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外伝 才能限界クソザコナメクジ一般現地冒険者の憂鬱⑥

 そして数分後。

「勝利のV!」

 全てのゴブリンが灰となって消えた戦場跡で高々とピースサインを掲げるユウキが立っていた。

:うーん、強い。結局ほぼユウキちゃん一人で蹴散らしちゃった。
:これは才能ガチャSR。この分ならLv.20の才能の壁まですぐだな。
:才能格差が残酷すぎる世の中よ……。

「何が勝利のVだアホ。まんまと不意打ちの矢を食らいやがって」
「えー、でもアレは不可攻略というか避けれないですよー」
「防御技術じゃねえ、残心の問題だ。身体が反応できなくても常に心は備えとけ」

:酒カスがシリアス決めるの珍しい。
:これは師匠の貫禄。
:うーん、普段との落差でサブいぼが出る。

「……おっといけねぇ働き過ぎた。店仕舞いだ。そろそろ帰っていい?」
「えー、もっと師匠のお説教聞かせてくださいよー」
「いい訳ねえだろ。ちょっと見直しかけてた僕の気持ちを返せ」

:ユウキちゃんお説教聞きたがってるの草。
:レアイベント扱いされてるの草。
:流れるようなパッチのツッコミ。惚れ惚れしちゃうね。

 いつもの漫才に空気が緩む――まさにその瞬間。

 ビーッ! ビーッ! ビーッ!

 けたたましい音が鳴り響く。発生源はミルの入ったドローンだ。

「エネミーソナー!? ボス以外で!?」

 敵の接近を告げる霞ミルの標準搭載機能、エネミーソナーだが脅威度ごとに段階がある。概ね敵が強い程使い手の注意を引く大音量になるが、今回は自パーティ以上の強敵が現れたことを示すレッドアラートだ。
 驚愕とともに周囲を素早く見渡したパッチの背後に小さな影が忍び寄る。
 
「――キ」

 †《赤帽子》†《死の嗅覚》†《気配遮断》†《奇襲》†《武装:血濡れの斧》†

「下がれ、パッチ!」
「んぎゃっ!?」

 迅路がパッチの首根っこを引っ掴み、強引に引き寄せる。
 奇襲攻撃に補正をかけた上で死角から繰り出された斧の一振り。血に錆びた斧が一瞬前までパッチの首があった場所を通り抜けた。

(いま、首が冷たく――)

 ”ゾワリ”と。首に触れた風の正体に気付いた一瞬後、パッチの全身から一気に冷や汗が噴き出た。
 一瞬前、自分は死の淵に立っていた。その自覚と間一髪潜り抜けた安堵で膝から力が抜けそうになるのをパッチは懸命に堪えた。

「一番弱いところ狙って来たか。鼻がいいな」
「た、助かりました……ってそれよりあいつ――」

 奇襲を仕掛けた敵手を見るや驚愕に目を見開くパッチ。
 そいつは本来このダンジョンにいるはずがないモンスターだった。

「レッドキャップ!? ゴブリンの上位種がなんでこんなところに――」

 赤帽子の小鬼、レッドキャップ。
 背の曲がった醜悪な小人が乱杭歯を剥き出しにしてパッチ達をギラギラとした目で睨んでいる。
 その由来は英国の民間伝承。人を見れば襲い掛かり、犠牲者の血潮でその帽子を赤錆色に染めて喜ぶという、血に飢えた邪妖精《アンシーリーコート》。
 出現レベルは通常17ほどだが、目の前の個体は恐らくさらに強い。攻略推奨レベル8のダンジョン程度ではたとえボスでもありえないイレギュラーだ。

『アナライズ を 開始します。完了 まで お待ちください』
「いまある分だけでいい、データ寄こせ」
『了解。現時点 の 取得データ を 表示します』

 【基礎データ】
 種族:”忍び寄る”レッドキャップ
 位階:22
 【スキル】
 《■■喰らい》
 《赤帽子》
 《小鬼の■■》
 《■■■■■■■》
 《■■の心得》
 《武装:血濡れの斧》
 《武装:鉄の長靴》
 《気配遮断》
 【耐性】
 耐性:■■
 弱点:■■

「Lv.……22!? ボスより強いとかいくらなんでもおかしいだろ……!?」
「同胞喰らいか」
「い、イレギュラーですか!? アレが? 初めて見た……」

 極々稀にだが、冒険者ではなく同胞であるモンスターを襲いレベルアップを繰り返す個体が出現することがある。
 同胞喰らい、稀少個体、イレギュラーなど呼び方は様々だが概ね通常種よりも強力で好戦的。アナライズするとその性質に合致した名前を表示されることもある。

