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題名不明、の事。

月があった。空に月が。丸い月だ。誰もがお盆のように真ん丸と口を揃えて言うだろう。それほどに真円を描いていた。あまりにはっきりと夜空から浮き上がって見えて。
暗い空が切り取られてしまったんじゃないかと、錯覚してしまう程に。
そして、紅かった。紅く染まっていた。筆で血を、それも流れてから時間の経った固まり掛けて黒ずみ始めた昏い紅色を無雑作に塗りたくられたかのように、浮き上がった月は斑に紅黒く染められていた。

そんな月の下、男が一人何もない野っ原にいた。いや、あるにはある。ざんばら髪に洗いざらした木綿小袖の男が無造作に座る頭ほどの大きさの石とその直ぐ傍に突き立てられた木杭だ。墓だろう、おそらくは。
人里も遠く、目印となるものがあるでもないこんな野原にあるには相応しいともそうでないとも言い難かった。綿毛を膨らませた芒に埋もれたその有様は、苔生し始めた石と朽ち始めた木杭には相応しいだろうが、墓としては相応しくはないだろう。無縁仏、すでに忘れ去られたモノであればまだとは言えるかもしれないが、それでも。
知ってか知らずか、男は酒を呷る。左に持った瓢箪に口をつけ、月を見上げ美味そうに嚥下する。
「いやいや、奇麗なもんだ。これならツマミが無くても十分に楽しめる」
言ってもう一度呷る。
口の端から零れた酒が、かつては鮮やかな紫だったろう紫根染めの、今は辛うじて赤の混じった青を思わせる生地に染みを作った。
盛大に息を吐く。酒精の香りが辺りに漂った。
「なあ、いい加減出て来いよ。いるのは分かっているんだし、何より酒が飲みたくて仕方がないんじゃないか?」
我慢は体に良くないぜ。と重ねて言葉にし、三度酒を呷る。そして、瓢箪を揺らした。半分ほどになった酒が中で躍る。蠱惑な音を奏でる。
「よくもまあ、戯けたことを。今の今まで逃げ回っていたのに」
玻璃の鈴を転がしたように澄んだ、けれど同時に蜂蜜を煮詰めたかのようにドロリと甘い、甘ったるい声が答えた。気配なく、葉擦れの音もなく、まるで初めからそこにいたように女はそこにいた。無論そんな筈はない。
満月の煌々と降り注ぐ光の下、赤に金の刺繡が入った打掛などという派手な装束を見逃すなどと言う事があるだろうか。仮に直前まで身を隠していたとしても、だ。ならば女は、どこからやってきた? 天から降ったか、地から湧いたか、それとも闇から染み出たか。
体に巻き付けたようにも見える打掛から覗く手足は、細く日の輝きを知らない白をしていた。その白が闇より出でる姿は実に相応しい、そう思わせる。
「やっとお出ましか。待ちくたびれたよ。もう少し遅かったら、全部空けてるところだった」
再び男は瓢箪を見せびらかすように振った。

ふと思いつき、書き出してみたもののタイトルが思いつかず、なので題名不明。
つらつら書いて、5000字くらいで目途付くかなぁと、いつも通りの見切り発車ですが。
イメージは月に照らされる芒の原に散る紅葉と咲く彼岸花。
そのシーンが書きたいが為の前段階。
当初FWでやろうかと思ったものの、刃鳴にしかならんと言う事で、もう一つの方に入りそうで入らなそうな感じに。あっちなら赤ずきんもいるしな、と。

気が向いたときに、こんな感じに続けて、その内まとまるとよいなぁくらいの感じですので、お待ちいただけるならば、幸いです。

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