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ループから抜け出した男は、魔王になった幼馴染と結婚して幸せなスローライフを満喫するみたいな奴

「くそっ……なんて強さだ」
「あり得ないでしょこんなの……私たちはこんなにも鍛えたのにっ!」
「魔王の力は想定以上だった……? 嘘ですこんな……」
「……………」

 目の前で、四人の仲間が絶望している。
 この世界に君臨した魔王を倒すために、世界の平和を願う俺は勇者のイケメン野郎に誘われる形でパーティに合流し、こうして魔王の前に立っている。

「ふふっ、弱いわね。弱すぎるわあなたたち――こんなにも弱いだなんてつまらなくて欠伸が出そうだわ」

 際どい恰好をした女が俺たちを見下している。
 暴力的なまでのグラマラスボディを惜しげもなく晒し、漆黒の大翼を背中に持つ彼女は凄まじいまでの美女だった。
 こんな美女になら殺されても良いか、そう思えてしまうほどの美女である。

「……さてと」

 そこで、女は俺を見た。

「大人しく故郷で震えていれば良いのに……どうして来てしまったの?」

 それは魔王から俺に対する問いかけだ。

「……………」
「故郷に居れば……勇者パーティになんて入らなければ、あなたはここで死ぬことはなかったのに」

 魔王は、少しだけ悲しそうに言った。
 他の仲間たちに対しては無慈悲に攻撃していた魔王でも、俺に対する攻撃はどこか遠慮のある物が多く、傷を負ったとしても致命傷にはならない。

「どうして勇者パーティに付いてきたか……それにはちゃんとした理由がある」
「理由?」

 魔王が首を傾げたが、同時に背後に居た邪神が嗤った。

「ほう? 勇者パーティでも特に力のない人間の理由は気になるな。面白い、言ってみろ」

 邪神がそう言ったことで、魔王は俺の言葉を待つことにしたようだ。

「トワさん……」
「トワ……」

 背後で勇者と聖女が不安そうに俺の名を呼んだ。
 俺は大丈夫だと言わんばかりに二人だけでなく、パーティのメンバーたちに笑いかけて更に前へ出た。
 手を伸ばせば魔王に手が届くほどの距離。

「死ぬって思われてるところ悪いんだが、俺は死ぬつもりはない」
「はあ? あなたは弱いわ私よりも」
「そうだな」
「ならどうしてそんなことが言えるの?」

 良いだろう、なら堂々と言ってやろうじゃないか。

「まず、勇者パーティに入ったのはこの場に来るためだ」
「それはそうね」
「そして、どうして死なないと言えるのか――それは」
「それは?」
「お前と……レティとセックスするまで死ぬつもりはないからだ」

 ・・・・・。
 瞬間、全ての時が止まった。
 俺はどうだ見たことかと思いながらも、この静けさに何とも言えない感覚になってしまう。

「な、ななななななにゃにを言ってるの!?!?」

 魔王の威厳なんてどこへやら。
 真っ赤になったレティを見つめながら、俺はこれまでを思い返した。




 それは唐突な記憶の蘇りだった。
 勇者であるミハイルにパーティへ誘われたのと同時に、俺は何度も自分が人生をやり直していることに気付いた。
 何度も何度も、それこそ数えきれないループの中に居たんだ。

『俺は……一体……?』

 当然のようにループしていることに驚いたが、こうしてループしている事実に気付けたのもまた初めてだった。
 俺には幼馴染が居た。
 一緒の村で生まれ育った女の子で、幼い頃からずっと仲が良かった。
 俺は十六歳になり、レティも遅れて十六歳の誕生日を迎えた時に邪神が現れた――邪神はレティを連れ去り、呪いを掛けることでレティを人類の敵である魔王へと生まれ変わらせてしまった。

『どうしたんだい?』
『いや……ありがとう。俺も同行する』

 記憶が戻ったとしても、どんな方法で助けられるかも分からない。
 だが俺は、何もせずには居られなかった――こうして初めて記憶の保持が出来た以上は、何回もループしたことで培った強い想いがあるから。

『どうかゆっくりと……ゆっくりと死んでいきなさい』

 俺を殺す時の彼女は優しかった。
 どこまでも慈愛の瞳で俺を見下ろし、決して残酷なことはしなかった。

『あぁ……やっと終わる……やっと、私はトワの敵ではなくなるのね……』

 逆に俺たちが勝った場合も、彼女は笑っていた。
 段々と冷たくなっていく手を俺の頬に当て、満足そうにして死んでいった。

『俺が死んでも、レティが死んでもループする……してるんだよな』

 結局のところ、俺が死んでもレティが死んでもループしている。
 永遠に続く呪いのようなものが俺の身にあるのかどうかは分からないが、もしかしたら俺が……俺自身がループを願っているのかもしれない――だってそうだろ? どの世界にも俺たちは共に生きていない……どっちかが残って、どっちかが泣いてるのは俺たちらしくない!
 ずっと幼馴染として馬鹿みたいに過ごしてただろ?
 だったらそれが俺たちが一番望む世界なんじゃないか――俺が、レティと共に夢見たい世界なんじゃないのか!?

