ウルフ先輩が声をひそめた。
俺は何事かと身を乗り出す。
「なあ、デイビス。そのジャガイモをローエングリン侯爵に売らないか?」
「えっ!? ローエングリン侯爵ですか!?」
ローエングリン侯爵は、帝国軍の出世頭、黄金の新星と呼ばれる若き名将だ。
士官学校は俺の三期上だが、卒業後武勲を重ね元帥に叙せられた。
ただ、ローエングリン侯爵の姉君は皇帝の愛人で……。
皇帝陛下のご寵愛を受けた姉君の七光りだと、口さがない連中は噂していた。
「ローエングリン侯爵は、宇宙艦隊司令長官に就任された。侯爵閣下は補給も重視するお方だ。食料は喜んで買ってくれるぞ」
「それはありがたいですが……」
俺は歯切れの悪い返事をした。
ウルフ先輩は、俺をのぞき込む。
「嫌か? ローエングリン侯爵は?」
「いえ。そんなことはありません。ただ、ローエングリン侯爵にコネがないのですよ!」
「なんだ! そんなことか! 実は俺はローエングリン侯爵にお仕えしているのだ」
「そうなんですか!?」
驚いた。
ウルフ先輩がローエングリン侯爵に仕えているとは……。
なるほど、それで准将にスピード出世出来たのか!
帝国で昇進するには、武勲にプラスして後ろ盾が必要になる。
平民出身のウルフ先輩は、後ろ盾にローエングリン侯爵を選んだのだな。
俺はローエングリン侯爵に話題を移す。
「ローエングリン侯爵は、元は下級貴族のご出身ですよね? 下級貴族や平民にもお優しいと聞きますが、どうなのでしょう?」
「その噂通りの方だ。ローエングリン侯爵の周囲は、平民や下級貴族出身の将官が多い」
「ということは……。優秀な人が多いということですね?」
俺の質問に、ウルフ先輩はニヤリと笑ってウェイターにウイスキーを二つ注文した。
ストレート、チェイサーには水。
つまみはバターピーナッツ。
新しく来たウイスキーを一口飲む。
帝国軍では名門貴族出身でないと出世出来ない。主要なポストは名門貴族家で占められてしまう。
平民出身者や下級貴族出身者は、なかなか昇進できない。
その分、平民出身者や下級貴族出身者で昇進している者は、優秀な人物が多い。
「ウルフ先輩も優秀だ。同僚も優秀な方なのでしょう?」
「ローエングリン侯爵は能力主義だ。有能なら出自は問わないお方だ」
「良いですね。まあ、俺みたいな田舎のボンクラはお呼びではないでしょうが」
「さて、どうかな?」
「えっ?」
俺はウルフ先輩の意外な反応に驚く。
「俺の士官学校の成績は平凡そのものですよ。今をときめく、ローエングリン侯爵閣下にお仕えできるような人間じゃありませんよ!」
「そうかな? 士官学校時代に課題を見てやったろう? 艦隊の動かし方は、なかなか個性的で面白かったと記憶しているぞ」
「でも戦略講義の成績はBでしたよ」
「まあ、デイビスは教科書通りではなかったな。だが、実戦はわからない。まあ、とにかくローエングリン侯爵に会ってみろ。紹介してやるから」
まいったな。
ちょっとジャガイモを売るつもりが、スカウトされてしまった。
ウルフ先輩は俺を買いかぶりすぎだ。
しかし、ジャガイモの売り先はないから、ローエングリン侯爵が買ってくれるならありがたい。
「ええと……よろしくお願いします!」
俺はウルフ先輩の申し出を受けることにした。