「それだけじゃねえな」

 その言葉と周囲を一巡りさせた視線から、驚愕で視野が狭まっていたパッチも気付く。
 敵は一体ではない。

「ギ」

 †《小鬼の首領》†

「「「ギギギ」」」

 †《小鬼の指揮官》†

「「「「「「「ギハ……ギャハハハハハ!」」」」」」」

 †《小鬼の群勢》†

「ゴブリンがこんなにたくさん……!?」
「わ、わあ……みんな仲良しなんだね」
「レッドキャップがボス。中隊長が3。後は雑魚か」

 ユウキが空気を和らげようと冗談を飛ばすが流石に声が引き攣っていた。先ほど蹴散らした一群よりざっと見て5倍は多い。
 一方冷静に周囲を見渡し、ミルのアナライズデータを眺めた迅路が納得いったと頷く。

「雑魚だがこれだけ集まりゃ……やっぱりか。トループになってやがる」

 トループ。元々は部隊、群れを意味する言葉だ。
 モンスターへ使う場合、同種や《集団行動》を持つ十数~数十のモンスター群を1個の戦力として換算。雑魚が群れ集まることでLv.以上の強さを発揮するのだ。

 【基礎データ】
 種族:ゴブリン・トループ×3
 位階:15
 【スキル】
 《トループ》
 《小鬼の群勢》
 《集団行動》
 《臆病》
 《加虐の喜び》
 《武装:小鬼の盗品》
 【耐性】
 耐性:■■
 弱点:■■

 この場合ゴブリン数十体でトループが1つ。さらに3体の中隊長に率いられたLv.15相当のトループが3体分という換算か。
 つまり敵の戦力はこうだ。

 レッドキャップ、Lv.22。数1。
 ゴブリン・トループ、Lv.15。数3。

「レッドキャップにゴブリントループが3体分……おいおい、盛り上がって来たな」

:寝言は酒抜いてから言え酒カス。どう見ても配信事故だろ。
:とりあえず通報しました。助けが来るかは分からんが。
:むしろ避難させとけ。オモイカネ直轄の冒険者でもなければキツイ。

「いい見立てだ。にしても初心者卒業の登竜門に”これ”とかトラップもいいところだろ」

:イレギュラーとはそういうもの。
:ダンジョンくん冒険者を初見殺ししがち……マジで止めろよクソッタレ!!!
:冒険者ブチ切れ案件すぎる。

「仲間(ゴブリン)を殺して力を溜めて、ダンジョンの底に潜んでたんだろうな。そんで一番食いでがありそうな俺らに目を付けたか」

 敵戦力は事実上ダンジョンの総力を束ね上げたに等しい。恐らくはレッドキャップのカリスマによるものだろうが、あまりにイレギュラーが過ぎる。
 そしてこの異常事態に対して《東北ダンジョンライバーズ》の戦力はこうだ。

 筆頭戦力の酒カス、Lv.27。数1。
 迅路に次ぐユウキ、Lv.12。数1。
 雑魚のパッチ、Lv.5。数1。

 自陣と敵陣を見渡したパッチは思わず天を仰いだ。

(……死んだかな、これは)

 比喩や諦観ではなくただの事実としてそう認識した。
 万が一《怪物漏出(オーバーフロー)》が起きれば付近の村や町が2、3個無造作に食われ尽くす。敵はそういう戦力だ。
 そしてこの戦場でLv.5のパッチは戦力というよりむしろ足手纏いだ。その分を差し引けば《東北ダンジョンライバーズ》ははなはだ不利と言わざるを得なかった。

「キ、キキキ、キキキキキキキキキ――――!!」
「もしかして僕ロックオンされてる……?」

:おい、レッドキャップって確か悲惨な殺し方で有名なモンスターじゃなかったっけ?
:妖精の無邪気さと人間的な悪意を併せ持つヤベー奴。
:止めてくれ、推しの惨殺死体とか見たくないぞ……いやマジで!

 中でもリーダー格のレッドキャップは殺り損ねた獲物に粘ついた執着を向けている。獲物にはこだわるタイプらしい。
 捕まれば血を好むレッドキャップの猟奇的な趣味にお付き合いさせられそうだ。自身に待ち受ける運命を思い、パッチは深々とため息を吐いた。

(”それはいい”。いや、全然よくないけど許容範囲だ)

 そしてため息一つでそう割り切ったのがパッチという男の真骨頂だ。ダンジョン災害で衰退しつつある地方を立て直す。素面で口にし、真顔でダンジョン攻略を遂行する。”自身が無才と知りながら”。
 いくらユウキや迅路といった高Lv.の仲間がいようともまともな神経で続けられることではない。

(《東北ダンジョンライバーズ》はユウキちゃんが引き継いでくれる。実力の方は、迅さんが支えてくれるだろう。流石にここで抜けないよな……よね?)

