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自分に何かを求めてくる2つの存在。という話。

ハロリン深川です(´・ω・`)

重苦しい感じが世界を覆っていますが、明日からまた違った空気が動き出しそうです。

内面に向き合う時期はまだしばらく続きますが、明日からは「内面向き合い期間」を経て得た、色んな動きが出始める星回り。

この手の話は今回で一旦おしまいにするか、春分あたりまで書き続けるか…って感じになるかと思います!

それでは本題にいってみよう!


私達は外側からいつも二種類の要求を突きつけられています。

一つは肉体や物質、社会に属する要求です。

美人であれ、イケメンであれ、賢くあれ、優秀であれ、仕事に対して真面目であれ、付き合いやすい性格であれ。

これらは良くも悪くも内面とは関係ない、表現型の要求です。

ある種表面的なこの要求に応えることが出来る人は社会で成功する人になります。

仕事での評価、容姿での評価、学力での評価etc…

それらを受け取ることが出来る人は、その報酬として物質的に恵まれます。


2つ目の要求は、目に見えない霊的な要求です。

その要求はただ一つ善であれ。これに尽きます。

善とは人類に共通する普遍的な善と、個々人によって違う宿命的な善があると、深川は考えています。




ちなみに悪は要求しません。善であるこが馬鹿馬鹿しくなること、悪であるほうが得なことをチラつかせます。

これを誘惑と呼びます。


この辺りの話は神と悪魔の存在が前提になるので、ここではこれ以上深く書くことはしませんが、神と悪魔は確かに実在しており、世界と人の謀(はかりごと)はそれを中心に回っているのは確かです。


詳しく知りたい方は下記のX鍵垢にフォロー申請お願いいたします。

需要があるようであれば、そちらで細切れにはなりますが発信しようと思います。

https://x.com/GumDeepRiver?t=4B3qbs2ULquop56gHDJS8w&s=09


本題に戻ります。


成功を収めるためには何かしらの要求に応える必要があります。

造語で申し訳ありませんが、社会的な要求に応えることで得られるものを成功、善であれという霊的な要求に応えて得られる成功を霊的成功と呼ばせて頂きます。


成功する人達は、表面上は献身的です。
腹で何を考えているか、裏でどんな悪いことをしているかはわかりせん。

しかし社会や人からの要求に応えているのは確かです。

今の生活から抜け出したい!
とにかく成功したい!

そのような苦しみがある場合、自分の中にある何が、社会からの要求に応える妨げになっているかを再確認するとよいです。

不機嫌な顔が原因かもしれません。
怠け癖が原因かもしれません。

なぜ不機嫌なのか?
なぜ怠けてしまうのか?

根底にあるものを探りましょう。


ただし、ここで大切なのは、そのような社会の要求に応えて得られる成功の殆どを、釈迦は「煩悩」と呼んでいることです。

キリストは「世も世にあるものをも愛するな」と言いました。

それらは過ぎ去り、壊れ、失われるものです。


しかし自罰的な人に勘違いして欲しくないことがあります。

貧困、餓え、孤独、は耐え難い苦しみです。

そんな中にいる人が求める温もりを、煩悩とか世を愛していると言っているのでありません。

それは癒やされるべき物で、与えられなければならない物です。



次に進みます。


霊的成功は社会的な成功とは違います。

以前書いた「志」と同じように、他者の評価や優劣によって失われることの無いものです。


人として破るべきではない普遍的な善を行い、

自らに課せられた宿命的な善、志を成すことで得られる霊的な成功は、


仏教では「天に徳を積む」とか聖書では「天国に宝を積む」と呼ばれる部類のものですが、


この世を去らずとも有形無形を問わず得難いモノを得られる奥義です。


春分までのラストスパート!!
頑張りましょう!!
俺も頑張る!!

1件のコメント

  • Xはやっていないのです。(残念……)

    以下、こちらへのコメント失礼します。
    この度は「さよならを覆す最高の方法」にレビュー&お星さまをありがとうございました。(お礼を伝えるが遅くなり、すみません。。)
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