トロツキーがソ連の指導者になっていたら

の話ですが、スターリンと同等の大虐殺は間違いなくあったでしょうし、たぶんそれ以上の壮絶な虐殺、粛清が存在していたと思います。
スターリンは人間的な問題として偏執病なのですが、トロツキーの場合、簡単に言ってしまうとそれがなんというか、完全に思想化されて、イデオロギーとして完了しているわけなんですね。「革命のさなかにおいて、資本家のもたらす革命へのテロは歴史をほんの少し停滞させるだけであるが、革命派による資本家へのテロは歴史を促進される」。この文章は彼の書いたものです。事実、この理論によってウクライナの革命反対派農民は虐殺されました、毒ガスで。悲しきかなそれが革命というもので、思想というものなのです。スターリンの場合「自分が殺されるのではないか」という思いからソビエト連邦の思想をスターリナイズ(鋼鉄化)させて、一国社会主義を生み出しました、そして粛清をやりました。いうなれば、自分を基準に国家を動かしていたのです。そのうえでの、狂気だったのです。
しかしトロツキーは違います。
彼の場合、そういう強迫観念が多分存在しません。本当の意味での「スターリン(鋼鉄の人)」はたぶん彼が正しいです。だからこそ、きっと彼は、「革命的社会主義」を軸に行動を展開するでしょう、世界革命理論など、現実を度外視した策をもって、ソビエト連邦を動かしていくことでしょう。
障害というものが現実には存在しますが、彼は革命家ですので、それを破壊するのに躊躇をしません。その過程で、大量虐殺とも称されかねない事件だって、起こったかもしれないのです。その確率は、歴史的に見てスターリンが粛清を起こすか起こさないか、というものより、きっと大きいものでしょう。彼の場合、妻が死ななければ確率は低かったでしょうし。
とにかく、そういうことです、トロツキーが指導者になっていたら、結構、ソ連の未来は悲惨なものだったかも、わかりません。
それだけです。

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