• 異世界ファンタジー

ミツルがかなり変化しているのがわかると思います。

風にほどける想い
黒髪のグロンダイル/ひさちぃ - カクヨム https://kakuyomu.jp/works/16818093082606061523/episodes/16818093090379843881

 対話を打ち切って立ち上がる場面。その際、彼女は自分のドレスについた埃を払うという日常的な仕草を見せ、続いてヴィルが背伸びをしながらゆったりと立ち上がる姿。

 ここで「その背中はいつ見ても大きくて温かみのある、でも頼りたいのに頼りたくない壁のようなものだった」とあるように、ヴィルは頼りがいがあり、そばにいると安心できそうな存在に描かれているものの、主人公にとっては素直に寄りかかれない、微妙な心理的距離が感じられる存在です。

 しかし、その後に「けれど、その『壁』は単なる私の思い込みだったのかもしれない」と続きます。つまり主人公は、ヴィルの大きな背中を「頼りたいのに頼れない壁」と感じていたが、それは自分自身の心が生み出した一方的なイメージに過ぎず、実はもっと素直に関わり合える関係性なのかもしれない、と気づきかけているのです。

 ここまでの経緯や心情を整理すると、茉凛がとっている行動や発言には、以下のような背景や意味合いが含まれています。

 まず、前世において、美鶴と茉凛は「好き」と誓い合うほど親密な関係でした。しかしその「好き」は、一般的な恋愛関係や性的嗜好といった次元に縛られない、魂の深い部分で結ばれたような特異な絆であり、必ずしも肉体的結びつきを求めるものではありませんでした。そうした関係は「恋愛」と呼ぶには曖昧なもので、互いへの依存や共鳴、共生に近いともいえます。

 ところが、転生後の今、美鶴だった存在はミツルとして新たな肉体と人生を得て、生前とは違う視点や感情を持ち始めています。それは12歳のミツルの意識や感情の影響です。

 かつての「美鶴」とはもう完全に同一ではないため、前世における茉凛との関係も、そのまま維持されているわけではありません。茉凛はやや「面倒見のいいお姉さん」のようになっているのはそれです。

 ミツルは「母さまのようになりたい」「お母さんになりたい」といった、新たな人生観・価値観・目標を持ち始めている。これは前世の美鶴にはなかった方向性であり、ミツルとしての肉体や感情が彼女の意識と感情を少しずつ変えていることを示しています。

 茉凛は、そんな変化を理解し、受け入れています。前世で得られなかった「幸せ」を、今世ではミツルに手にしてほしい。その幸せの形が、母親になること、家族を得ること、またはヴィルや他の人物との穏やかな関係を築くこと――

 それに限らずとも、どんな形であっても、茉凛はミツルが本当の意味で自立し、自分自身の幸せを見出してほしいと願っています。

 しかし、茉凛自身はあくまでコピーされた存在であり、身体を持たず、いつかは置き去りにされ、消えるかもしれない不安を抱えています。

 そのため、口では軽口を叩きながらも、心の奥底では苦悩しているのです。大切な相手であるミツルが、自分に依存し続けるのではなく、新しい感情や人生観を受け止めて前へ進むよう、あえて後押ししている。

 自分が消えるかもしれないことを知りながら、茉凛はミツルの未来を優先し、自分がいない世界でも彼女が幸福であることを望んでいるのです。

 つまり、茉凛は軽やかな態度でからかいつつも、実は複雑で切ない思いを抱きながら、ミツルを新たな幸福と自立へ導こうとしていると言えます。

 前世の美鶴は、そもそも「死んで、弟である弓鶴という男の子の中にいた」という特異な状況下で生きていました。

 そのため、社会的・身体的な制約や自我の混乱があったと考えられます。肉体的な性別が変わり、自分自身の意識が異性の身体にあることに対する戸惑いは並大抵のことではなかったでしょう。

