こんにちは。日曜日に太極拳を全力でやったらバテてしまいました飯田です。最近「速い太極拳」をやっていて、これが結構派手に動き回るものですから体力つかうんですよ。かっこいいんですけどね。そういうわけで今日は一日ぐったりしていました。
さてさて。
掲題、KAC2022第五回のお題「88歳」で短編を書きました。以下です。
『過去の自分にメッセージ ~多鶴子の場合~』
https://kakuyomu.jp/works/16816927861586362540この「88歳」っていうのが明らかに田原総一朗意識してるんですよね(彼は米寿なので)。最近カクヨムとコラボしてるのでその関係でしょう。大人の事情が見え隠れして大変不快ですね。僕は嫌な思いをしました。
個人的に彼は主張の是非はさておき品がないので苦手なんです。なので正直今回はサボってやろうかと思いましたが、皆勤賞のトリさんタオル抽選権欲しいし……。ってことで出しました。
これ『多鶴子の場合』にしてる理由はもうひとつ『竜弥の場合』があるからなんです。当初は『竜弥の場合』で考えたんですか何となく多鶴子が降ってきたのでそちらに変えてしまいました。
新規作成して詳細設定を決めるの面倒くさいのでここに大雑把に『竜弥の場合』を書きます。なので本ノートは少し長くなりますが、ここ限定のショートストーリーということでご理解くださいませ。
では。
*
『過去の自分にメッセージ ~竜弥の場合~』
「美奈子さん」
「はい」
「……いえ、何も」
三回目のデート。僕は緊張していた。何せ僕はこんな醜男だし……なのに美奈子さんはこんなに、美しいし。
「本当に僕なんかでよかったんでしょうか」
「それを聞くのは三回目ですね。初めてのデートで一回、二度目のデートで一回、そして今日」
「いえ、何だか僕不安で……」
「あなたは私が選んだ男性です」
凛と、美奈子さん。
「堂々としていろ、とは言いません。ですが私の意思に物申すようなことはしないでください。私はあなたを、選んだのです」
「ごめんなさい」
この三、四年僕は失敗続きというか、負のスパイラルの中にいた。大学の卒業論文は致命的な欠陥を指摘されて散々な目に遭ってやっとのことで卒業できたし、就職活動も人前で話すことが苦手な性格が災いして散々。ようやく入社できた地元の中小企業では新人研修の時からミスを連発して物笑いの種になるし、ようやく一人で仕事を任されるようになってもイマイチ業績が芳しくないというか、まぁとにかく何をやっても駄目だった。失敗作なのだ。僕という生き物は。
美奈子さんとはそんな時に知り合った。何でも重役のご親族らしい。
色んな男性が美奈子さんにアプローチしていた。社内で一番仕事のできる千野さんだとか、営業部のエース永目さんだとか。部長の奥谷さんも既婚者なのに美奈子さんを口説きに行ったなんて言う噂がある。本当かどうかはさておき。
そんな美奈子さんに声をかけていただいたのは本当に偶然というか、アクシデントというか。僕の目の前で美奈子さんのヒールの踵が折れたのだ。足を挫いた美奈子さんを、僕はとりあえず休憩室のソファに座らせ、コンビニに走っていって接着剤を買ってきた。ヒールをどうにかこうにか直して、ついでにコンビニで買ってきた冷却スプレーで挫いた足首を冷やしてあげていると、美奈子さんが僕を見下ろしながらほとんど命令みたいに告げてきた。
「土曜日に靴を買いに行くから一緒に来て」
重役の娘さんだ。断るに断れない。
そういうわけで最初のデート。デートと言い切ったのは美奈子さんがハッキリ「これはデートですね」と言ったからだ。僕はそれを聞いた時、飲んでいたコーヒーを噴きそうになったけど、どうも美奈子さんも真剣に言っているようで、これはえらいことになったぞ、と僕は思った。
第一僕は女性が苦手だ。
前にも言ったが僕は醜男だ。どんなにお風呂に入っても「清潔感」とやらが出ないし寸胴で手足も長くないから不格好だし、髪だってぐしゃぐしゃというか、櫛を通しても真っ直ぐになってくれない。生まれてこの方女性にモテたことがない。もちろん恋をしたことはあって、勇気を出して告白もしたのだけれど嫌がられて泣かせてしまった。以来僕は女性に好意を向けないよう気をつけて生きている。美奈子さんの時も、僕の存在が彼女の脅威にならないよう、細心の注意を払っていた。なのに、なのに。
「竜弥さん」
「はい」
無事に新しいヒールを買えた後。喫茶店で一服したいというので一休みしていたら、美奈子さんは品よくカップを傾けた後、さも当然だというように訊いてきた。
「次回はいつにしましょう」
「じ……?」
「次です」
「次?」
そういうわけで、僕は翌週の土曜日、また美奈子さんに付き合って服を買いに行くことになった。美奈子さんはあれこれ服の感想を聞いてくるので僕は少し困ってしまった。でもできる限り誠実に、答えを述べた。
で、その二回目のデートの帰り。
美奈子さんは唐突に僕の正面に立つと、こう告げたのだ。
「私はあなたを選びました。竜弥さん」
何を言っているのか分からなかった。
「あなたはまず、優しいです。次に誠実です。そして背伸びをしません。私の理想です。……まぁ、見てくれはもしかしたら検討の余地はあるかもしれませんが、それも些末な問題です。私の恋人になってください」
何が起きているのか分からなかったけど、どうやらそういうことのようだった。僕は美奈子さんと、付き合うことになったのだ。
