ヴィルという人物像は、一見するとミツルを守り導く「保護者」のような存在に映りがちですが、実際にはそれ以上に複雑で深い内面が隠れています。彼は地位や責任といった公的な「枷」を持たない流浪の剣士でありながら、自身が背負うべき「信念」をしっかりと携えている。その信念とは、「ミツルを自立した個の存在として尊重し、彼女が選んだ道を歩めるよう支援する」というものです。
ヴィルの態度は受け身には見えません。彼はミツルを支配したり導いたりせず、黙って見守るだけではあるものの、その背後には周到な準備と、先読みする知恵と覚悟がある。ミツルがどのような決断を下し、いかに危険な局面へと飛び込もうと、ヴィルは自分が「尻拭い」をすればいいと心に決めています。ここには、単なる「守ってやる」という保護者的な態度はなく、ミツルが自分で運命を紡ぐことへの肯定が滲み出ています。彼はあえて口を出さず、ミツルの視界を曇らせないように沈黙を貫くことで、ミツル自身が自らの意思で未来を切り拓くことを後押ししているのです。
この「支援」を成り立たせる原動力は、亡き盟友ユベルの存在にあります。ユベルの遺児であるミツルを守ることは、ユベルとの絆を今なお感じ取り、自分の生きる目的へと昇華する行為でもある。ヴィルの「守る」は単なる善行や慈悲心ではなく、ユベルという喪失の記憶と、残されたミツルに託された「継承」「絆の再生」を背負う自発的な選択なのです。この点において、ヴィルの行動は受け身ではなく、能動的で意味深いものとなっています。
また、物語上の象徴的なシーン――「玉座の一件」――が、ヴィルの内面をさらに鮮明にします。玉座は権威と責務を象徴しますが、その前でのヴィルの振る舞いが、彼の本質を鮮明に描き出しました。彼はかつて避けていた「騎士」という身分へと再度踏み込みますが、これは単なる義務感の復活ではありません。ミツルを支えるために厭わぬ選択、それが「騎士」としての自分を再び引き受けることだったのです。騎士道的な矜持すら、彼にとってはミツルの意思を尊重し、彼女が胸を張って歩むための「手段」に過ぎないと言えます。
このように、ヴィルは「沈黙する守護者」であり、同時に「能動的な後方支援者」です。ミツルを決して甘やかさず、しかし可能な限りの準備と覚悟をもって受け止める。「尻拭い」を厭わない姿勢は、ミツルへの揺るぎない信頼と、ユベルへの思いの深さから生まれるものであり、それ自体がヴィルという人物を行動原理の面で強く特徴づけています。ミツルがその献身に気づくまでに時間を要したとしても、それはやむを得ないこと。やり直しがきかない人生の中で、ヴィルは静かに、しかし確固たる意思をもって、ミツルの選んだ道を支える「舞台裏の策士」であり、魂の伴走者なのです。
ヴィルはかつて血気盛んな「力こそすべて」タイプの流浪の剣士でしたが、統率力と人望に溢れた信念の人・ユベルに心酔し、彼の影響を受けて考え方を大きく改めます。
以来、ヴィルは副官として、冷静な観察眼と思いやりをもって部下たちに接し、一人ひとりの様子に目を配る姿勢を貫くようになったのです。
その結果、彼は戦場という苛酷な環境においても、部下の心理的状態や兆候を見逃しません。「死亡フラグ」を立てそうな仲間がいれば、危険を察知し自らの近くに置いて守ろうとするなど、細やかな配慮を見せます。豪快な「オレオレ」気質だったヴィルがこのような慎重な指揮を行えるのは、ユベルへの敬慕とそこから学んだ新たなリーダー観に基づくものでしょう。
もっとも、その内にはかつての激しい気性も潜んでいます。それは穏やかで思慮深い副官としての表情の裏側に封じられ、普段は滅多に表に出ることはありません。
しかし、戦いの刹那、どうしても必要な瞬間が訪れたなら――かつての血気盛んな「本来の姿」を顕わにし、一瞬で状況を断ち切るような行動に出ることもあるのです。→アラクニド戦。
その二面性こそが、彼を只者ならぬ存在として際立たせています。