こんにちは、箱庭のスノーホワイトの作者です。
本編を最新話まで読んでいただいているかたはご存知と思いますが、
実は本日9月6日は、ふたりが告白して結ばれた日になります!
せっかくなので記念にショートストーリーを投稿しようと思います。
またTwitterでは記念イラストの投稿もします。
アカウント:@moti_moti_novel
絵は自分の想像だけでいきたいってかたもいると思いますので、
連載中のなろう及びカクヨムに掲載する予定はありません。
以下SSが始まります〜!
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〈 一緒にお料理 〉
秋も深まってきた、とある日曜日。
その日は休日なのもあり、くるみが碧の家に来て、教わりながら一緒にお料理をすることになっていた。
ことの発端は母から『風邪引いたんだけどおかゆも面倒だし毎日ツナ缶だけにしてたら長引いちゃった!』というLINEが届いたこと。そのとんでもない雑な生き方が他人事に思えず、寒気がしたのだ。
それに自分もあやかるばかりでなく、いつか彼女にごはんを出すこともあるだろうし、その時のためにそれなりの事は出来るようになりたいと思ったというのもある。
エプロンを片手にキッチンへ行くと、シンクの前には、すでに準備ばっちりなくるみが材料を並べているところだった。
ポニーテールにしているので真っ白なうなじが色っぽく見えていて、どぎまぎしてしまうのを隠すように冗談めかして尋ねる。
「今日のメニューはなんでしょう。先生」
「うん。今晩はモロヘイヤのスープと春巻きとキッシュ、メインはいい真鯛が買えたから海老と帆立も乗せてパエリアです」
「わぁ豪華。今日は和じゃなくて多国籍なんだ。珍しいね」
碧もいろんな国の料理は好き、というかくるみの料理ならなんだって好きなのだが、ここで問題が一つ。
「……けど僕も考えなしに『教えて』なんて言っちゃったけどさ、そんなレベル高いのについていけるかな……?」
手伝いをとおして野菜炒めや味噌汁くらいなら出来るようになったものの、正直そんな難しそうなものを覚えられる自信はない。
そして彼女様からの返事もない。
見ると、くるみはなぜかばつが悪そうに横髪をゆびで弄んでいた。
「だ、だって慣れててすぐ出来ちゃうのより……少しくらい手間がかかる料理のほうが、碧くんとの時間が長くなると思って。だめ?」
——僕はそういうの反則だと思う。
早鐘を打つ鼓動をごまかすようにその後はりきってエプロンをきつめに締めたのは、言うまでもないことかもしれない。
*
「レシピは考えてメモ帳に書いてきたから、これを見てね。私も洋風以外の外国の料理は慣れないから、お口に合うかどうかは分からないけど……」
「くるみが監修するなら味に心配はないよ。でも難しくないかは心配だなぁ。僕が失敗しても笑ってくれるならいいけどさ」
「ふふっ。大丈夫。私がしっかり見てるし味見と調整もするから。碧くんも、私の舌への信頼はあるでしょう?」
「もちろん抜群に」
ふたりで仲睦まじく、料理は始まった。
指揮を執るのはもちろんくるみだ。
「じゃあ早速はじめましょう。腕まくりはおっけーですか?」
「ばっちりです。くるみ先生」
「よろしい。じゃあ危ない揚げ物は私がするとして、碧くんはスープをお任せしていい? これならお鍋をひっくり返さない限り失敗はないからね」
「はい」
……自分の舌への信頼はあっても、碧の料理の腕にはないらしかった。
「今日はびしびし厳しい鬼教官でいきますから覚悟すること。……そうそう、包丁はそうやって持って……うん。上手。偉いえらい」
「ぜんぜん厳しくないしむしろいつもの子供扱い出てない?」
「お料理歴十年先輩の余裕ってやつです」
ふふん、と鼻を鳴らす仕草さえ可愛らしく様になるのだから、くるみはずるい。
