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外伝 才能限界クソザコナメクジ一般現地冒険者の憂鬱⑦


「簡単だよ――こいつらは俺が全員殴り倒す。それで終いだ」

 何でもないことのように言い切る迅路へ呆気に取られた視線を向けるパッチとユウキ。二人に構わず迅路は続けた。

「お前らは先に逃げてろ。邪魔だ」
「なぁーに言ってんですかアンタは!? それじゃ囮役が変わるだけじゃねーかコノヤロー!?」
「そうですよ師匠! 逃げるならみんなで――」

 人選を変えただけの自己犠牲にパッチとユウキが怒鳴るが、迅路は首を横に振った。

「違ぇよ。囮役なんぞガラじゃねえ。単純にそれが最善ってだけだ」

 そう断言する迅路は自信ありげだが、二人にはどうしても信じられない。

「ぐだぐだ説明している暇はねえ。俺を信じろ」

 疑いの視線を向ける背後の二人へ視線を一瞬だけ送った迅路が断言する。

「すみません、普段の師匠を知ってるから余計に信じられないんですがっっっ!?」
「……ユウキぃ。俺、いま結構いいこと言ってたよな?」

:渾身のキメ台詞を弟子に否定されてて草。
:根っこからダメ人間扱いされてて草。
:普段から酒カスが頼れる酒カスにジョブチェンジできるかの境目なのに……。
:ユウキちゃんたまに酒カスに辛辣だよね。

「師匠はダメなところがいいんじゃないですか!? ダメじゃない師匠なんて師匠じゃありません!!」

:力いっぱい断言した……(困惑)
:【悲報】ユウキちゃん、ダメンズ好き。
:若いのにあまりに業が深い……。

「……あー、ユウキちゃん。ここは迅さんに任せよう」

 一連の寸劇でスンッとした顔になったパッチが撤退を促す。いつもと変わらないやり取りに呆れているようであり、安心しているようでもあった。

「パッチさん!? 本気ですか!?」
「迅さんはマジで救いようのない酒カスだけど……酒カスだけど!!」

:額に皺寄せて言い切った。
:これは普段の恨みが籠ってるな。
:トーホク民含めて誰も否定しようがない事実。

「迅さんの”力”を疑ったことはないよ。信じろって言うなら、信じるさ」

 肩をすくめてそう言い切るパッチは、正しく《東北ダンジョンライバーズ》のリーダーだった。Lv.ではなくメンタル。ある種の形状記憶合金じみた強靭性と柔軟性を併せ持つ精神性を持つ彼だからこそこの面子を纏めていけるのだ。

「……お、デレ期かパッチ? その調子で普段の説教ももうちょっと控えめに――」
「説教が嫌ならあんたはもうちょっとしっかりしろ。酒カスな限りツッコミ止めねーぞ僕は」
「ハ……そりゃお生憎様。俺の酒カスは一生治らねーよ」

 限りなく真顔なパッチからのツッコミに迅路は何故か少しだけ嬉しそうに笑った。そして改めてレッドキャップへ向き直る。

「奴らに隙が出来たら逃げろ。迷わずな」
「隙なんてどこにも……」
「隙は俺がこれから作る。合図と合わせて入口の方へ走れ。いいか、”絶対に振り替えるな”」

 過剰なまでの念押しに訝しく思う間もなく次の指示が出される。

「今だ、行け!」
「「はい!」」

 信じると決めたならば後は迷わずに従う。二人は包囲するゴブリンの一画へ駆け出した。

「ミル、お前もパッチ達に付いてけ。ナビゲート頼む」
『了解 しました。ご武運 を』
「……ハ。珍しく気が利いた台詞だな」

 飛び去って行くドローンを見送り、苦笑した後”徳利から浴びるように酒を煽る”。

「さぁて――久しぶりにオーバードーズといくか」

 †《魔王の加護:義無き暴力の司(アエ―シュマ)》†

 肌を刺すような刺々しく暴力的な気配が一瞬にして広大な空間に充満――猛獣が目の前に現れたような原始的な恐怖にあてられたゴブリンが我先に逃げ出した。
 
 ◆

 個体名、”忍び寄る”レッドキャップはその異名通り《気配遮断》と《奇襲》を起点にした不意打ちに特化した狡猾な個体だ。
 それは姿を隠した第一撃もそうだし、何より得意なのは”乱戦の隙を突くこと”。
 即ち、ゴブリン・トループ3体分。実数で3桁に上るゴブリン(Lv.5)を入り乱れさせ、その陰に潜み、敵手の隙を突く戦場暗殺術。この戦術は壁越え《Lv.30オーバー》の冒険者にすら通用しうる殺傷能力を持つ。
 故に眼前の迅路に強敵の気配を認めつつ、勝ち目は十分あると踏んでいた。
 その全てが覆ったのが、迅路が右手に持つ徳利から浴びるように酒を飲み干した瞬間だった。

「さぁて――久しぶりにオーバードーズといくか」

 †《魔具:河童徳利》†《状態異常付与:酩酊》†

 ふらり、と迅路の足取りが怪しくなる。己自身に敢えて状態異常(バッドステータス)である『酩酊』をかけたのだ。
 その種は《河童徳利》。
 迅路が普段からカパカパと空けている酒が減らないこのマジックアイテムは現代でいう神奈川県茅ヶ崎の伝承に由来する。
 曰く、河童に襲われ返り討ちにした若者がその命を見逃したお礼に渡された無限に酒が湧き出る徳利。それ以来若者は酒ばかり飲んで働かなくなるも、可愛がっていた愛馬が痩せ細っているのを見て我に返り酒を止めるという筋書きの民話だ。
 これを見て分かるように、性質的にはむしろ飲んだ相手の理性を狂わせる呪いのアイテムに近い。ダンジョンからのドロップ品もその性質を引き継ぎ、飲んだ者に状態異常『酩酊』を付与するアイテムと化していた。

