こんばんは! おもちです。
日頃から箱スノをご覧いただきありがとうございます!
さて、今日は10月31日ということで、ハロウィンのSSを2種類、書いてみました。
本編ではあまり見られない二人の絡みは書いてて楽しかったです。
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【くるみver (碧視点)】
「と、とりっくおあとりーと」
晩ごはんの後。
辿々しい呪文に碧が振り返ると、女警察がいた。
豊かな起伏を浮き彫りにするのは、サックスブルーのシャツ。
きゅっと締まった細い腰から始まる黒のタイトスカートはお尻のラインを描き終えたすぐ下あたりで切れ、日本人離れした真っ白な肌を覗かせている。
西洋人形のように清楚で可憐な目鼻立ちの上には、それと相反するような、力と正義の象徴たる凛々しい警察帽。
一瞬何かとんでもない犯罪をしちゃったかなと思ったが、どうやら違うらしい。
そんな司法の番人たる格好をしたくるみが、ソファに体重をかけるように身を乗り出し、鈍く光るおもちゃの手錠を掲げる。紺のネクタイが主人の動きに取り残されるように、振り子のごとく揺れ、甘い香りと共に、碧の手の甲をくすぐった。
平和を守るはずの警察に、碧の秩序はめちゃくちゃに踏み荒らされた。
「碧くん?」
「……」
「だ、だってハロウィンでしょ? ……黙ってどうしたの? 何か言ってよ」
「…………」
ついまじまじ見つめていると、だんだんと羞恥を覚え始めたらしいくるみが、涙目になりながらミニスカートの裾をくいっと両手で押し下げた。
堂々するより、そうやって気にされる方が却ってこっちも目のやり場に困るからやめてほしい。
「は、はしたない子だと思った……?」
「いやそんなことは思ってないけどさ。可愛いけどそれ以上に色香があるというか……ってへんなこと言わせないでよ。僕がやばいやつじゃないみたいじゃないですか」
「だってハロウィンってこういう格好するものだってクラスの女の子が。でも碧くんの前ならその……平気というかがんばれるというか……そう、平気だからいいの。うん」
頬を染めたまま、強がりだと明確に分かる早口を捲し立て、スカートの裾を抑えながら上目遣いで見上げてくる。
これがまた鉄球でがつんと殴られた並みの破壊力を有しており、碧は絶句する他ない。
恥ずかしいのに何でそんな格好したんだ、と思ったが、おおかた誰かから要らんことを吹き込まれ、よく分からないままAmazonで注文したせいなんだと予想する。
くるみは自棄になったように帽子を脱ぐと、碧の二の腕にぽすぽすと額を何度もぶつけてきた。
「ほら、早くお菓子をくれないと悪戯とか逮捕とか……するからね?」
「はいはい。確かここに……」
催促されるがまま、ポケットに忍ばせておいた苺みるく飴を取り出そうと手を伸ばしかけ——止める。
「ねえくるみさん」
「はい」
「僕ってやっぱ、たまに日本語下手くそじゃないですか」
「え? まあ……そうかも?」
「だからもしかしたら僕の捉え方が、間違っている可能性もあるんだけれど」
こてんと首を傾げるくるみに、碧はストレートに尋ねた。
「つまりそれってさ、お菓子あげなかったら悪戯してくれるってこと?」
ぴしゃんと、一瞬の沈黙。
その後、そんな解釈は思いもよらなかった、といった風情でくるみは問いを問いで返す。
「悪戯、してほしいの? どうして?」
「くるみさんがどんな悪戯考えるのか知りたいから、してほしいな」
言い終えた後で、やばいちょっと調子に乗りすぎたかな、と思ったが、くるみは律儀にもむむっと腕を組んで考え込んでくれた。
やがて何か思いついたらしく、きりっとした表情で人差し指を立てる。
「えっと……食べ切れないくらいに鍋いっぱいのビーフシチューを煮込んで、三日三晩同じメニューにしちゃう。どう?」
「うん。幸せだね」
「碧くんの好きなお菓子をたくさん焼いておいて、びっくりさせる。どう?」
「……うん。美味しいね」
「突然お花を買ってきて、一輪挿しがなくて困っちゃう碧くんを眺めるとか……?」
「……ごめんなさい。僕が悪かったです。逮捕してください」
普段から振る舞いが優等生なせいだろう。悪事など考えることすら出来ないくるみの根の甘さというか、子供じみた提案しか出てこないのを聞くにつれ、碧は居た堪れなくなり——気づけば自首をしていた。
「な、なんで碧くんが」
「ちょっと調子乗ったなって思って……」
少しでも邪念を持った自分が恥ずかしい。
「ほら、お菓子あげるから」
せめてこれで反省しようと思いポケットから飴を取り出すと、くるみが袖をちょんっと指先でひっぱり、動きを止めさせてくる。
「よく分からないけど、それなら警察らしく刑罰を与えればいいってこと?」
「え……?」
何をするつもりなのか訊ねる時間も与えられないまま、碧の掌に包まれていたキャンディが、さっと奪われた。
それからかさこそと包み紙をはがすと亜麻色のロングヘアをふありと翻し、とんと一歩近づいたかと思いきや、キラキラと光る飴玉がくるみの手によって——碧の口に押し当てられる。
そのまま為す術もなくというか、くるみの予測していなかった行動により茫然自失と口が開いたせいか。キャンディは呆気なく進入し、最後の親指による一押しによって、舌の上にころんと転がり込んできた。
じゅわりと体温で解ける、苺みるく味。
「ふふ……びっくりしてる。悪戯成功」
物言わぬ彫像になっている碧を見て、くすくすと可笑しそうに喉を鳴らすと、くるみは満足げに離れていく。
