己(おれ)は詩によって名を成そうと思いながら、
進んで師についたり、求めて詩友と交わって切磋琢磨に務めたりすることをしなかった。
かといって、また、己は俗物の間に伍することも潔しとしなかった。
ともに、わが臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為(せい)である。
己(おのれ)の珠に非ざることを惧(おそ)れるがゆえに、あえて刻苦して磨こうともせず、
また、己の珠なるべきを半ば信ずるがゆえに、碌々として瓦に伍することもできなかった。
(中略)
今思えば、まったく、己は、己の有っていた僅かばかりの才能を空費してしまったわけだ。
人生は何事をも為さぬにはあまりに長いが、何事かを為すにはあまりに短いなどと
口先だけの警句を弄しながら、事実は、才能の不足を暴露するかもしれないとの卑怯な危惧と、
刻苦を厭う怠惰とか己のすべてだったのだ。
(中略)
どうすればいいのだ。
己の空費された過去は? 己は堪らなくなる。
そういうとき、己は、向こうの山の頂の巌に上り、空谷に向かって咆える。
この胸を灼(や)く悲しみを誰かに訴えたいのだ。
『李陵・山月記』「山月記」中島敦’(角川文庫)より引用(P124~126)*****
最近の落ち込みはこんな感じです。
忙しいから書く時間がとれていないのだけど、そういうのも言い訳のような気がして。
とにかく書き続けることしか出来ないのだけど、ときどきずーんと落ち込みます。
取るに足らない感じがして。
わたしの空費された過去は? とか思う。
最近までほとんど後悔のない人生だったけど、ここに来て、いろいろ後悔している。
「いつかやろう」っていう「いつか」は、気持ちを強く持っていないと、
永久にやってこない「いつか」だ。
臆病な自尊心と尊大な羞恥心を自覚して、気持ちを強く持って、頑張りたい。
しまこは、堪らなくなったら、ここで吼えることにします!
にゃっ!!!!!
よし。