小さいころから家族ぐるみでお付き合いしている人たちがいます。
その中の一人は気のいい若者に成長していまして、「ハムちゃんハムちゃん」と私を追いかけまわし(背後からタックルかけ、人を踏みしだいて背中に立ち高笑いし)ていたような幼少期からは想像もつかない、がたいのいい海の男になってるわけです。時は偉大なり。
久しぶりに彼に会いました。
うそだろ、いつも私の腰あたりからこっち見上げてニコニコしていたあの男の子が今や見上げるほどのバッキバキの男になっているなんて……(絶句)
「あれーハムちゃんこんなちっさかったっけ?」
「お、おおきくなったね……」
顔立ちだけは昔のままです。びっくりするくらい。
あの人懐こい笑顔も。
さて、両腕開いて立ってみます。
「……」
「……」
「……ハムちゃん」
「なに? こないの?」
「なんで!? 俺もう社会人だし!?」
「え、いつも出会い頭に突撃かまして人を床へ蹴り倒して全力で抱きついてきたじゃん。やらないの? 準備はできてる」
「いや今のトシでやったらハムちゃんが死ぬ!! あと俺も社会的に死ぬ!!!」
残念。
「仕事どう?」
「うん、まあまあかなー。あ、ワイン飲んでもいい?」
「いいよいいよ。私水飲むから注いで」
「はーい。ハムちゃんは? 司書って何やってんの?」
「大体想像通りのことしてる」
「ピッてやつ」
「そうそれ」
「俺さいきん本読むんだよ」
「うっそだぁ」
「いやマジで! 読むから!」
「文字読めたの?」
「ひどい!!!」
―――いや、ほんと。
頭脳関係のスキルすべて犠牲にして身体能力にポイント振ってるような子なのね。
「海の上にいたらどうしてもヒマな時間ができんだよー。そんで読んでるの。したらけっこうおもしろくてさー」
「へえ……文字読めたんだぁ」
「ハムちゃん……」
「どんなの読むの?」
「んっとね! こないだは山田悠介読んでグズグズに泣いた!」
「あっソレ私も読んだ!」
「さっすが! いいじゃろ!? いいよなアレ!? 泣いた!?」
「泣いてない。でもハイハイハイ、君の趣味嗜好がちょっとわかった気がする!」
「あれ!? 思ってた反応と違う!?」
「アレが好きなら乙一のコレも好きだろう。はい、この文庫あげる。薄いから荷物にもならん、読み終わったら捨てていいから今度の航海に持って行きなよ」
「え、泣く系? 泣く系?」
「いや、びっくり系」
「なにそれ!?」
「感動系かと思って油断してたらラスト数ページで信じていた世界すべて裏切られてひっぱたかれる系」
「なんだソレ!?!?!?」
「はっはっは」
その後、海や船の話をたくさん聞かせてもらう。
自分の知らない世界は斯くも面白い。いいなあ、すごいなあ。
わくわく聞いていると、呆れたように笑われる。
「ハムちゃん、こんな話聞いて楽しい?」
「超・楽しい。船酔いの話して」
「さっきもしたじゃん!?」
「慣れないの?」
「ん、3ヵ月も乗ってたら慣れるんじゃね? 俺は慣れる前に降りるから毎回酔う。酔わん奴は平衡感覚ぶっつぶれてるから逆におかしいんだよ。よって毎回酔う俺は正常なんだ。俺が正しい」
「……(負け犬の遠吠えにしか聞こえん)……そっか」
「にしても」と、文庫本を見つめる彼。「ハムちゃんよく、荷物のこととか考えるよなー。正直軽い本は助かるわ。司書ならすげえでかい本とか出されるかと思った」
「いや、本は重いよ。毎日持ってるからイヤってほど知ってる。抱える方の腕だけ筋肉つくしさ。ほら」
「細っこい腕だな~」
「黙れ筋肉ダルマと一緒にするない! で、まあ、私も旅行の時なんかは絶対本なんか持って行かないからね。邪魔だし。重いし。役に立たないし」
「わぁ意外。ハムちゃんがそんなこと言うとか」
「海の上に出るときに本なんてそんなに持っていけない、普通に考えたら分かる」
「まあねー。でも、一応部屋はあるんだよー」
「その話詳しく!」
「えっとねー……待てよその前にハムちゃんの話聞かせろや。俺ばっかしゃべってんじゃん」
「私しゃべることなんかない」
「……」
「……ホントだ聞くことないわ……」
「せやろ」
図書館の仕事ってけっこう想像つくもんな……
~たぶんつづかない~