通常の転生ファンタジーでは、主人公が赤ん坊や幼児の時点で前世の記憶をはっきりと保持し、「自我も意識も前世のまま」という描写が主流です。そこには、「大人の思考を持ちつつ子どもの身体で生活する」という面白さや、前世と今生のギャップによるドラマが生まれます。
ただ、私はあえてそれを外しました。
理由としては、「前世の意識がずっと主導してしまうと、今生での純粋な感情の揺れが描きにくい」からです。
■ ミツルという人物の歩み
0~9歳頃
人里離れた場所で両親と三人だけで暮らす、好奇心旺盛で純粋な子ども。周囲に同年代の子がいないため、人との関わり方もわからない。けれど森や動物、自然に対しては強い興味を持っていた。
9歳~10歳
突然、母親が行方不明になる。周囲の大人もおらず、母の不在という現実に戸惑い、寂しさと不安を胸に抱える。
11歳
追い打ちをかけるように、目の前で父親が魔獣に殺されてしまう。これが決定的なトラウマとなり、幼い心が完全に限界を超えてしまった。自我崩壊が起こり、絶望と悲しみの渦に飲み込まれる。
この「父の死を目撃した」瞬間が大きな転機となり――
■ 前世の美鶴(みつる)の覚醒
父親の死が呼び水となって、今生のミツルの心が崩壊した瞬間、眠っていた「前世・美鶴」の記憶と意識が目覚める。
突如として覚醒した前世の自分=美鶴は、すぐさま今生のミツルが抱える“激しい感情”に直面します。押し寄せる悲しみと怒りのエネルギーが、強力な精霊魔術である「黒鶴」を発動させてしまい――。
結果的に、崩壊した今生のミツルの“表層意識”は閉じこもり、主導権が前世の美鶴に移行していったのです。
以後、物語の冒頭では「大人びた語り口(=前世を引き継いだ美鶴の思考)」が前面に出ており、大人のハンターたちと対等に渡り合うミツルが描かれる流れになっています。
■ 二重性(ダブル・パーソナリティ)の始まり
前世の意識“美鶴”が、傷ついた“今生のミツル”を守るかのように行動する。
しかし、ヴィルと出会い、手合わせで父の姿を思い出したりすることで、封じ込められた「元のミツルの感情」が再び呼び覚まされる。
大泣きしたシーンですね。あれはミツルなんです。
こうして、前世・美鶴の冷静さと、今生・ミツルの純粋な感情が混在する、複雑な心の動きを抱えた主人公像が生まれた。
いわば、一度自我が崩壊したことで前世を思い出す“覚醒”が起こり、それがきっかけで今生の子どもとしての感情が揺り返しのように戻ってくる構造です。この二重性が、後々のドラマや葛藤を生む要因となっていきます。
■ まとめ
最初から前世の意識を持たせない
→ 幼少期ならではの感情や視点をしっかり描くため。
きっかけ(父の死)によって自我崩壊
→ ショックで内面が耐えきれず、封印されていた前世の記憶が発現。
美鶴が主導し、今生のミツルは心に籠もる
→ 冒頭での“大人びた主人公”の振る舞い。
ヴィルとの出会いを契機に、ミツルの感情が再燃
→ 二重性が鮮明になり、物語の新たな葛藤が生まれる。
こうした流れを通じて、「二重の存在」を抱える主人公のドラマを丁寧に描きたかったのが意図というわけです。
最初からどこか冷静だったミツルが、父の面影やヴィルとの関係性を通して“子どもの感情”を取り戻していく――その過程こそが本編序盤の大きなテーマになります。
結論として、「物語序盤は冷静な大人の人格優位、しかし中盤以降に子どもらしい感情が再燃する」というプランが生まれたのは、前世の記憶を意図的に遅らせたからこそ実現できた構造でした。
そうした狙いを踏まえて読んでもらうことで、主人公ミツルの内面――“美鶴”と“ミツル”の二重性――がよりわかりやすく、かつドラマティックに伝わるのではないかと思います。
前世の美鶴と今生のミツル――それぞれの人格が衝突し、折り合いをつけながら統合へと向かうことで、主人公は精神的にも肉体的にも大きく成長していきます。
もともと純粋な“ミツル”の感受性に、“美鶴”の冷静さと豊富な知識が加わり、そこに彼女自身の生きる意志がさらに深まっていく。この過程こそが、少女から自立した女性へと“孵化”していく物語の核となるわけです。
そして彼女の変化をずっと見守ってきたヴィルの視線も、子ども扱いしていたはずが、いつしか「一人の女性」としてのまなざしへと変わっていく。いわば第五章は、その“孵化”の瞬間を描き出す重要なターニングポイントになるのです。
二重の人格がひとつに融け合う
→ 「両者の長所を融合した、芯の強い女性」へと変化。
“孵化”という象徴
→ それまで抱えていた葛藤を破り、世界へ羽ばたく準備を整える。
ヴィルのまなざしの変化
→ 以前は幼い相棒として見ていた存在が、今や自立した女性に。関係のあり方が少しずつ移り変わる。
このように第五章では、主人公の内面・外面ともに大きく飛躍し、物語を次のステージへ押し上げる「新たな幕開け」が提示されることになるわけです。
が、誰もそんなことは求めないし、よほどの才能がある人でないと伝えられない。