いつもお読み頂き、誠にありがとうございます。
秋が深くなる今日この頃、私は思います。人間とは罪深い生き物です。ふと夏目漱石先生の「三四郎」、その一節「迷える子(ストレイシープ)」を思い出しました。
さて、今日は私の犯した罪を語り、ここに懺悔致しましょう。もし可能なら、皆様の人生に愚かな男の記憶と、反面教師としての教訓が残せれば幸いかと思います。
……その日の私は、コーヒー豆が無くなった事に気が付き、急いで買いに出かけました。ですが、向かう途中で車のガソリンが少ない事に気が付き、急遽道を変更し給油に向かいました。この時の私は既に運命の歯車が狂い始めていた事に、まだ気が付いておりませんでした。
給油を終えた私は、想定外の行動により少し予定が遅れてしまったので、急いで買い物を済ませようと思いました。実は既に日も暮れかけていて、もうすぐ夕方の6時です。ゆったりと薄暮となり始めた情景を眺めながら、私はふと思いました。
「少し髪が伸びたな」
ああ、私は行動派であり、気まぐれであり、自由な気質を持ち得た人間です。思い付きで予定など気にせずに、好きなように動いてしまいます。
早速私は、常日頃より通う床屋さんへ向かいました。私の気質は予約を必要とするヘアサロンに嫌気がさし、気軽に行ける床屋さんへとその嗜好を変更しています。ただし、こてこての床屋さんですと仕上がりに差し障りがあるので、若い二代目が継いでヘアサロンっぽくしている店に通っています。
暫く後に、私は店の駐車場へと到着しました。時計の針は6時を少し過ぎていました。確か営業時間は7時までだったと記憶してます。ここで少し冷静になった私は、流石に今からカットをお願いするのは、迷惑行為かも知れないと思い至りました。ですが、心の声が囁くのです。
「典雅、良くお聞きなさい。
金銭を失う事。それはまた働いて蓄えればよい。
名誉を失う事。名誉を挽回すれば、世の人は見直してくれるだろう。
勇気を失う事。それはこの世に生まれて来なかった方がいいだろう(BY ゲーテ)」
私はゲーテに背を押してもらいました。
勇気を振り絞り、床屋さんの扉を勢いよく開きました。瞬間、もう誰もお客がいない店内を片付けていた女性スタッフさんと目が会いました。
※ここから心の声を()にてお送り致します。
「いらっしゃいませ?(な、なんで今頃来てんすか!)」
「あの、まだいいでしょうか?(駄目ですよね、わかってます、でも、そこをなんとか……)」
「は、はい、少々お待ち下さい(何言っとんじゃ、われ、ぶっ飛ばすぞ!)」
女性スタッフさんは急いで奥に一旦入り、確認を取った後に戻って来ました。彼女は流石はプロです。優し気な笑顔を浮かべ、すらっと言いました。
「ギリギリ、大丈夫です!(アウトじゃ、ぼけぇ!)」
「あっ、すいません(ホント、すいません!)」
私は内心後悔しました。針の筵の意味を知りました。最早取り返しのつかない気まずい空気の中、絶望的な気分でソファにそっと腰を降ろしました。
すぐに奥からチーフ(二代目)がやって来て、早速椅子に座り替えとなります。再び私は申し訳なさに駆られ謝罪を入れましたが、彼は明るく「大丈夫ですよ、さぁ、今日はどうしましょう?」と爽やかに聞いてくれました。
人の優しさは身に染みるものです。彼の大空の様な広い度量に私は深く感謝し、手短にオーダーを告げ、早速カットが始まりました。
しかし、そこでふと違和感を感じました。いやいや気のせいかとも思いましたが、その違和感は徐々に膨らみ、そして明らかなものとなりました。
普段からカットの時はセオリーとして気安く会話をするのですが、彼は今日に限っていつもより一段、いや二段以上にとても饒舌に語ります。と言うかマシンガントークです。ど、どうした! と言うくらいに、すっごくお喋りをしてきます。そこで、私ははたと気が付きました。
「(めっちゃ、てんぱってるぅうう!)」
変らぬ笑顔で語り続けるめっちゃ喋る彼は、鬼人の如く手を動かし、凄まじい速度で正確にハサミを操ります。それは閉店時間までにすべてを終了させようとする確固たる意志が、その深い根底にて激しく燃え上がっているのです。さながら優雅な白鳥が水面下では激しく足をばたつかせている様に、この困った客に抗い、懸命に人生を勝ち取ろうとする必死の姿がありました。私は心の中で呟きました。
「(いまトイレ行きたいとは言えないな……)」
彼の頑張る姿を見て、私はずるい大人でいいと思いました。人の心は弱いものです。最早引き返せない所まで私は来てしまったのです、ならば覚悟を決め突き進むしかないないではないか、そう自らの心を鼓舞しました。そしてトイレも我慢しました。
瞬く間に無事カットを終え、さらにシャンプーも終わりました。全てが迅速でスムーズ、そして完璧な動きでした。私は濡れた髪をタオルで包まれ、「起こしますね~」という声で姿勢を正した瞬間、事態は急変しました。
素早く私の右側でチーフが巨大な業務用のドライヤーをセットしました。さらに素早く女性スタッフが左側に来て、同じく巨大な業務用のドライヤーをセットしました。
「(えっ?)」
動揺する私を他所に、同時にカチッとスイッチが入り、なんと左右から熱風が私の頭へと注がれました。こんな乾かし方は初めてです。わしゃわしゃと髪をもまれながら、私の脳裏には50度近い激しい熱波により、カナダで発生した山火事が思い起こされました。
「(ひぃいいいいいいいいい!)」
あっと言う間に髪は乾きました(笑)。
会計を終え「ありがとうございました~」の声と共に店を出たのは6時46分でした。
私は罪を犯しました。全ては自由過ぎる私の心が生み出した悲劇です。また世間に迷惑をかけてしまいました。人は過ちを犯し、重い罪を背負います。そして、その罪によりかけがえのないモノを失うのです。失ったモノは二度と帰りません。私は思いました。
「前髪、切り過ぎたなぁ」
深い反省の意を込め、ここに私の罪を懺悔します。
あっ、長すぎですね。最後までお読み頂きありがとうございました( ;∀;)