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「残業しないで帰るんだ」と言われた話

 どうも、こんにちは名無之です。
 今日はここ最近、解決しているんだけれども、それでも心の中で燻り続けている事案があるので、供養も兼ねて書こうと思います。

 僕の勤め先の顧客によく問題を持ち込む方がいらっしゃいました(過去形ですが今も取引はあります。今年度で終わる予定ですが……)。具体的な内容はプライバシーの都合上、話しませんが、僕の上司が何度も出動するほど、と言えばそのヤバさを実感いただけるのではないでしょうか。

 その顧客は、どうも僕のことを野良猫並みに嫌っているようで、呼び捨てで僕のことを呼ぶ、渡した資料を目の前でクシャクシャにする、エトセトラ、エトセトラ。ハハ、成人男性としては目も当てられない行動を連発されていました。
 まあ、これくらい可愛いもので、その方はのちに勤務先の椅子を破壊して、しまいには「俺は友人に唆されたから悪くない」とかのたまって、より大きな問題へと発展しました。それに比べると、これから紹介する事案は瑣末な出来事かもしれません。ただ、僕の心に楔のようにして引っかかっているので、この場を借りて吐き出したいと思います。

 あれは去年の秋頃だったと思います。僕はいつも通り、仕事を定時に終えて(僕は定時に終える主義なので)帰路につくことにしました。
 その帰り道(と言っても建物の出入り口)でたまたま例の顧客と遭遇したんですね。僕自身、内心(うわっ)と思うだけで、特になにも反応は示さなかったのですが、彼は違ったようで。お連れの方に自分のインテリさをアピールしたかったのでしょうか、僕にこう言ってきました。
「へえ〜、残業しないで帰るんだ」
 正確にそう言ったかは覚えていません。おそらくご本人も忘れてしまっているでしょう(彼にとってはジャブ程度のものですから)。しかし、その言葉を言われた瞬間、僕の心には莫大な「虚数的感情」が流れ込んできました。これはとても不思議な経験でした。実際の感情の揺れ動きとしては些細なものなのです。白波も立ちません。ただ、「目では見えない感情のような『何か』」とでも言うのでしょうか。感情ではないんです。けれども、感情と似たような性質を持っている「何か」。それが僕の心をあっという間に満たしました。
 このことは僕をとても困惑させました。もしかすると、今でも楔のように心に引っかかっているのはこの「虚数的感情」という言葉を吐き出すためだったのかもしれない。これを書きながら、そんな実感を噛み締めていることをここに報告いたします。

 さて、ここからは顧客の方の発言について検討を始めたいと思います。
 そもそも、彼はなぜあのような発言をしたのか。僕のことを毛嫌いしていた、ということから察するに、僕のことをなんとかして煽りたかったのだろうと思います。荒野行動で倒した敵の前で足をカクカクさせるアレと同じことをしたかったのだと思います。
 ただ、残念なことに、発言の内容が煽り未満の愚物でしかないことは、皆さんも善良な知識をお持ちであればお分かりかと思います。彼にとって「残業」は「できる人間」が行う高尚なものと考えているようです。しかし、そもそも労働者は雇用主と契約した時間内で決められた労働を行い、それでも終わらなかった場合、もしくは非常事態が起きた場合に限り、「残業」という形で契約時間以降も勤務を継続します。もしかすると、皆様の職場では多少の齟齬があるかも分かりませんが、少なくとも僕の会社での「残業」とはそういう立ち位置です。決して「できる人間」だから残業しているわけではないのです。
 では、なぜ彼がこのようなことを発言するに至ったか。先述した通り「残業=評価が高い」という歪な考えを持っているからでしょう。そして、おそらく僕はこの発言を聞いた時、そこからさらに一つ奥の次元にまで思考の枝を伸ばしてしまったのだと思います。
 すなわち、彼がなぜ「残業=評価が高い」と錯覚するに至ったか。もしかすると、親からそういう教育を受けてきたのかもしれない。今までいた場所で早く帰るヤツはダメだと吹聴されたのかもしれない。そこまで思考が及んだ時、もはや顧客の存在などすっかり忘れて社会の歪さ……いや、こんな言葉で済ませてはダメだな。社会の捻れ、理想との悲壮的なギャップ……。「保守的な社会に対する絶望感」という言葉を、今ようやく捻り出したところですが、そんな、自分一人では抱えきれないくらいのダークマーターが……。ああ、そうか。これが「虚数的感情」か。



 一つ、ゴールに辿り着いたところで、別次元の結論に僕はまた至っていました。社会人として、またサービスマンとして、今回の顧客のような場合には冷徹に淡々と接客することが一番です。ただ僕の場合、それができなかった。ゆえに、苦悶をここ数ヶ月強いられることになったのですが、今はっきりとしました。
 僕はこの「虚数的感情」をうやむやに放置していたから、彼のことを「人間」として見てしまっていたのです。あの「残業発言」の裏には多くの命があり、そこから僕は彼に「人」を見出してしまっていた。けれども、「虚数的感情」は彼から来たものではなく、一種のマクロ的ニヒリズムから来たもの。彼は関係ありません。あぁよかった。これで、一社会人として彼を処理することができそうです。

 ありがとうございました。



   ***

 今日は少し重い話をしていましたね。まあ基本はノリでテクノミュージックに揺られながら書くので、もしよければ見に来ていただけると嬉しいです。

 それでは!

1件のコメント

  • コメント失礼します。

    お疲れ様でした。

    まあ、昭和世代は(サービス)残業が当たり前でしたから、いまだに引きずっているんだと思います。
    私も昭和世代だから、逆に今時の若い人達がプライベートを大事にしているのが羨ましいですね。
    まあ、ブラック企業などは、いまだにサービス残業は当たり前なんでしょうね。
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