その手腕を盗み見ようと、包丁を動かす手を止めて余所見をすると、彼女はパエリアの魚介にせっせと下味の塩を振っている。
彼女の優しく繊細な味つけは出会った時から碧の好みど真ん中に命中しているのだが、そこからさらにこの半年で、より碧の舌にあうように味の僅かな調整がされていたのを知っている。
本人は何も言おうとしないから碧も気づいていない振りをしていたけど、碧がとくに喜んだメニューについては、その品名とその日の調理法を毎回こっそりメモしていたから。
尽くすタイプなんだよな、としみじみ思っていると、大人になったくるみの姿がぼんやりと想像できた。
きっと子供に対してもそれは同じで、少し厳しくもすごく優しくって——
「なんかさ」
碧は何の気なしに言った。
「くるみって子煩悩になりそうだよね」
「えっ?」
隣からひっくり返った声が聞こえた。
「……きゅ、急にどうしたの?」
ふとした呟きに、フライパンの様子を見つつ同時進行で春巻きを揚げているくるみは、照れと困惑を半分ずっこで返す。
「ほら、僕のこともよくお世話してくれるでしょ? 家事万能なのもあるけど、何より優しいんだよね。よく人を見てるし、悪いとこ駄目なとこは一緒に直そうとしてくれるし。すごく甘やかしてくれるけど本当の意味では甘やかさないで、ひとりで立てるようにしてくれるっていうか」
「…………それは。その、どういう。誰の」
「違う?」
何やら狼狽気味なくるみに尋ねると、くるみはむっと頬をふくらませて、さっと視線を背ける。
「確かに碧くんのこと私はよく子供扱いするけど……それはあなたが目を離せないって意味であって、べ……別に私がしたかっただけだからというか、私の都合っていうか」
揚がり具合を確認するようにつんつんと春巻きをつつくが、瞳は上の空だ。
「碧くんが出来ないことを出来るようになって格好よくなるのも私が嬉しいからだし、そうじゃなかったらただ甘やかすだけにしてたわ。——そう、してたの!」
つんつんつん。
「だから、その……碧くんがそんな……ほのめかす、ようなこと言って私の意表を突こうっていったって、私はちょっとしか動揺しないっていうか……」
「え? あ……」
ここで碧も自分の発言に危うさに気づいたが、くるみの暴走は止まらない。
「えっと、つまりそういう事だから、そういう事っていうか…………あ、ああっ!!」
瞬間、くるみが慌てて菜箸を引き上げる。
——出てきた春巻きがすっかり焦げかけだった理由を点検してみたけれど、僕がはしゃいでいたから以外の原因は見つからなかった。
「ど、どうしましょう……ちょっぴり焦げちゃった……」
「ご、ごめん。僕が余計なこと言ったから」
まるでお買い物でお母さんの財布を落としたおつかい少女みたいに唖然と春巻きを見つめるくるみ。しかしそれ以上に驚いているのは碧だ。くるみが何かを失敗しているところを。少なくとも碧は初めて見た。
——まぁ全て僕の余計な発言のせいなんだけど。
くるみはちょっぴり涙目になっていた。
「す、すぐ代わりに何かつくるから——」
「待って!」
手で制して、熱々のそれをひとつかじる。
少しの失敗くらいじゃ彼女のがんばりは損なわれないだろう。
実際ちょっと色黒な春巻きは、それでも意味が分からないくらいに美味しかった。
「ほら。おいしいよ。くるみの料理ならどんなだって」
意表を突かれたように立ち尽くしていたくるみは、
「…………ばか」
はにかんだような、居た堪れないような、嬉しいような恥ずかしいような……そんな表情を一緒くたに混ぜ合わせ、その行き場のない気持ちをぶつけるように、ぽすりと拳をこちらの肩にぶつけてくる。
大人びてるわりに子供っぽいところも多い彼女の拙い感情表現に碧も目許を綻ばせつつ、将来の話はまだまだ先だな、と春巻きをもうひとくちかじった。