あまり良いとは言えない思春期を過ぎた辺りの燃えカス。未だ、何もかもをきちんと卒業できなかったような、そういう時期にとあるスーパーで働いていた。
若いレジのアルバイト達の輪にも入れず、かと言って年上のパートのおばちゃん達とも打ち解けず。そういった職場で一時期、とても仲良くしてくれた年上の女性がいた。あけすけで、ざっくばらん、そんな感じの人。
彼女は人妻であったが青果コーナーの若い社員に恋をしており、仕事明け、ドーナツショップやカラオケに誘われては、やれ、可愛いだの、こんな話をしただの、所謂、惚気ばなしを聞かされたものだ。
その頃は、彼女に誘われる以外はほとんど出かけず、本ばかり読んでいた。遅ればせながらの読書。何を読んだらいいか分からず、表紙の雰囲気、タイトル、最初の一行を目安に買っては読み漁った。女性作家のものが多かったと思う。
ある時、家に置いてあった家族所有の本を読んだ。世界初の人工衛星の名を冠した、黄色い背表紙の文庫本。それまでのはっきりとした恋愛ものや、冒険もの、SFと違い、最初掴みどころがなかったが、なかなかに面白かった。その有名作家さんとの初遭遇は好印象だった。
次にその作家さんのベストセラー上下巻を購入し読んだ。舞台設定は幾分前、ちょっとスカした同年代の主人公の一人称は愛称よく読みやすかった。美しい描写、物悲しい空気感。とても夢中になった。
そして、読み終わった時、なぜか猛烈な喪失感のようなものに襲われた。誰かと今すぐ何かを話さないと、体がバラバラになってしまうような。背中から胸にかけて大きな穴が空き、そこから大事なものが流れ出てしまうような。
誰か。でも、誰も思いつかなかった。そこで、その時期仲良くしてくれた件の女性に電話をかけたのだった。よっぽど焦っていたのだろう、携帯電話でなく、家電にかけてしまった事に電話口に出た旦那様の声で気づいた。変に取り繕っては、と思い、同じ職場でお世話になっているものである事、突然電話して申し訳ないと謝罪して彼女に電話を代わってもらった。聞くところによると、今から旦那様のご実家に行く間際だったそう。とてもタイミングが悪かった。きっと帰省の車中、気まずかった事だと思う。たいした話もせず電話を切ったが、人と話して幾らか救われた気がした。
程なく女性はスーパーを辞め、それから一度も会ってない。あの時、衝動的に電話をかけさせた本は、今も毎年数回読む。あの時程の衝動はもう生まないが、それでも読むたび新しい発見、違った視点、美しい描写への感動、そういったものを授けてくれる。
一番好きな本、と言われるとそういうわけではない。たまたま心情的にそういうタイミングだっただけかも知れない。
それでも読み終わったあとで、すぐに誰かと話をしないと自分がなくなってしまうような感覚を呼び起こした本は他になかった。今も。
本のタイトルはノルウェイの森。昨日辺りからSNSなどでボロクソに言われている本だ。
だからどうこう、と言うわけではありません。
ちょっとした思い出ばなし。
ただ、それだけです。
では、また。
ああ、そうだ。そんなぬりやが書きました、ノルウェイの森のパロディ。置いておきます笑
「彼女がそうすると分かっていて」
https://kakuyomu.jp/works/16818093084861083253 連休中のお暇つぶしにでもぜひぜひ。