最後、くるみの親指が一瞬、舌の先に掠めたような感覚がしたのは……忘れた方がよくても、当分忘れることはできなそうだった。
その後ろ姿を見送り、甘ったるい飴を左右に転がしながら、碧はぼそっと呟く。
「……罰じゃないじゃん」
久しぶりの苺みるく飴は、碧の記憶にあるものより、ずっとずっと甘かった。
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【碧ver (くるみ視点)】
「Trick or treat」
日本でハロウィンを楽しむには流暢すぎる英語が、どこからか飛び出した。
ソファでのんびり秋の読書を楽しんでいたくるみは、この時期特有の挨拶に、今日が十月三十一日であることを改めて思い出す。何日か前、親友のつばめがハロウィン限定色のリップをゲットしたと喜んでいたあたりから、ぼんやりと今日を意識していたのだ。
もちろん、お菓子も用意してある。
お菓子を貰って喜ぶ碧の表情を思い浮かべてくすりと相好を崩し、文庫本に栞を挟んで閉じ、すっくと立ち上がった。
「もう、碧くんのくいしんぼさん。そう言われると思って、いちおう甘栗のフィナンシェくらいなら焼いてきているけれど——」
返事するすがら振り向き、そして、
「……ひゃああ!!」
後ろに立っていた何者かを視界に収めた途端、悲鳴を上げたを最後に、全身の力が抜けた。
ふらりと倒れ込もうとするところ——咄嗟に何者かが、しなだれかかるくるみの体を両腕で支える。
「ご、ごめん。そんなに驚くと思わなくて」
切羽詰まったような、何度となく聞きなれた声。
自分を支える腕の、思いの外しっかりした力具合も、以前味わったことがあるもの。
「あ……碧くん?」
「他に誰もいないでしょ」
おっかなびっくりに目を開けると、驚きの涙が滲んだ向こうにぼんやりと、どこか高貴さのある漢服や中国帽を映した。そして涼しげな目許を隠すように、勅令の文字が記されたお札。
もう怖いものが苦手なのをごまかす余裕すらなく、ぎゅっと涙ぐんだ目を瞑ると、ぽふぽふと髪を撫でられると同時に、苦笑混じりの声が降ってくる。
ようやく強張りから解れてきた目蓋を持ち上げるように視界が開けると、そこにいたのは少し申し訳なさそうにこちらを見てくる、いつもと違う格好をしただけの、いつもの碧だった。
「そんなに怖がらなくてもいいのに。ただの仮装なんだから」
「だって本当におばけかと思ったんだもの……」
「日本にキョンシーが出てたまるか。本当は『テリファー』あたりの仮装でもしたかったけど、湊斗にそれだけはやめとけって止められてさ。やんなくてよかったなあ」
「よく分からないけどそれ、ぜったいに聞かない方がいいものな気がする」
タイトルは知らないが文脈からしてホラー映画だというのは何となく読み取れる。
なるべく想像をしないようにお花とか猫とか可愛いもののことを考えて凌いでいると、帽子の影の下で碧がにやにやと笑う。
「ところでくるみさん。お菓子くれないと悪戯しますよ」
「悪戯って……何するの?」
「それ聞かないほうがいいと思うけどな」
何やら含みのある言い方に、またもや空寒い恐怖を覚えた。
多分彼のことだから大した悪戯じゃないんだろうけど、その格好で言われるとどうしても震えがぷるぷると止まらないので、くるみは一刻も早く逃げ出そうと腕の中でじたばたもがく。
「うわっ暴れないでくださいよ」
「お菓子あげる! あげるから怖いことしないで! ……あっ別に怖いのが苦手って訳じゃないからっ。どちらかといえば別に平気寄りというかっ……その、えーと、つまり別にぜんぜん怖くないから!」
「分かった分かった。そうだね、怖くないね」
また向こうの大人の余裕に助けられたというか妙にばかにされた気がするが、なんとか脱出に成功したくるみは、ローテーブルの向こうまでばたばた荒っぽく逃走。
棚の上に用意していたフィナンシェの包みを、まるで山神に生贄を捧げる村長の気持ちでぐいっと押しつける。
「あ、本当に用意してた。にしてもこんな手の混んでそうなものを……」
「だって悪戯されたくないもの。……ばか」
目に焼きついた恐ろしい姿を思うと、直視どころか目を開くこともできず、ぎゅっと瞑ったままぐいぐいと包みを突きつける。
しかしフィナンシェはぶんぶんと空を切るばかりで、なかなか受け取ってもらえない。
不可思議に思い、勇気を片目に集中してそっとちら見すると、そこには丁度お札と帽子を脱ぎ捨てているところの碧がいた。
「それさ、僕一人で貰っても悪いし、一緒に半分こしない?」
「私も……いいの? それに碧くん、折角ハロウィンの格好してたのに……」
「だってくるみさんと目が合わないのが一番つまらないし」
テーブルに肘をつき、子供が拗ねたように帽子をくるくる指で振り回す碧。
そんなこと言う碧を見るのは初めてで、さっきまでの恐怖が嘘のように、ぽかぽかと温かい気持ちになった。理由のわからない嬉しさが込み上げ、思わずくすくすと喉を鳴らす。
「ふふっ……可愛いひと」
「あーほら。また僕のこと子供扱いする」
「碧くんだってでしょ? さ、紅茶のお湯を沸かすから、今のうちに手を洗ってきましょうね。ばっちい手はめっ、ですからね」
「僕はミルクティーがいい。くるみさんが淹れてくれるやつ好きなんだよね」
「もう、仕方のない碧くん」
中国帽を置き去りに、並んでキッチンへ向かう碧とくるみ。
——その後、ふたりでめちゃくちゃフィナンシェ食べた。
(了)