 そうした中で、いわゆる「恋愛」や「性愛」といった感情を、素直に受け止めたり、表現したりする余裕はほとんどなかったと思われます。

 美鶴は弓鶴の身体で生活しながら、精神的なパートナーとしての茉凛に深く依存し、憧れ、そして「好き」と感じていた。しかし、その「好き」は、ただ単純なロマンティックラブとは限りません。むしろ、彼女にとって茉凛は心の拠り所、支え、そして憧憬の対象だったのです。

 精神的に不安定で複雑な状況にあった美鶴は、茉凛の優しさや頼もしさに救われていた反面、自分が抱く感情を明確な恋愛感情として認めることを避けていた可能性があります。

 これは、心理的なセルフディフェンス(自己防衛)とも言えます。もし美鶴がその気持ちを「恋愛」として明確に認識すれば、性別や身体状況の問題によってさらに深い苦しみや葛藤を生むことになったでしょう。

 結果的に、彼女は自分の茉凛への好意を「恋愛」や「性愛」というカテゴリーにはめ込まず、曖昧なままで保ち続けることで安定を保っていたのかもしれません。

 つまり、前世における美鶴の「好き」は、純粋な憧れや依存、感謝、そして一種の精神的愛着が入り混じったものであり、必ずしも性愛的な欲求に結びつくわけではなかった。

 その状況ゆえに、彼女はあえて意識してしまうことを避け、感情をあいまいな状態にとどめていたと考えられます。

 この関係性は、一般的にイメージされる「百合」的な恋愛や身体的な親密さとは違います。

 ここで描かれている「好き」は、性別や肉体的接触といった現実的条件に縛られず、精神的・魂的な次元で交わされる深い共感と絆に根ざしています。

 いわゆる恋愛小説で描かれがちな性愛的欲求や独占欲ではなく、「この相手となら、共に生きていきたい」「相手の幸せを心から願う」といった、純粋で無償の情愛に近いもの。

 さらに、前世・現世をまたいだ特殊な境遇や、身体を持たない存在である茉凛との関わりから浮かび上がる「好き」は、ジェンダーや性的指向といった枠組みを超越した関係を示唆します。

 これらの要素により、この「好き」は、一般的な恋愛感情とは異なる、魂の深い部分で響き合う特別な結びつきとなっているのです。

 つまり、身体的な接触や性的嗜好を前提としない、精神的な次元で成立する特異で崇高な友情と愛情の融合かもしれません。

 この関係性は、外見や行動様式からくる強烈なコントラストによって成り立っています。

 茉凛は、背が高くてスラリとした体躯を持ち、どこかファッションモデルのような雰囲気を漂わせ、男の子に媚びることなく堂々と渡り合う、自立した人物像を体現しています。

 人の視線や評価など気に留めず、常に自分らしくあるかのような態度は、内面の弱さや不安が透けて見えない、ある種の「強さ」を感じさせます。

 対照的に、美鶴は以前、背も低く自信が持てず、萎縮しがちな存在でした。自分にはない魅力を多く備えた茉凛は、そんな美鶴にとって「あこがれ」の対象だったわけです。

 さらに、男の子である弓鶴として「守る」と心に誓ったはずなのに、実際には茉凛から守られ頼りにしてしまう状況が生まれたことは、二人の関係をいっそう特異なものにしています。

 つまり、本来「守ってあげるはずの存在」であるはずの美鶴(弓鶴)が、実質的には頼り、憧れ、支えられている逆転構造が二人の関係の鍵になっています。

 茉凛の揺るぎない姿に、美鶴は自分にはない強さや自信を見出し、その結果として自然と信頼や尊敬、さらには「かっこいい」「すごいな」という思いを抱いてしまうわけです。

 こうして、両者の存在は、単純な憧れや保護の関係を超え、相手のあり方が自らの内面に影響を及ぼす不思議な結びつきへと発展しました。

「扉を開けて」という演劇で、弓鶴という男の子が姫巫女メイヴィスを、茉凛が騎士ウォルターを演じたことは、まさに美鶴の心の奥底に眠る願望がそのまま表出した結果だと言えます。

