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読んだ

書けない、書けない、書けない! と悶絶の果に土砂降りのなか三時間くらい彷徨ったりアボカドを植え替えてみたり本を読むなどしていました。そうです。聞こえてきますね、あの声が。
――古典、読もうぜぇ!
ということで、ギュスターヴ・フローベール[作]芳川泰久[訳]『ボヴァリー夫人』を読みました。
面白かったー、のでネタバレ注意ー。

さて本作は1857年に出版され不倫はダメですと裁判に発展、結果バズりにバズった写実主義の開祖ギュスターヴ・フローベールによる究極不倫小説です。
サマセット・モームが世界の十大小説の一本に数えただけあり、あらゆる文学者が褒めちぎり批判し分析し考察しなんとそろそろ150年も経つのにまだ新しい評論がでてくる化け物文学でもあります。
ただし今回、私が読んだのは新潮文庫から2015年に出た新訳版。
なにが違うか、というのは後に触れるとしてあらすじにいきましょう。

物語は田舎生まれのシャルルくんが冴えない田舎医者へと育ちてド田舎で超絶究極大美人エンマさんと出会うところからはじまります。
そのときすでにシャルルくんには時代的な常識もあって大年増な妻がいまして、めっちゃくちゃ可愛いし向こうもこっちのこと好きっぽいけど嫁さんがいるしなあとなっていたところ、嫁さんが身分やら財産やらを偽って結婚していたことが発覚、心労が祟ったのか死んでしまいます。何とびっくり!
ネタバレですって? 大丈夫です。本文600ページ強うち30ページちょいしか経ってません。序盤も序盤。
シャルルくんは内気なのでエンマに求婚するぞと決めてから50ページくらいモジモジし倒したのち、ついに自分から言い出せずにエンマさんのお父ちゃんに代弁してもらってOKをもらいます。
さあ、地獄の始まりです。

……エンマの。

というのも、このエンマさんは花嫁修業の際に修道院に通われておりまして、女の園で煮詰まりすぎて煮凝り通り越して苔むした石と成り果てたロマンス文学に魂をもってかれているのでした。
そう、つまり。最初はいい人だと思って結婚したんですけど、何この男、超絶クッソつまらなすぎて愛されてるけどそれすらうぜえ! ってなるんです。酷すぎだろエンマ。
なんか正直、あれこんな話だっけ? ってなりましたが、最後に読んだのは子供の頃で訳も違ったので仕方ありません。

それからエンマはネタバレだけど大古典だから良いよねってことでちょっとだけバレると地獄の新婚生活に神経をやられてお引越しするのですが、そこで趣味がばっちり合う初心イ少年……青年かな? を見つけて内心ヨダレを垂らすのです。

そこからもう、もうずっとエンマのターン!
めくるめく官能の世界が広がっていきます!

とはいえ、小説的かつ心理的な官能の世界なので、直接的な描写はないエロさに満たされており、いわばこう、直接的で創造的で神秘的とでもいうようなロマン主義エロスではなく、超いいところから唐突に精密で美しい情景描写を始めるなどして匂わせてくる写実主義エロスなので、直接描写苦手な人でも全然平気です。

長くなりましたが文体。
文体は三人称一元というか、視点人物から写実するタイプ。タイプっつーかフローベールが開祖です。頭を垂れろ。
そも今では私も使う自由間接話法だってフローベール師父が四年を費やして練り上げた写実主義文体究極奥義なのです。
もちろん正確なところは仏文学者様の知見に任せますが、師父は間違いなく最高峰の使い手だと思いました。
情景描写の積み重ねについてはもう、息の長い文章もあって、よくもまあこんな細かく書けるなと戦慄します。もの凄い。究極文体芸ですね。時代が時代だけに土地の風俗を余す所なく伝える役目もあるのでしょう。

さて、お気に入りポインツ1!
エンマ嬢のどうしようもなさと、シチュエーションロマンス。エンマさんはずっと夢みたいな恋に恋い焦がれてる超絶ビューリィ人妻で平凡な人生に極限まで絶望しているので、それっぽいシチュに入ると脳内お姫様モードで限界越えて突っ走るのです。好き。

お気に入りポインツ2!
本作、というか私の読んだ新訳は元の文章に忠実かつ自由間接話法を可能な限り再現しているそうなのですが、この解説がよいです。
つまりフローベールではなく、訳者の芳川泰久による文体の解説ですね。自由間接話法の説明に関しては正直いままで読んだすべての解説書よりわかりやすかったです。
自由間接話法の効果とやり方と実践例に関してはこの解説を読んでって言いたいくらいです。なるほどそうだったのか!

お気に入りポインツ3!
情景描写が凄すぎて凄いです。まあ仏文ってだいたいそうというのはあるんですけど、情景描写がエロいんです。エロに直結する語彙は何一つ使われていないし比喩もでてこないんですけど、並べられている言葉と読んだ時の感覚的リズムがエロいんです。私の感覚なので、共感できるかは謎です。
どんな感じかというと、大江健三郎『死者の奢り』の情景描写ってエロいよねって感じです。それに近い。分からなくてもよいです。

お気に入りポインツ4!
行きつけの薬剤師の店で丁稚奉公してるジュスタン少年。エンマさんが不倫したりロマンに突っ込んでいくにあたり色々買い集めるんですが、家に来るたびにエンマ嬢が髪を解いてるところだったりうなじだったり下着だっったりを見てハワワるんです。
最後の最後にはその淡すぎ恋心で最悪な事態に至るんですが、そのことにも心を大いに痛めたりとかこっちをメインにしたおねショタものを書くんだフローベールってなります。
一世紀以上も前に亡くなっているのが実に惜しいところ。


気になるポインツ1!
破滅する女プロットがあまりにも王道。というか、不倫破滅ものって結局ボヴァリー夫人のパクリやないかいレベルで完成されてて気になってるのはどこなのか分からなくなりました。

気になるポインツ2!
シャルル可哀想! 最後の最後でNTR知って完全に脳破壊されてるし借金地獄だしそれでもまだ愛してるしそのまま死ぬし! あ、ネタバレ!

気になるポインツ3!
現代的な感覚でいえば、もうちょっとこう、ここそんな書く必要ある? みたいな印象を受けるのはエンタメ脳だからでしょうか。


まとめ……小説のネタに使ったりしたのでせっかくだから読み直したんですが、すごく面白かったです!
一語一語ちゃんと拾いながら読むと六時間くらいですかね?
なにしろえげつない単語量でみっちり詰まっているので呼吸が合わないとしんどいかもしれません。私はだいぶ合ったので楽しく読めました。
エンマ嬢どれくらいの美人なのでしょうか。気になります。
古典の名作というと警戒されがちなんですが、ロマンス小説の筋として必要なドキドキはすべて詰まっているので心配いりません。
というか、こう、1850年代に現代の不倫エンタメが急に出てきたみたいな勢いかも知れません。そらお前、お前、売れるがな……! みたいな?
自由間接話法の扱いについて悩んでいる方にもおすすめですよ。


明日のラッキー思いつき嘘知識
『バレーボールの語源はアメリカ合衆国デスバレーで行われていた決闘球技デスミントンである。普及に際してデスミントンの呼称を改めることになり、バレーとボレーをかけ、かつ球技の象徴ボールをつけて、現在のバレーボールとなった』

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