前の職場は有機溶剤のにおいが漂っていた。
むりもない。
毎日のようにエタノールを使うし、元々工場用でもなんでもない建物と屋内駐車場を無理やり改造して工場として使っていたのでホントに換気がクソだった。
なんとか通気性を良くしようと思ったら、建物ごとぶっ壊すくらいしか方法がなく、それくらいなら社員みんなバナナとお花のにおいの区別がつかなくなっても仕方がないと上の人間も考えてたと思う。なんでだ。あさま山荘をぶち抜いた鉄球を持ってこいよ。御社が粉砕されても私は微塵も良心の呵責を感じませんよ。
思い返すだにリスクマネジメントの専門家が来たら、泡を吹いて卒倒しそうな職場だ。
そして私の母はリスクマネジメントの専門家だったので、泡を吹いて倒れた。そのときの衝撃で母は記憶をなくした。
それ以来、少しぼんやりとしてしまった母から「仕事はどう?」と訊かれるたびに私は「人体に有害な薬品は管理責任者を明らかにした上で鍵つきのロッカーに保存しています」と嘘八百を並べなければならなくなった。
ところで、そんな社会にこびりついたゴミみたいな職場でも、人間関係はかなりよかった。仕事もできるし、私自身、全員からそこそこ気に入られていた自負がある。就職氷河期にぶち当たり、職とも呼べないような職を転々としながら20代を引きこもり同然に過ごしてきた自分も、紆余曲折の果てにとうとう大人のコミュニケーションができるようになったのだ、とそのときは思っていた。
でもその職場は辞めた。エタノールの臭いがキツすぎて、肝臓の値に異常をきたしたからだ。豆知識。下戸は空気中のアルコール分を吸いこむだけで酔う。
で、時間軸は現在にもどる。
新しい職場で、新しい任務に打ち込んでいた。
エタノールもアルコールも使わない健全な職場である。
頭から粉塵をかぶり、まつげに粉塵を乗せたまま家に帰ることもなくなった。ほんとよかった。エアーコンプレッサーで吹き飛ばそうとして鼓膜をやぶりかけたのは全面的に私が悪かったです。
しかし、健全で朗らかな職場であるにも関わらず、私は人間関係に悩んでいた。うまくいかないのである。話題に乗れないのだ。もちろん、全然知らない話題だというのもある。だけど、前の職場では全然知らない話題だってそれなりに渡っていけた。
だが突然、転職した途端に話し下手になった。
どんなタイミングで、どんな話題を出せばいいかまるでわからない。
何かがおかしい。
それで、今日。
たまたま、汚れをふき取るためにアルコールを使うことになった。そしてたまたま、閉鎖空間だった。
何が起きたかおわかりだろうか。
現実というのはいつも厳しい。たぶん変態だ。見たくもないものばかりをわざわざ取り出しては見せつけてくる。
要するに、前職での自分は、常に酩酊状態で仕事をしていたのだ。出勤前に一杯引っかけるタイプのクズだ。昼休みにビール一杯飲むのは常識的にアリだと思ってる高知県民とは徹底的に違う。駄目人間だ。子供の頃、絶対にああはなりたくないと願っていた大人のナンバーワンにいつの間にかなっていたのである。
仕事辞めてよかった。
ほんとよかった。
というわけで、明日、『竜鱗騎士と読書する魔術師3』の続きを執筆します。投稿は明後日以降になるかと思います。現在、『竜鱗騎士~』は何やらキリのといいところに差し掛かってますが、マージョリーの件が片付いてないですからね。あと一盛り上がりくらいさせて、一旦完結ということにさせて頂きます。
シリーズはまだ続くよ。※他作品の更新予定はありません。
頑張って執筆します。それでは。