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ロードスターSS『元ナビと通信してたら今ナビにバレた』

※海上宿船を乗り継いで、海を渡っている途中のお話です。

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「私は貝になりたい……」

 その日フィオの精神状態は最悪だった。

「あー。ダルいし頭痛いしお腹痛いしもうヤダ。なんにもしたくない……」

 なんてことはない、なんて言葉で片付けたくはないが、怪我でも病気でもないことは確かだ。いわゆる月の物である。

「こんな時素敵な彼氏が背中さすってくれたらな。あーあ。なんて寂しい女。私なんかどうせ恋人もできないし、ロードスターにもなれないし、誰からも愛されないんだ……」

 しかし今回は症状が重かった。特に精神面の落ち込みが激しい。数日前からイライラしてしまい、今は絶賛自己嫌悪の沼にどっぷりだ。
 そんな弱い自分にますます失望する。悪循環から抜け出したくて、フィオは枕元のイヤリング型伝心石を取った。

「ジョットくん、はダメだ。こんな最悪な姿知られたくない。絶対幻滅される。じゃあやっぱり、あいつかな……」

 一番目に登録してある連絡先へ繋ぐ。三度名前を呼んだ時、目当ての人物から応答があった。

『珍しいな、お前からかけてくるの』
「……いけない?」
『いや。でも明日は嵐でも来そうで怖いな』
「どういう意味なの、それ」

 むすりと言い返すと、通信先の相手キースは意地悪く笑った。相変わらず小憎たらしい兄だ。

『で? どうした』
「ん……。別に」
『別にでお前が連絡を寄越すか』
「ちょっと……声聞きたくて」
『……っ』
「キース?」
『あ、ああ。なにかあったのか?』
「あれだよ。いつもの女の子の日」
『お前……。そういうのはもうちょっと包み隠して言うだろ』
「いいじゃん、キースなら。今さらだし」
『……俺も男なんだが』

 キースが小声でぼそぼそと言う。「なに?」と尋ねると、なんでもないと濁された。

『辛いのか? 温かい飲み物でも持っていこうか。お前特等室に泊まってるんだっけ?』
「ありがと。でもそれよりお話して欲しいな」
『話? って言われてもな……』
「笑えるやつがいいー」
『無茶言うな』
「えー。あるでしょ。ジンの失敗談とか」
『なんでそこでゴールドラッシュなんだ』
「いや、あの人失敗談いっぱいありそうだなって。キースのでもいいけど?」
『俺は……。あー、今かもしれない』

 え? と聞き返した時、耳慣れた男の子の声が伝心石から聞こえてきた。

『今のフィオさん? なんでキースがフィオさんと……』
『いやこれはフィオが――おい! ジョット!』
「キース? ジョットくんそこにいるの?」

 状況の説明を求めたが、キースから返事がない。伝心石から再び兄の声が流れてきたのは、しばらく経ったあとだった。

『ジョットのやつ、すねてどこか行った。フィオのせいだぞ』
「ええ? 私なの?」
『機嫌取ってやれよ』
「いや私が取って欲しくてキースに連絡したんですけど」
『だからそれが原因だろ。これでしばらくにらまれる俺の身にもなれ』
「うう……。わかった。ジョットくんと話す」

 そう言って通信を切ったものの、なんと言ってジョットに連絡を入れればいいかわからない。
 ごめんね、不機嫌にさせて?
 機嫌直して?
 どれもこれも自意識過剰だ。そもそもジョットは本当にフィオのせいで機嫌を損ねたのだろうか。それで、フィオが声をかけたくらいで、機嫌が直せるとも思えない。

「でも放っておくのもな……。一応、連絡してみようかな。出ないなら出ないで、うん。私は頑張ったということで」

 キースへの言い訳を作るためにも、フィオは今一度伝心石に手を伸ばす。軽く石を叩いて二番目の連絡先に設定し、呼びかけた。

「ジョットく――」
『なんですか』

 早っっっっ!!
 秒で出たよ!!
 なんですかっていうか、イヤリング握り締めて待機してた反応速度だよねこれ!?

「いやあの、さっきはキースといたの?」
『いたっていうか、カフェの前通りかかったら目に入りやがった感じですが』
「あ、そうですか……。まあ大型船って言っても町と比べたら狭いもんね」

 あははは、と笑って無理に会話を明るくする。気まずかった。キースの言う通りジョットは不機嫌真っ只中だ。冷ややかで硬い声色がすべてを物語っている。
 キースに連絡したことが、そんなにまずかったのだろうか。

『フィオさん』
「あ、なに?」
『なんでキースに連絡したんですか』
「えっと、暇潰しに……」
『暇ってあなた、今日は一日ライフルやハーネスの手入れするって言ってたでしょ』

 そうでした。体調不良に気づかれたくなくて、作業があるふりをして部屋に籠ったのだった。

『フィオさんなんか隠してますね』
「え、そんなこと……」
『言わないなら通信切りますよ』
「待って! 違うの。大したことじゃなくて。ほんと、わざわざジョットくんに言うほどのことじゃなくて」
『キースには言うのに、ですか。ナビの俺には話してくれないんですか』
「あ……。ご、ごめん。ジョットくんを蔑ろにしたんじゃないよ。ちょっとね、ほんの少し……体調不良で……」
『はあ!?』

