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書籍化のご挨拶に代えて

 これを読む方のほとんどはもうご存じかもしれませんが……
 4月28日(我が札幌市では5月2日)に、私がカクヨムに投稿した『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』の書籍版が発売されます。
 この場を借りて簡単なご挨拶でも――と思ったのですが、生憎こういう畏まった文章を書くのが本当に苦手なのと、小説以外の文章を面白く書く能力が完全に欠如した人間なので、ご挨拶に代えてこの度の書籍化作業のスケジュールでもご紹介しようと思います。

 一冊の本が世に送り出されるまで、どれだけの時間が費やされ、どれだけの人が力を尽くしてくれているのか、その一端をお伝えできればと思います。


1 書籍化の打診と打ち合わせ

 あれは10月中旬頃、カクヨムにユーザー登録して『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』を投稿して2か月ほど経った頃でした(投稿先にカクヨムを推薦してくれた方々にこの場を借りて改めてお礼を)。
 思い返してみると、ちょうど「タイム・アフター・タイム」の投稿を終え、本来カクヨムに登録した目的である新作を投稿する準備を進めていた時期でした。そうそう、それをカクヨムコン8に出すことも検討していましたね。
 詳細は割愛しますが、ある日カクヨムを通してKADOKAWA編集のO氏から書籍化の打診がありました。正に青天の霹靂。私は半信半疑を通り越しもはや「カクヨム 書籍化 なりすまし」のワードでグーグル検索するほどでした(あまつさえそのことをO氏宛てのメールに書いて困惑させたりした)。
 それほど信じられない出来事だったわけですが、こんな僥倖を逃す手はありません。すぐに快諾し、まずは打ち合わせをすることになりました。
 この頃はまだコロナの脅威が色濃かった時期ですから、顔合わせはオンラインでした。簡単な自己紹介やSF談義を交えつつ、作品については主に以下の2点を話し合いました。

①事前にメールで送っておいた現時点で思いつく作品の問題点の箇条書きを元にした、改善ができそうな箇所について

 これら問題点の中には大学の後輩が指摘してくれたものもありました。この場を借りて感謝を。

②書籍版を無料で読めるカクヨム版と差別化するための書き下ろし一話ができないかどうか(作者の要望)

 数年前本作の原型を書き終えたとき、使わずじまいだった構想のメモを引っ張り出してきて、使えそうなものがないか検討しました。
「――ええと、次のアイディアは故郷の貧しい村を救うために毎日図書館まで遠い道のりを歩いて通う少年の話です」
「ああ、それよさそうですね」
「外国が舞台の話だと、連日殺し合う二つの部族の間に奇妙な友情が芽生えるって話も……言ってて気付いたんですけど、これ一つの話に合体できそうですね」
「いいですね! それで語り手をジャーナリストにするなんてのはどうでしょう?」
「ああなるほど! そうすればOさんがさっき仰ってた『この世界での報道ってどうなってるのかイマイチはっきりしない』って問題も解決できますね!」
「そうですそうです」
 こうした当意即妙かつ以心伝心のやり取りをさせてもらえると、素直に畏敬の念を抱かざるをえませんでした。私の小説を読み込んで作者本人並みに深く理解・分析してくださっている――これが編集者――本作りのプロ!
 こうして書き下ろしの内容が決まりました。普段接することのない業界のプロフェッショナルな仕事ぶりに触れて脳がいい具合に刺激を受けたのか、5分で主人公のキャラクターや大まかな展開も思いつき、すぐに執筆に取りかかることができました。

2 書き下ろしと改稿

 刊行スケジュールの関係で、もし書き下ろしをやるならば11月中にある程度形にしてほしいとのことでした。
 中旬に進捗報告をする際、結末まで含めて相談したいと考えた私は、細かい描写は全て後回しにして、セリフを中心に結末まで一旦書き上げることにしました。
 この慣れない書き方が案外効率がよく、そのおかげで残りの半月で書き下ろしの原型が出来上がりました。
 とはいえまだまだ粗削りな状態でしたから、既存の4話と並行して年内いっぱいまで改稿の作業を続けることになりました。
 特に急いで書いた書き下ろしには瑕疵も多く、試しに読んでもらった高校の友人からは怒涛のダメ出しを食らいました。この場を借りて感謝。
 誤字脱字はもちろん、表記ゆれ(例:悪党ども、クソガキ共)などを潰す。情報の重複した文章の刈り込みなどを行い、無駄をなくす。そうやって少しずつマシな文章になるよう推敲を重ね、年明けに第一稿が完成しました。

3 校正チェックの日々とカバーデザイン

 ちょうど年度末近くの脱稿日まで、都合3度の校正チェックがありました。
 本作は元々数年前に書き上げたものをカクヨムに投稿する際に大幅改稿していますし、誤字脱字の類には気を付けていたつもりでした。
 そこから更に見直しを重ね――これはもう校正さんの赤ペンの仕事はあまりないのでは? などと思い上がっておりましたが、甘かったと言わざるをえません。
 さすがはプロ。どんなに直したつもりの文章でも、校正さんの目から逃れることはできませんでした。容赦ない赤書きの数々。未だにこんな誤字が残っていたかという驚き。まだまだ残存していた表記ゆれ。
 私たちが書店で手に取る本で誤字脱字を見つけることはそれほど多くありません。そのこと自体が、プロの校正さんや、時たま彼らですら見逃す箇所を指摘してくる編集さん、そして著者の度重なるチェックによるものだということを、普段意識する方は少ないのではないでしょうか。

 こうした地道な作業の日々に潤いを与えてくれたのが、本のカバーに関するお知らせでした。
 初稿ゲラのチェックを終えた頃、カバーイラストのラフ画を2点見せていただき、どちらかを選んでほしいと言われました。
 アーティストの紺野真弓さんが提供してくださった美麗で惹き込まれる絵は両方甲乙つけがたいものでしたが、より作品の雰囲気に合っている方はこちらではないかと思い、苦渋の決断で一方を選びました。
 また第2回ゲラのチェックが終わる頃には、株式会社コイルが手がけてくださったカバーデザインを3種類見せていただきました。白黒のタイトルも捨て難かったのですが、目に留まることとお洒落さを重視して、スタイリッシュな赤文字タイトルのものをチョイスしました。
 何の実績もない新人の本に分不相応なまでに素晴らしい表紙を作っていただけたこと――これは書籍化のお話自体と同じくらい感激させられる幸せな出来事でした。
 おまけに本書では帯さえも、カクヨムからの書籍化の大先輩である柞刈湯葉先生と書評家の三宅香帆さんが切れ味鋭い推薦文を書いていただき、編集O氏が考えてくれたインパクト大のキャッチコピーも相まって、秀逸なカバーデザインを隠して余りある魅力を一冊の本という物体に加えてくれています。
 こうしたものに元気づけられ、3月下旬に3度目となる最終のゲラチェックを終え、無事に書籍化の作業を全て完了することができました。

 一冊の本が出来上がるまで、編集さんに校正さんにアーティストやデザイナー、これだけのプロフェッショナルが尽力している。作者である私も彼らに対して恥ずかしくない仕事をしなければいけない――その責任が肩に重くのしかかってきましたし、正直それを果たせたのかは未だにわかりません。
 その審判は、これから本書を手に取っていただく読者の皆様に委ねられているのかもしれません。

1件のコメント

  • その節は失礼しました。
    おめでとうございます。
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