(ま、こんな曰く付きでもなけりゃ酔えなかったんだが)

 冒険者の強靭な肉体はありふれたアルコール程度ではあっという間に分解してしまう。『酩酊』のバッドステータスも気にせず河童徳利の酒を愛飲しているのはそれ故だがもう一つ理由がある。
 スキルの発動トリガーだ。

 †《魔王の加護:義無き暴力の司(アエ―シュマ)》†

 ぶわりと噴き出した赤黒く暴力的なオーラで迅路の肉体が一回りも二回りも大きくなったように見えた……否、錯覚ではない。
 ”迅路の肉体そのものが肥大している”。
 180㎝を超える巨躯が2mを超え、さらに大きく。上半身の筋肉が異常に隆起していく。身に着けた上着と装備は弾け飛び、赤銅色に染まった肌が露わになり、悪鬼の如き形相へ変じた。逞しいというよりも荒々しく暴力的な気配を強く醸し出す異形の肉体だった。

「フ……シュルルルルルルル……!」

 吐息が零れ落ちる。いいや、最早吐息なんて可愛いものではない。蒸気機関車の唸りと表現した方が近い轟音だった。
 全てのゴブリンの背筋に悪寒が走る。チリチリと肌を刺す殺気。血腥さを塗り込んだ獣臭……否、そうと錯覚するほどに荒々しい暴力の気配!

「ギ……? ガ……? …………???」

 理解できない暴威に晒された者が取れる手段は二つ。逃げるか……立ち竦むか。
 一群のリーダーであるレッドキャップはなまじLv.22というダンジョン内で隔絶した頂点捕食者だったことが災いした。
 強者の自覚ある故に異形の怪物から逃げることができず、かといって力量差から立ち向かうことも思いつかず呆けたように立ち尽くすしかなかったのだから。
 異形化した迅路が腰の帯から鉄心入りの剛木刀を抜く。鉄よりも硬くしなやかにしなる霊木を元に、刃に当たる部分が柄より三回りは太く造形されたそれは振り回し叩き潰すために最適な、まさに”凶器”。

 ”グチャリ”

 一秒後、肉が潰れて鮮血が噴き出る生々しく湿った音が響いた。

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォ――――!!」

 血を求め、獲物を求めて暴れまわる狂獣の咆哮が洞窟に響く。
 首領に先んじて逃げ出した小鬼の群勢を目に付いた端から追いかけ、追い付き、叩き潰す。グシャグシャに崩れた肉塊を量産していく。

「ミナ、ゴロス」

 虐殺が始まった。
 ありふれた殺害宣言を、迅路だった狂獣は”有言実行した”。狂奔と酩酊の魔王に目を付けられた者らしく、徹底的に。
 使徒《アポストル》。
 暴れ狂う迅路はそう呼ばれる者達の一人だ。
 迷宮の奥底のさらに先に潜む上位存在《オーバーロード》の目に留まり、その”力”の一端を加護として与えられた者達がいる。それが使徒《アポストル》。
 転生体《アヴァタール》が上位存在の分身なら使徒《アポストル》は言わば上位存在の代行者。そして迅路に加護与える魔王が彼に下したオーダーは一つだけ。

(『壊したいものを壊したいだけ壊し尽くせ』……あア、そゥしてやるサ)

 開祖が直々に編んだ由緒正しきゾロアスター教の聖典『ガーサー』に登場する大悪魔がいる。その名はアエ―シュマ。地獄の大王アスモデウスの源流に位置するモノ。
 『凶暴』を意味する名に相応しく毛むくじゃらで血塗られた棍棒を持つという悪神。聖牛を苦しめ、義なき暴力を司る者。そして義なき暴力とは『酩酊(アルコール)による暴力』も含まれる。

(イらつく……苛つク。な二もかモ、ブッ壊しテェ!)

 魔王の加護を全開にした迅路は恐ろしいほどに苛立ち、攻撃的になる。戦術的判断、苦痛や恐怖よりもひたすらに攻撃衝動が優先され、敵のすべてを破壊するまで止まらないバーサーカーと化す。
 だが魔王の加護の恐ろしさは自己戦闘力の超強化に留まらない。

 †《魔王の加護:義無き暴力の司(アエ―シュマ)》††《狂乱の酒宴》†《状態異常付与:混乱》†《状態異常付与:酩酊》†

 迅路の肉体から赤黒いオーラが噴き出し、薄まり、あっという間に拡散していく。

「グ……? グググ、グラアアアアアアアアアアアアァァァ――――!!」

 その邪悪なオーラにアテられたゴブリンの口から怒りと敵意が籠った怒号が溢れ出す。そして手近にいた仲間《ゴブリン》へ飛びかかり、その耳を食い千切った。
 苦痛と悲鳴はすぐに怒りに塗り潰され、耳が取れたゴブリンがすぐ苛烈な反撃に移った。食いついてきた仲間《ゴブリン》を地面に転ばせ、馬乗りになり、顔を殴り続ける。”自分の拳と相手の頭蓋骨が砕けるまで”。
 《狂乱の酒宴》。
 怒りと敵意の超増幅、認知能力の低下、痛覚の消去を引き起こす状態異常を付与し、敵も味方も”グチャグチャ”の血肉の海(ブラッドバス)を作り出すスキルだ。
 パッチ達に撤退を念押ししたのはこのスキルが生み出す狂乱に巻き込まないためだった。そして彼らを逃がした迅路は最早憂いの種は消えたと彼自身が一個の暴風と化し荒れ狂った。

 己の中心に地獄を作り上げながら迅路は思う――そもそも己が生まれたことが間違いだったと。

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