 その大声はフィオの鼓膜をキーンとつんざいた。

『それをわざわざ言うほどのことじゃないって言ったんですかあなたは!? 真っ先に俺に言うべきことでしょ!?』
「ああああっ、違う! ジョットくんは絶対誤解してる! 体調不良だけど体調不良じゃなくて……!」
『意味わかりません! もうフィオさんは大人しく寝ててください! 今すぐ医務室行って医者呼んできますから!』
「ダメだって! だからこれは……っ、ああもうなんて言えばいいの!? 私は今日女の子の日なの!」
『え……』

 にわかにジョットが静まり返る。いくら呼べども返事がないものだから、フィオは伝心石のマナが切れたのかしらと首をひねった。
 その直後、

『ふぁああーー!?』

なんとも奇妙な絶叫が響いてきた。

『ちょちょちょっとフィオさん! なんてこと言うんですかそんな大声で……! なんかもっと違う言い方あるでしょ!?』
「キースからもそう言われたから、体調不良って濁したんですけど」
『は? キースにも言ったんですか? 二度と言わないでください。ていうかそれであいつに連絡を?』
「うん……。ちょっと気分転換したくて」
『それなら俺だっていいじゃないですか』
「……気持ちも落ち込んじゃってるから、ジョットくんに格好悪いとこ見せたくなかったの」
『ナビなのに、俺また頼られてないんだって傷つきました』
「そうだよね……。ごめんなさい」
『ドルベガにつづいて二度目ですよ』
「うぐ……っ。もうしません!」
『本当ですかあ? じゃあ俺の好きなとこ言ってくださいよ』

 ん?

「なんでそうなるの!?」
『俺のこと大事だと思ってるなら言えますよね。証明してください。どれくらい大事だと思ってるか』
「いや、だからって好きなとこなんて……」
『あーあ。結局俺はナビとして使われてるだけで、用が済んだら捨てられるのかなあ』
「ちょっ、ちょっ! 人聞きの悪い言い方しないの!」

 このクソガキ、どんどん妙な知恵をつけていく。
 だけどジョットのナビを認めはじめているのは事実だし、エルドラドレースの優勝は彼なしにあり得なかった。
 もう少し甘やかしてもいいかもしれない。

「……わかった。証明してあげる」
『ちょろ』
「ん?」
『え、なんか聞こえましたあ? それより早く言ってください!』
「はいはい。えーっと……あ。飲み込みが早いところ」
『一個だけ?』

 こいつ!

「ちっ。ナビしてる時の集中力がすごい」
『舌打ちが聞こえたので追加です』
「~~っ! 目も鋭い。一度見たら覚えてる」
『照れるなあ。……で? まさかこれで終わりじゃないですよね』
「判断力もある!」
『うーん。嬉しいんですけど、それ全部ナビとしての俺って感じですよね。なんかキースにも言えそうだし。もっと俺自身のことでないですか?』
「ジョットくん。いい加減怒るよ?」
『へへっ。いいじゃないですか。もうちょっとだけ』

 年下属性を活かすのがうまい、とは悔しいから言ってやらない。乗りかかった船だと、フィオは弟分のおねだりを許した。

「ジョットくん自身、か。……再会した時はきれいな子に成長したなーって思ったよ。色白いし線細いし」
『え……。そ、そんな風に思ってくれてたんですね』
「うん。でも中身はまったく逆で、押し強いわ言うこと聞かないわ熱狂的過ぎるわ。とんでもなく癖のある子だった。でもなんか、そのギャップに惹かれたっていうか……気づいたら引き込まれてた気がする」
『ふふっ。嬉しいです』
「あと、私の周りちょろちょろして『フィオさんフィオさん』て、そういうの案外好きかも。かわいい」
『かわいいは複雑ですけど、す、好きってほんと……?』
「でも意外と頼りになる時もある。ジンに絡まれた時も、ロワ・ベルクベルクと遭遇した時も。そうだ、さっきも」
『え。なにかありましたっけ』
「医者を呼んでくるって、すぐ行動してくれようとしたでしょ」

 先ほどのジョットの言葉を思い出し、フィオはなにが嬉しかったのか気づいて、くすりと笑った。

「ジョットくんの怒った声、好きだな」
『はわ……。怒ってるのがいい、んですか?』
「うん。だって私を思って怒ってくれてるから。でもそれだけじゃないよ。すねてるのも、わがまま言ってる時も、時々意地悪なのも、楽しくて。ジョットくんからの感情はどれも、好きかもしれない」
『フィ、フィオさん……っ』
「ジョットくんと旅する毎日が楽しいよ」
『も……も……』
「ジョットくん?」
『もういいですううううっ!!』

 とても嬉しそうな悲鳴とともに、通信はプツリと切れてしまった。沈黙した伝心石を見つめて数秒、フィオは口を押さえてうつむく。

「ちょっと、喋り過ぎたかな……っ」




おわり。

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