※本近況ノートでは、連載中の「万世の轍」97話までのネタバレを含みます。未読の方は先に本編を読んでからお読みいただくことを強くおすすめします。
過日、ようやく因果編を書き終えることができました。1年ほどかけて書いた一幕、いかがだったでしょうか。
「再来」の掲載後、じわじわと閲覧数や作品フォローが増えて嬉しく、ありがたく思っております。
#70を超えたあたりからビュー数が伸び悩み、方針を切り替えるべきかを悩んだ時期もありましたが、どうしても扱う主題を譲れず最後まで我を通しました。
本近況ノートでは、因果編を書くにあたっての裏話的なことを連ねていきます。あくまで作者の自己満足の開陳に過ぎませんので読まなくとも差し支えはございません。
重ねての注意となり恐縮ですが、以降は#97「再来」までのネタバレを含みますので、ぜひとも未読の方は本編を先に読んでいただきますよう切にお願い申し上げます。また、もし感想をSNS等で発信していただける際には、未読の方にご配慮いただきますよう重ねてお願いいたします。
○主題
「前世犯の罪悪感」と「人を許す/赦すとは」を主眼に置きました。前者は猪瀬志保、後者は河野聡史がメインとなっています。
女性を殺し、女性に生まれ変わった猪瀬と、男性に殺され、男性に生まれ変わった河野。猪瀬は女性として育てられ、かつて手に掛けた女性が自分同様に「誰かの子」として大切にされていた事実を実感し、自らの罪を悔いています。
いっぽうで河野は、記憶を思い出して以降、前世の自分を蹂躙した強い力を有する自らに心中で嫌悪を抱き、男性である自分がいつか力のままに暴力に走るのではと恐れてもいます。
二人の屈折した自己への思いは出会いを通じて徐々に角度を深め、それぞれの価値観が揺らぎます。
こうして振り返ると伝えたかったことすべてを表現できているとは言えず、自らの実力不足を痛感しております。何かひとつでも読者の方の胸にとまるものがあれば嬉しいです。
○作中人物
自らの過ちを悔いている猪瀬は、はじめは元犯罪者という経歴をひた隠しにしています。記者・高柳松子により過去を周囲に知られバッシングに晒され、一度は自死をも決意しますが河野の意見を聞いてからは彼を救いたいとも思い、過去を認め償うことを誓っています。
昔は犯罪者、しかし今は善人。じゃあどこまで過去を悔いるべきかという問題は、たぶん作中世界でも大きな問いになっていると思います。
昔と今は切り離すべきか、人は変わらないと思うべきか。読者の方でしたらいかがでしょう。行きつけの店の店主が人を殺した過去を持つ(ただし今は善人)としたら、通い続けますか?
おそらく明確な正解はないと思います。ですので、最後の土屋梨帆の行いも、作中の世界線ではその是非を問う議論が喧々諤々としている想定でおります。全員の立場になって考えれば、悔い改めた猪瀬にも、怒りを爆発させた土屋にも、許せないことをやめられないと明かした河野にも、陰口を叩いた人たちにも、シンクレールを離れた人たちにも、それぞれに正当な理由とそれぞれなりの正義があります。
過去を告げるかどうか悩む猪瀬のキャラクター造形は須永が好きな島崎藤村の「破戒」から着想を得ています。「猪瀬志保」という名前は、「破戒」に登場する3人の人物名を組み合わせました。
「破戒」では、教員である主人公・瀬川丑松が、自らの出自が被差別階級であることを公表すべきかどうかを懊悩する姿が描かれます。社会に根を張る差別問題を克明に描いた一作、興味がありましたらぜひご一読ください。ちなみに、土屋、風間、高柳という姓も「破戒」登場人物より拝借しています。
○結末
最初は猪瀬を生かして河野と交流を続ける想定でしたが、河野の前世にまつわるエピソードを書いたころから(#66「想起」、#67「開花」)、果たしてこれで「因果」と言えるのかと考え、#74「煩悶」を前にプロットを直し、このような形で終えることにしました。猪瀬という女性をあまりにも善人として描きすぎたのかもしれません。
○各種資料
因果編を書くにあたり、様々な資料を参考にさせていただきました。参考資料は別途 近況ノートにまとめております。
性被害やストーカーに関する書籍では、自分の知識がいかに断片的なものか、加害してしまう人たちの心理がどう動いていくのかを学ぶことができました。
科学捜査の資料は非常に興味深く、感嘆しながら読み進めました。なかなか自分で選びづらいジャンルの本でしたので学びが多く新鮮でした。
本作で描いた性被害やストーカー心理等は数多の例のひとつにすぎません。こういう事態が現実世界で起こっている/起こりうることもふまえ、多少過激な表現となりましたが題材として入れました。
「こんなことあるわけない」「こんなこと思う人はいない」とお思いになった方もおられるかもしれませんが、先述の通りいくつかの参考資料を踏まえての描写であり、実際にこのような事件が現実で起こっていることをどうか心の片隅にとどめていただければと思います。
なお、猪瀬・河野の過去の描写は作者の創造です。実在の事件・人物をモデルにしたわけではありません。
しかしながら、人間の凶悪性が一個人の想像を上回ることは(残念ながら)少なくはなく、また既知の事件に関する知識や単語が着想に影響している場合もあります。事件の一要素や断片的な部分で実際に起きた事件と類似している可能性は否定できません。ですが、それは作者が意図してそう設定したものではないとこの場をもって申し添えます。
○新たな登場人物たち
因果編では新しく登場した人物や、パーソナリティを明らかにした人物がけっこう登場しました。この場を借りて改めてご紹介をば……
空間転移の能力を持つ管理班・櫻井智鶴、大村の補佐役で石油王との結婚を狙う記憶研探査室長補佐・村越椿、さまざまな種の犬を繰り出せる須賀班の門脇都、さっぱりした姉御肌の崎森班NO.2・木島飛鳥、日本人形を模した髪型の和やかお姉さん・佐久間千佳、3枚目キャラで珍しい特殊型ピリオド保有者の松川班・嶋田健人、運転時には気性が荒くなる兄貴肌の笹岡班・伊東翔太、医療専門官で顔と腕はいいが適当な性格の藤村春、藤村の助手で河野の同期でもある塩原代助、本部管理班でぬいぐるみを駆使する樋高穂高、管理班ながら腕が立つと噂の大垣大海。
こうして見るとめっちゃ多くて草ですね。
のちのち、彼らも活躍の場を広げていくと思います。どうぞよろしくお願いします。
ちなみに、藤村と塩原は別作品「デリバリーウィル」の主人公コンビと見目や性格がリンクしています。パラレル設定です。伊坂幸太郎さんが好きなので。
「デリバリーウィル」では本作主人公の神崎真悟の母・神崎琴美、因果編内でちらりと触れた松川あかりの弟も登場しています。こちらもどうぞご贔屓にしていただければ嬉しいです。そのうち神崎真悟も出そうかなと思っています。
最後になりますが、他の近況ノートでも言及の通り「万世の轍」の遡臓検査は清水玲子さんの漫画「秘密-トップ・シークレット-」のMRI検査のオマージュとなっております。個人的に影響を受けた漫画作品五本の指に入る至高のクライムサスペンスです。
ご興味のある方はぜひ読んでみてください。私の好きなエピソードは可視光線編です。
つらつらと書いていたらずいぶん長くなりました。
次回以降に何を書くかはまだきちんと決めていませんので、これから少し更新の間があきます。ゆっくりプロットを練って、9月中には新しいお話を更新できればと思っております。今後ともどうぞよろしくお願いします。