 最後が仲間への疑問形になったのはご愛敬か、普段が普段だったからか。ともあれ次の行動は早かった。

「――二人とも、僕が囮になるんでさっさと逃げてください」

 真っ先に囮を名乗り出る。言葉が震えなかった自分を褒めたくなったパッチだった。
 当然死ぬのは怖い。が、”そうすべきだと思ったからそうするのだ”。

「幸いレッドキャップは僕にご執心です。トループ3体程度なら十分逃げ切れるでしょう? 早く!」
「ちょ、ちょっと待ってください! なんでそんな――」

 パッチの爆弾発言に動転するユウキ。

「なんでって……僕一人よりお二人が助かった方が”割がいい”。子供だって分かる計算です」

 才能豊かなユウキ。そして才能の底すら知れない迅路。どちらも数百人、あるいは数万人に1人の逸材だ。才能ある冒険者が黄金に等しい迷宮時代ではこれ以上なく貴重な人材だ。
 パッチ一人の犠牲で彼らの命が助かるならこれほど割のいい取引はない。

「だからって……そんなのおかしいですよ!? パッチさんは怖くないんですか!?」
「……そりゃ怖いよ、でもここで逃げたら僕は”折れる”」
「…………」
「折れた僕はまた逃げる。だから、逃げない」

 それは理屈ではなかった。怖いから、弱いから――”だから”折れない。
 恐怖に揺らぐ当たり前の感性を備えながら、折れず曲がらずまっすぐに。その精神はどこか聖人/狂人にも似ていた。
 パッチに冒険者の才能はない。それは否定しようがない事実だが、人間とはそんな一面だけで評価できるほど単純でもない。

:(絶句)
:あたまおかしい。
:聖人メンタルとは違うもっと別の筋金入りのナニカだよこれ……。
:才能はなくともパッチもまた冒険者だったか。

 トーホク民が言葉を失うのも無理はない。パッチの言葉は一見まともなようでどこか普通ではない。
 だがだからこそ……その歪まない心に己の”力”を預けた者がいた。

「さあ早く! もうすぐ奴らが「鉄拳制裁!」あべしっ!?」

 それは豪快な右ストレートだった。
 パッチの頬に深々と抉り込む程勢いが乗った一撃。土煙を上げて転がるパッチの姿に場の空気が呆気に取られたものへ変わる。全ての視線が拳の主――迅路に向けられた。

「……ったくよぉ。さっきから黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって。わりーが独演会は強制中断だ」

 そこにいたのは……いつもと同じ調子の酒カス。だが少しだけ酔いが醒め、スッキリした顔だった……かもしれない。

「ッてえなぁ!? 何しやがるんですかこの酒カスぅ!?」
「鉄拳制裁と書いてツッコミと読む」
「聞いてるのはそっちじゃねーよ!?」

 起き上がり、叫ぶパッチのあまりにも妥当な抗議に平然と返す迅路。
 何故か唐突に仲間割れを始めたパッチ達をレッドキャップ達も狐につままれたような顔で見ていた。

「そもそも俺お前に借りがあるから付き合ってるだけで別に《東北ダンジョンライバーズ》に興味ないからね? テメーが死んだらそこで終いぞ? お分かり?」

 酒に溺れて路銀も尽き、行き倒れていた迅路をパッチが拾ったところから《東北ダンジョンライバーズ》は始まった。だが迅路にとって重要なのは《東北ダンジョンライバーズ》という器ではなく、中身だ。

:この状況でなに言ってんだこいつ?
:これもしかして高度なツンデレってやつ?
:酒カスはパッチのヒロインだった……?
:こんな酒臭いヒロイン嫌だよ。

「このトーホク民ども外野から好き勝手言ってくれんなオイ」
「師匠にだけはそれ言う資格はないと思います」
「ユウキぃ……」

:ユウキちゃんにも突っ込まれた挙句萎れてて草。
:確かに酒カスにはその資格ないわ。
:普段からどれだけ自由に生きてると思ってるんだお前。

 状況は何一つ変わらないのにいつもの緩んだ空気が戻って来ていた。トーホク民達もそうと察し、いつものようにガヤり始める。
 が、一瞬前までシリアスをキメていたパッチはそうはいかない。

「あんたとツッコミ芸やってる間に向こうは準備万端整っちゃったじゃん!? どうするんだよマジで!?」

 パッチがブチ切れるが、あまりに妥当だ。
 唐突に始まった漫才劇の驚きからそろそろレッドキャップが立ち直りつつある。総攻撃を号令するまで幾ばくもない。

「あー……まあなんとかなんだろ」
「だからどうやって!? この状況でつまらないシャレ言ったら本気で化けて出てやるからなっ!?」
「止めろよ。お前が化けたら酔っぱらう度にツッコミされそうだ」
「この状況何とか出来なかったらマジでそうしてやるからなコノヤロー!? で、どーすんですかぁー!?」

 心の底から嫌そうな顔の迅路にツッコミを入れたくなる右手をグッと抑えて言葉だけに留めたパッチ。
 キレ気味の問いかけに迅路はあっさりと、何でもないことのように肩をすくめて答える。

「簡単だよ――こいつらは俺が全員殴り倒す。それで終いだ」

 そのあまりに確信に満ちた言葉にむしろパッチが驚く。
 迅路のLv.は27。弱くない、むしろ強い。東北第二支部において数少ない一線級の戦力だ。だがそれでも数に勝る敵陣にそう容易く勝てるとはパッチには思えなかった。
 何か秘策があるのか、それとも――。

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