まぁでも、若い内のお遊びの一環だろうと、僕は思っていた。
本気で僕みたいな醜男と付き合いたいなんて思うはずがない。だから僕は、三回目のデートで「私が選んだ男性だ」と言われてもずっと、窮屈な思いをしていた。僕なんかはどうあっても美奈子さんとは同じ世界にいられないし、いてはいけないのだ。
でも僕の方から彼女を袖にすることはできなくて(傷つけたくないし)、しばらくずるずると、三年間くらい僕たちは付き合っていることになった。その間何かできたかと言うと何もできてない気はするけど、記念日と誕生日にはお祝いをしたし、それから旬の花や食べ物をプレゼントするくらいのことはした。
まぁ、でも、僕と美奈子さんの運命が交わることは、ないんだろうなぁ。
漠然とそう思っていた。僕は醜男だ。愛の告白が女性を怖がらせ、泣かせることもあるくらいのどうしようもなく醜い男だ。美奈子さんにはもっとふさわしい男性がいるし、僕とのことは若気の至りというか、思い出のひとつになってくれればいい。その程度に、いやその程度だからこそ、僕は美奈子さんと過ごす時は彼女が幸せになるよう最大限の努力をした。思い出は楽しい方がいい。そう思って常に最高の思い出を提供できるようにした。
ある日、美奈子さんが会社に来なくなった。
理由をそれとなく周りの人に訊いてみたがみんな言葉を濁すだけで教えてくれない。数日間、僕は寂しい思いをしたがやがて悟った。フラれたんだな、と。
連絡をとることはできた。でもそれはしなかった。元々僕と彼女は交わるべきじゃなかったのだし、これでようやく、日常に戻っただけだ。そう思った。ちょっと寂しかったけど、でも彼女の中でこの数年間がいい思い出になれば。そんなことを考えながら家に帰った。
ポストの中にいやに大きい荷物が届いているのに気づいたのは、そんな日の帰りだった。
紙袋に入ったビデオのようだった。覚えがない。確かに映画を見るのは好きだったが、このところは美奈子さんに連れられて映画館で見ることが多かったし、家でビデオを見ることなんて、しばらくなかったのにな……。そう思いながら家に帰って、とりあえず袋を開けてカセットを取り出した。
『二十九歳の竜弥へ』
そう、書かれていた。
今の僕に宛てたビデオ?
何とはなしに再生してみる。ちょうど最近流行り始めた呪いのビデオみたいで何だか気味が悪かったが、しかし胸の奥で不思議な高揚感があってその不快感を帳消しにしていた。ビデオデッキはカセットを飲み込んだ。やがてそれは再生された。
〈おうい、二十九歳の竜弥。元気かぁ〉
映ったのは老人だった。しかしどこか見覚えのある。
〈八十八歳の俺だぁ。訳あって今は北海道で暮らしている〉
一面の雪景色。どこまでも続く銀世界。
〈今日はお前に大事な話があってこのビデオメッセージを送っている。すごく大事な話だ。よく聞いてくれ〉
はぁ。僕はテレビの前に座り直す。
〈お前は入社するなりミスの連発で会社からはお荷物みたいに扱われるな。同期入社の奴らはめきめき出世してくのにお前だけ取り残される。惨めだったなぁ〉
うるさいよ。僕は笑いそうになる。
〈でもそんなある日、素敵な女性と出会うな。立ち姿さえ凛としていて美しい、一輪の花のような女性。美奈子さんだ〉
彼女の名前が出てきて僕は、どきりとする。
〈最初お前は『何でこんな自分に』と困惑するな〉
ああ、してたよ。
〈その内『せめて彼女の中ではいい思い出に』と頑張るようになるな〉
うん、なった。
〈……何だかんだ、美奈子さんに惹かれていったな〉
……そうかもしれない。
〈いいか、竜弥。お前がこのビデオを見た一年後に、美奈子さんは病気で死ぬ〉
一瞬で、世界から色が抜けた。何もかも白黒になった。
〈美奈子さんはお前を悲しませないように、そっと姿を消すことを選んだんだ〉
汗をかいていた。汗を、かいていた。
〈思い返して欲しい〉
老人の一言一句が染みてくる。
〈お前、美奈子さんを愛していただろう〉
急所を突かれたような気分になった。ああ、だって、そりゃあさ、そりゃあ……。
あんな美人そういないんだ。僕の人生で一番美しい人だ。それは見た目の意味でも、生き方や、人格の意味でもそうだ。彼女は全てが美しかった。そんな彼女に惹かれない訳がないじゃないか。愛さない訳がないじゃないか。
〈いいか、竜弥〉
ビデオの老人は続ける。
〈俺の人生の中で一番愛した女性は美奈子さんだ。俺が人生で一番大好きだった女性が美奈子さんだ。だから俺は、美奈子さんが死んだ後、もう八十八になるが、ずっと独身でいる。美奈子さん以外の女性は考えたことがない〉
気づけば膝立ちになっていた。
〈俺の世界ではもう、美奈子さんはいない。でもお前のところにはまだいる。頼む。行って伝えてくれ。愛していますと。誰よりも大切です、と〉
愛を伝えるのに怖気づくな。画面の中の老人は力強かった。
〈美奈子さんのいる病院は○○総合病院だ。お前の家からは電車で少しかかるが、行けなくはない場所だ。行ってやれ。美奈子さんが待っている。そして美奈子さんに……〉
最後の方はもう見ていなかった。僕は蹴飛ばす勢いで靴を履くと駆け出していた。家に鍵をかけたか、髭が伸びていないか、みっともなくはないかなんてことは全部どうでもよかった。ただ財布を持って(これがないと電車に乗れないからさ)ひたすらに走った。頭の中には美奈子さんが……いや、美奈子さんしかいなかった。
僕は彼女を愛していた。
了