「ふぅ……これでハッピーエンドだぜ!」
俺は、やり切ったんだ!
ついさっきまで俺はエロ同人誌の世界に入り込み、ヒロインたちを救うために奮闘していた……いきなり何をと思われるかもしれないが、気付けば同人誌の中に居たので俺も返事に困る。
「……良い思い出だったなぁ」
何がどうしてそうなったのかはともかく。
俺に与えられた役割はヒロインたちを奪う間男だったが、純愛をこよなく愛するこの俺が主人公からヒロインを寝取るわけもないし、ただでさえ気に入っていた彼女たちの快楽に歪む表情なんて見たくもない。
もちろんエロ同人だからこそそういう表情であったり、怒涛の変態プレイやアへ顔に引かれる部分はあったが、ヒロインたちのビジュアルも素晴らしかったし……何より一緒に過ごしていたからこそ彼女たちには幸せになってもらいたかった。
「カレンにナズナ……サナエはあれで大丈夫だ」
カレンは高校二年の同級生で、ナズナは一年の後輩、そしてサナエは彼女たちの母親だ。
三人とも凄まじいまでの爆乳の持ち主で、多くの男の欲望を集めていた。
それだけではなく三人ともが類い稀なる美貌の持ち主で、カレンとナズナは中学時代からナンパなどに悩まされ、サナエは夜な夜な亡くなってしまった旦那を想い涙を流すと……まあ色々と彼女たちは悩んでいたわけだ。
『あれ……? 俺……なんでトラオになってんだ?』
トラオ、それが間男の名前だ。
ふと気付いた時に俺は何故か即座に自分のことを理解しただけでなく、その世界が読んでいたエロ同人誌の【ハメラレ美人家族】であることも分かった。
『……あ、あれは』
そしてすぐに、ナンパされているカレンを見つけた。
『……ったく、見ちまったら助けるしかねえよな!』
エロいシーンは好きだし、不覚にも興奮した。
だが俺がそれを齎す間男であることはともかく、このエロすぎる三人と純粋に愛し合える世界を少しでも妄想した人間としては、カレンを助けないという選択肢は無かった。
『その汚い手で彼女に触れんじゃねえよ』
カレンを助け、
『しつこいのは嫌われるぞ? そこまでにしときな』
後にナズナも助け、
『旦那が亡くなった悲しみは俺には分からねえ……俺に出来るのは、アンタが寂しくないと言うまでこうすることだけだ』
サナエが寂しさを堪えていた時、事情を知っているのを良いことに慰めた。
そうしてカレンとナズナ、サナエと親しくなった俺は彼女たちに寄り添い続け……完全に予想外だったが主人公のアキラとも仲良くなった。
アキラは優柔不断で引っ込み思案だったけど、俺がとにかく連れ回した。
そのおかげでアキラは自信を持つまでに至り、俺の事を同い年の兄貴みたいだと慕ってくれた。
『ねえトラオ……お前は本当に優しいよな♡』
『トラオ先輩……本当に優しいです♡』
『トラオ君……あなたの優しさにもっと浸りたいです♡』
三人が向けてくれる微笑みは、決してトラオに向けられるものじゃなかった。
嫌悪ではなく好意を向けてもらえることは嬉しくて、トラオ自身も誰かの優しさに触れたことがなかったのか、体に引っ張られるように俺は三人の優しさに泣いた。
『俺、そろそろ帰らないといけないんだ』
だが、別れの時が来た。
俺はもうすぐトラオとしての役割を終え、この現実世界に帰ってくることを予期していたので、彼女たちとレストランで飯を食った後……自分のことを告白した。
『俺は、元々トラオじゃなかった……この世界のことを知っていたんだよ』
この世界のことを告げることは特に何も思わなかった。
これで終わりなら……もう彼女たちと会うことがないのであれば、せめてトラオではない俺の事を知ってほしかった。
『俺はさ、三人に幸せになってほしかったんだ……本来、三人を不幸のどん底に突き落とす俺が変わった時点で大丈夫だったけど、精神的にも三人は強くなったから何も心配はしていない』
俺は彼女たちと接する中で、多くのことを話した。
その影響でカレンもナズナも、サナエも自分が好きになった以外の相手には決して靡くことはなく、ましてや快楽に落とされるようなことさえもないんじゃないかとさえ俺が思うくらいに、三人は精神的にめっちゃ成長した。
『ま、待ってよ……何を言ってるの?』
『変な冗談はやめてよトラオ君……』
『お願いだから不安になるようなこと言わないで……』
最後の最後に、そんな言葉を言われて俺は嬉しかった。
俺が居なくなることを悲しんでくれる三人の様子に、俺自身も悲しくなったし寂しくも感じたし、ずっとここに居たいと思わせられたけどそれは無理なんだ。
現実は現実、二次元は二次元……俺たちは一緒にはなれない。
『俺の本当の名前はヤマトって言うんだ――じゃあ三人とも、俺は帰るよ』
そうして、俺はこの世界に戻ってきた。
正直なことを言えば、今までのことは全部夢なんじゃないかって思うほどだけど、間違いなく現実だったんだという実感はあるし……その、ちょっとした事故で触った彼女たちの体の感触もバッチリ残っているから。
「……また、読むかねぇ」
俺の知る彼女たちは、この同人誌のような結末は迎えなかった。
でもどんなに彼女たちの酷いアへ顔だったり、開発されて乳だけで絶頂するような描写を見ても、俺の脳裏にすぐ浮かんでくるのは幸せそうにする彼女たちだった。
▼▽
そして、それからしばらく経った頃だ。
「大和~」
「どうしたの?」
「お隣に引っ越してきた方たちが挨拶をしたいんですって」
「挨拶? なんで俺に? 母さんだけで良くない?」
「そう思ったんだけど、これから顔を合わせるようになるだろうから挨拶をしておきたいんですって」
「……ふ~ん」
そういや、隣に引っ越してくる人が居るって聞いたっけか。
母さんだけで良いんじゃないかとは思いつつも、流石にそこまで言われて顔を見せないのはあまりにも印象が悪い。
「じゃあ行くよ」
「えぇ……でも、なんで私に息子が居るのを分かったのかしら」
母さんの言葉を気にすることなく、一階に降りて玄関へ。
「……え?」
そして俺は、時が止まった感覚を抱いた。
だって……だって玄関先に立っていたのは――。
「こんちゃ」
「こんにちは~!」
「こんにちは♪」
カレンとナズナ……サナエだったから。
いや、他人の空似というか……そう見えただけで、同人誌のキャラが現実に居るわけがない!
コスプレにしてはあまりにもレベルが高すぎるけど、近所の挨拶に同人誌キャラのコスプレをするとも考えにくいし、もし居たらそれはあまり関わりたくない変態だ。
「ど、どうも……月島大和です」
唖然としながら挨拶をした時、三人はクスッと笑った。
頬を赤く染め、瞳にハートマークを浮かべたような気がしたのは……俺の気のせいだと思いたい。
こうして、隣に三人の美人家族が引っ越してきたのだった。
同人誌の彼女たちに似た、エロ過ぎる三人が。
「竜胆花蓮、よろしく♡」
「竜胆なずなだよ♪ よろしくね♡」
「竜胆早苗です。よろしくお願いするわね♡」
これ、面白そうじゃない!?!?