になって……ってあまりみないでよ!」

 今更腕で隠すが もう見るだけ見まくったので遅い。

「あ……もうどうしよう。これじゃ生きていけない……」

「とりあえず火に強い服を探さないとな。それと」

「なんでそんなに平然としてるの? ありえないでしょ、こんなの!」

「……そうか?」

 士郎はわざとらしく、平然と、言った。

 ここに自分がいるじゃないか、と。

 ミハルは頭を抱え唸り、絶望していたが士郎はただただ笑ってやるだけだった。

 世界にヒーローもご都合主義もない。

 きっと世間では、炎で包まれた女子とそれと共にいた少年のニュースが、そして焼け死んだ男たちのニュースで騒がれているだろう。顔も多くの人に見られた。

 二度目の『ファイアーマン事件』。

 世界は『超能力者がいる』ことを確信するだろう。

 そしてその認知から逃れることは出来ない。

 だけど、少しだけ、無責任に過ごしてもいいだろう。

 俺たちはヒーローではないから。

 

 世界はリアルだ。

 死ぬ直前に助けてくれるヒーローも。

 理由無く人を殺める悪役もいない。

 この世界は物語ではないから。

 だけど……

 彼女の体の中のがん細胞が燃え尽きた程度の奇跡やご都合主義はあってもおかしくはなかった。

 それが、この世界である。

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ノー・イヤー・ヒーロー ごびゅー @gobyu

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