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期待していなかった分

 
 今日ひさしぶりに、自分のカクヨムのアカウントをチェックしました。正直に言って、期待していた以上に読んでいただいている様で、びっくりです。
 カクヨムに小説を載せることを始めた当初、はじめはほとんど無反応で、一ヵ月ごとに読者が二、三人増えていくイメージを持っていました。しかし初めてすぐに、ぱっと読んでくださる方がたくさんいらっしゃり、フォローしてくださったり、誠実に批評しあったり(ちょっと現実ではあり得ないことです。感謝。)さっそく思い出ができて結構満足な経験が出来ました。ただ、それはビギナーズラックのようなものだと思っていました。ですので、これだけ毎月ごとに読んでくださる方がいるとは思いも寄らず、なんとなく化石のように埋もれていくことを思っていたので、カクヨムのアクティブさと、まだまだ小説を読みたい!という人の存在に、ただただびっくりしつつ、単純にうれしいです。ありがとうございます…なんでしょうが、ちょっとこの言葉では足りていないような気もします。

 それから思いついたことを少し…。
 すでに指摘されている方もおりますが、カクヨムのライティングのシステムというのでしょうか、これは大変優れているが、優れているものがよくそうであるように、本質的に問題を抱えています。それはエピソードごとで区切るという不自由さが、意外なほど書き手に影響を及ぼし、あるいは読み手にも影響を及ぼす、ということです。それからアカウントを持っている方にはおなじみのワークスペースという大変便利な機能があるのですが、ここはwordなどを介さずともここを仕事場にしてさくさくとライティングができ、校正や修正、保存も思いのままという夢のような機能があるのですが、なんというのか、便利すぎるのです。
 ですのでそれぞれのwordなり紙の上である程度仕上げたものをカクヨムにあげていくという単純な作業に落ち着いてゆくのかな、と思います。
 それから上手に区切ったものを載せてゆくとか、あるいは思い切って長いものを載せてゆくとか、そういうスタイルに自然と落ち着いていくのがカクヨムのシステムなのかな、と感じています。そこから新しいものも生まれているとポジティブに捉えつつも、既存の小説の形態や本の形態からの完全な自由はあり得ない以上、システムをシビアに使いこなしていくみたいな態度になり、またまた自由さが得難いというジレンマがあります。この話はこの辺でおしまいにしましょう。

 カクヨムにも自分にも期待しつつ、このサイトを続けていきたいと思います。

 

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