どうも、めいき~です。
まず先に、三日分の予定表から。
第百五十五幕 必ずここへ
かつて歴代聖女が己の信じる神に奇跡を乞い、代償付のそれを周りの人間が聖女に奇跡を使わせ続けられそれを女神エノがキレ散らかす。
第百五十六幕 無敵の幼女(にーとのようじょ)
茶番回、エタナちゃんが一人でほっつき歩いている時の様子は大体こんな感じ。
※前回女神エノとしての暴れっぷりやシリアスは世界の果てに消えました。
第百五十七幕 雑貨屋ササキ
エルフの雑貨屋ササキの話、エタナちゃんはスマホゲームのプリペイドをここで買う訳ですが基本超性能の面白雑貨を駄菓子屋価格で買う事が出来るお店。
※食前に飲めば何を食べても胃もたれせず、必要な栄養素に勝手に変換され、太らなくなる等の複合的な効果をもつポーションも売ってる作者も欲しい。
以上が予定となります。
(ここから雑記)
小説や台本(ペラ)では原稿用紙が基準になる訳ですが、原稿用紙や本だと頭に空白を入れると大変見やすくなります。
日本語の文法としても、学校でそう習います。
しかし、web小説の源流はwebであり掲示板であり。厳密な文法とは勝手が違います、世の中には気持ち悪いとか読みにくいとかいう人もいるかもしれませんけどね。
「源流が違うという事は歴史と文化が違う」という事を一考して欲しい訳です。
web小説は紙でなくパソコンやスマホ何かで見ますが、当然解像度の影響を受けます。
プログラムが一行80文字基準なのも一番初期の民間に普及したモニターサイズが640×であってそれのドット数を文字数になおすと丁度80になるからです。
高解像度になった今でも、プログラムの基準は一行80文字です。
それらを踏まえ、思い出して欲しいのが紙媒体の日本語の本は基本縦書きで空白で段をつけたり行間を空けたりすれば当然見やすく読みやすい訳です。
ところがwebは基本横書きの方が多く、行間を空けたら読みやすくはなりますが頭に空白を付けた所で場合によっては余り視覚効果が望めません。
ついでに言うと、変にルーラーの無い媒体で空白をいれると文字がずれる原因にもなったりします。
「なので、歴史的に考えるとweb小説は頭に空白を入れるという事は好みの問題であると私は推察します。」
新聞等では厳密な新聞の書き方というルールがありますし、シナリオや雑誌なんかにも凡そのルールがある事が殆どですがwebに関してはむしろ自由で裁量に任せられるからこそ進歩してきたんですよね。
製造の設計には、「公差」が必ずあります。
文章や小説にも、「公差」はあります。
基準にたいして許される、許されないを設計段階で表記する訳です。
まず、基準そのものが違う事が一つ。
日曜大工等の趣味で寸法や基準を使う事は少ないですが、これを使うと完成品の出来栄えが段違いになり美しくなる事が一つ。
そして、世の中の商品と呼ばれるものは大抵この「公差」がある事が殆どです。←
断言しても良いですが、公差が厳しいものほど品質の良さと手間の量が爆上がりします。(笑)
なので、歴史と常識と公差を意識する事こそモノを提供する側で逃れられない宿命になると私は考えています。
それでは~(/・ω・)/