『ミハイル』
『何かな?』
『その……もしも俺が男として引けない時が来た時、どうか黙って見守っていてくれないか? 男としての一世一代の勝負を、どうか見届けてほしい』
『ははっ、分かったよ。その時が来たら僕は君の勝負を見届けよう』
『ありがとうミハイル』
『良いってことさ』

 脳裏に浮かんだミハイルとのやり取りを思い出し、ふと彼を見た。
 困惑する他の面子を背にするように立つ彼は、俺と目が合うと察したようにクスッと笑みを浮かべて頷いてくれた。

「あ、あああああああなたはいきなり何を言ってるの!? ま、魔王相手にセックスとか馬鹿じゃないの!? デリカシーはないの!? そう言えばあなた、女の私に良く泥団子を投げたりしたわよね!?」

 顔を真っ赤にするレティには、魔王の貫禄は無かった。
 人外としての証である角と翼があるだけで、黒くなった髪と赤くなった瞳以外は全部レティのままだ。
 レティの背後でニヤニヤと嗤っている邪神を視界に隅に入れながら、俺はレティに向かって言葉を紡ぐ。

「なあレティ、信じられないかもしれないが俺はずっとやり直してる」
「やり直してる?」
「あぁ……この世界で俺は、死んでも死ななくても永遠にループしているらしい」

 レティだけでなく、ミハイルたちからも息を呑む仕草を感じた。
 そして何よりあの邪神が気持ちの悪いニヤケ面を引っ込め、興味があるかのように耳を傾けている。

「俺が死んでも、俺たちが勝ってお前が死んでも永遠にやり直してるんだ。今までの記憶を全部引き継いで覚えているのは今回が初めてで、だからこそ今回の世界は意味があると思った――何度もやり直してたら気持ちは強くなるだろ? いきなりセックスさせてくれはすまんかった! でも結局、結婚とかしたらいずれするだろうからノーカンにしてくれ!」
「だ、だからセックスとか恥ずかしい言葉を言わないでってば! ……でも、それは本当なの?」
「あぁ」
「……何をしても、あなたは幸せになれないってこと?」

 そうだなと、俺は強く頷く。
 こんなの普通なら信じられないことのはずなのに、レティは瞳に涙を浮かべて俯いてしまう。
 まあそうだよな……レティなら俺が嘘を吐かないことを知っているから。

「幸せにはなれねえよ……だって俺が死んだら当然だけど、俺が生き残っても傍にレティが居ないんだから」
「あ……」
「なあレティ、結婚しよう――魔王なんてやめて、適当にどっかでのんびり暮らそう」

 そう言いながらレティの手を取った。
 どちらかが死にかけじゃない状態では、初めて彼女に触れることが出来た。

「無理よ……私は、邪神に呪われている……私は魔王をやめられないの。私が彼の思い通りに動かなければ、それこそ全部が終わって――」
「なあレティ、俺はレティが大好きだ。レティは……その、どうだ?」

 思えば、これは初めての問いかけだった。
 レティはハッと目を丸くしたかと思えば、コツンと額を胸に当ててきてこう言ったのである。

「好きに決まってるじゃないの……ずっとずっと、魔王になってからもあなたは無事かしらってずっと思ってた」
「なら、俺と一緒に暮らそう。邪神は、俺が倒すから」
「え?」
「なんだと?」

 俺は、レティを背に一歩前に出た。

「なあ邪神よ、アンタには弱点が一つだけあるらしいな。それはアンタ自身も気付けていないものらしいし、探すのに苦労したぜ」
「我に弱点だと? そんなものあるわけがなかろう」
「良いやあるんだよそれが――レティ、俺を信じられるか?」

 レティに視線を向けて問いかければ、彼女は頷いた。

「キスしよう」
「え……っ!? ……う、うん!」

 困惑するレティとキスを交わす。
 柔らかいとか、涙の味がするとか、色々と考えたもののすぐに邪神に異変が起こった。

「な、なんだこれは……!? なんだこれあああああああっ!?」
「邪神の弱点――それはアンタが呪いを掛けた誰かが、未来への強い希望を持つことだ。アンタは自分が目を付けたレティの希望に焼かれて消えるんだよ!」
「希望だとぉ!? ふざけるなあああああああああっ!!」

 いや、これに関しては俺も半信半疑だった。
 ただ旅の途中で出会った占い師のおばちゃんが教えてくれたんだ……結局、あの人は何だったんだろうと疑問は残っていたが、何となく嘘ではないと分かっていた。

「ぐおおおっ……ああああああああっ!!」
「人の幼馴染を魔王なんかにしやがって……とっと失せやがれ!」
「貴様アアアアアアアアアアア!!」

 邪神が手を伸ばすも、それを魔法で粉々にしたのはレティだった。

「私の大事な人に手を近付けるな」
「……レティ……貴様……グッ……!」

 そして、呆気なく邪神の姿は消えて行った。

「……あ」

 レティの体にも変化が現れ、生えていた角と翼が消えた。
 ただ黒くなった髪と赤い瞳は元に戻らず、以前の綺麗な金髪と青い瞳はもう見れないのかもしれない。
 でも、これで何もかもが終わった。

「レティ、おかえり」
「トワ……トワ……っ!!」

 胸に飛びついてきたレティの頭を撫でながらこれからのことを考える。
 色々と大変なことはありそうだし、それこそ各地と話を付ける必要はあるだろうがとにかく! 俺は大切な人を取り戻すことが出来たのだ。



こっからスローライフ!
みたいな感じで。

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