 本来ならば、男性的な立場(弓鶴)として守る側にまわるはずの美鶴が、現実では茉凛に頼り、憧れ、守られてしまう。その裏返しとして、舞台の上では、姫巫女メイヴィスという「守られる側」を弓鶴(=美鶴)が演じ、逆に茉凛が力強く守る騎士ウォルターを演じる。

 この配役は、美鶴が無意識下で「強く、美しく、自信に溢れた存在に守られる自分」を求めていたことを、戯曲の形で具体化したものと考えられます。というと、ステレオタイプの役割分担だと叱られますけど……。

 演劇という虚構の世界で、自らが理想とする「強く美しい存在に支えられる」関係性を形にし、あえて性別や立場を反転させることで、美鶴の中にある複雑な願望を浮かび上がらせています。それは、現実ではうまく言葉や行動にできない想いを、物語と役という仮面を借りて表出した、心の奥底の真実だったのです。

 第二章の要点は、まさに「ヒロインと主人公の役割が逆転する」ことにあります。

 本来であれば守る側、引き立てる側であったはずの主人公が、むしろ支えられ、憧れ、頼ってしまう。その一方で、従来ならば守られ、助けを求める立場であったはずの「ヒロイン」と目される存在が、強く、堂々と主導権を握るかのような存在へと転じていくのです。

 後半の戦闘は、ほぼすべて茉凛が主役ですね。

 この逆転構造こそが、第二章で描かれる人間関係の要となっています。登場人物たちは、ただ固定的な役割に甘んじるのではなく、関係性の中で揺らぎ、互いの立ち位置を問い直します。

 第二章最後の場面では、茉凛と弓鶴(=美鶴)の関係性が、いわば究極の理解と受容に辿り着きます。

 茉凛は、弓鶴の身体の中で葛藤しながら自分を見つめていた美鶴の想いに気づく。美鶴が秘めていた憧れ、不安、そして彼女に向けていた「好き」のかたち――それらすべてを茉凛ははっきりと知り、受け入れます。

 「相手が何を見て、何を求めていたのか」を理解することは、相手の人生や心に寄り添うこと。それは、茉凛にとっても自分自身の存在を問い直す行為でした。

 美鶴は茉凛の中に自分にはない強さや美しさを見出していた。それは必ずしも恋愛感情という枠で括れない、もっと曖昧で深い魂の交感。しかし、曖昧であるがゆえに、これほどまでに深い理解を得ることは難しかったのです。

 その全てを知ったとき、茉凛は美鶴の想いを軽んじることなく、むしろ尊さを噛みしめるかのように抱きとめる。

 「こんなにも自分を想い求めてくれた人を、もう決して逃がしたくない」と感じた茉凛は、すべてを知るがゆえに相手を守りたい、支えたい、失いたくないという強い衝動を抱えます。

 ここでの「抱きしめる」行為は、単なるスキンシップや愛情表現の一形態ではなく、ふたりが心の奥底で求めあっていた安らぎや理解を、一つの行動として示したものです。

 茉凛は、美鶴が自分の存在に向けてくれたすべての思いを引き受け、さらにそれに応え、永遠に守り続けることを誓うかのような姿勢を明らかにします。

 全ての想いを肯定してくれるその真っ直ぐな姿勢は、美鶴にとって「自分はありのままで受け入れられる」という確信を与えました。

 茉凜の真っ向勝負な態度──自分に何を求めていたのか、何を見ていたのかを、まるごと引き受ける覚悟──は、美鶴が長い間身にまとっていた硬い鎧を緩ませるきっかけとなったのです。

 その結果、美鶴は素直な気持ちで茉凜の存在を受け入れられるようになっていきました。こうして二人は、表面上の役割や強がりを越え、互いを心から理解し、支え合う関係へと進むことができたのです。

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