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匿名企画で作者当てに正解していただいたので、景品のSSとして二次創作を書かせていただきました。ありがとうございます!
元にした作品は以下になります。
ゆげさん( @75mtk1103 )
『Hero』
https://kakuyomu.jp/works/16818093080711847079/episodes/16818093081220404325上記作品の由香里ちゃんがあまりにも不憫だと言うことで、ほっこりエピソードを書いてほしいとのことでした。そんなの私の得意分野ですからね。張り切って書かせていただきましたよ。
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「英雄(ひでお)くん」
夕方の武道場。
私はあり得ない光景を目にして混乱していた。
教育実習で訪れた母校を、懐かしいなと思いながら色々と見て回っていたんだけれど……なんと武道場で、あの頃と変わらない英雄くんの姿を見つけてしまったのだ。
あり得ない。彼はもう東京の大学に進学して、こっちには戻ってこないという話を聞いていた。
「……俺は英雄じゃない」
「え? あ、そうだよね。えっと」
「俺の名前は立川勇(いさむ)。英雄の従弟だ。顔も似てるからたまに間違われるけど……俺はあんな完璧な人間じゃない」
そうして、英雄くんにそっくりな勇くんは、不機嫌そうな顔で竹刀の手入れを再開した。
私が英雄くんに恋をしていたのは、もうずっと昔のことだ。
地元の大学に進学してからも、私はわりとズルズルと彼への片想いを引きずっていた。もしかすると、英雄くんは東京で打ちのめされてこっちに帰ってくるかもしれない。小野原先生と上手くいかなくて、女の子の格好をするのをやめたり、女の子に恋をしたりするかもしれない――そんな身勝手な願望が頭の隅にこびりついていて、新しい恋愛に踏み出せないまま過ごしていたのだ。
その想いがようやく風化し始めたのは、大学三年生の頃。流し見していたテレビの中で、インタビューに答える英雄くんの姿をみつけた時だ。あの頃よりもおしゃれで、化粧が上手くなっていたけれど、私にはすぐ英雄くんだと分かった。そして、彼がもう手の届かないところにいるのだということも、なんとなく察しがついてしまった。
ある程度吹っ切れたとはいえ、彼氏を作る気にもならないまま大学四年生になり、教育実習で母校を訪れることになったわけだけど。
「……いつまで見てんの?」
「うん、ごめんね。なんか懐かしくて。私は嶋田由香里。実はここのOBなんだ……と言っても、もうずっと竹刀は握ってないんだけど」
「ふーん」
そうして私は、勇くんにペコリと頭を下げて、踵を返す。なんだか変な気持ちになったけど、もうこれっきり彼と関わることはないだろうと――この時は、そう思っていた。
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翌日の放課後。
校舎裏から、泣きながら走ってくる女の子を見かけた。するとその後ろから、げんなりした様子の勇くんが戻ってくる。あぁ、なるほど。これはアレだな。
「勇くん、お疲れ様。告白でもされた?」
「……そう。断ったところ」
「青春だねぇ」
いいなぁ、と私は羨ましく思う。
私もあの時ちゃんと言葉にして告白して、しっかりとふられていたら、早く割り切ってさっさと前に進めたんだろうか。そんな、どうしようもないことをつい考えてしまう。
まぁ仮に時間を巻き戻せたとしても、あの頃の私が英雄くんに想いを打ち明けることはできなかっただろうけど。
「……叱ったりしないのか」
「何を?」
「俺の断り方は、女の子にはけっこう酷く聞こえるみたいだから。たまに言われるんだ。もうちょっと言葉を選べとか、相手を泣かせるような言い方をするなとか……俺は、英雄みたいに優しくないから」
この様子だと、けっこう告白されることが多いのかな。
まぁ個人的には、多少厳しい言い方をされてもキッパリと断られたほうが、後に引きずらなくて結局は優しいと思うけどね。変に期待を持たせるような言い方をしてトラブルになった話も、大学の友達から聞いたことがあるし。
「うーん……相手の人格を否定するような言葉とか、そういうのはもちろんいけないと思うよ。でも、私だったらちゃんと突き放してほしいかな。後にして思うとね」
「……嶋田先生って、英雄にふられた人?」
「ううん。告白できなかった人、だよ」
そうして、私はなんとなく勇くんと一緒に下校することになった。
勇くんの志望校は私の通っている大学らしく、話の流れでちょっとだけ勉強を教えることになった。ファミレスで横並びに座り、一緒に教科書を覗き込みながら指導をしていると……何やら彼の視線を感じた。
一瞬だけ私の胸元をちらりと見た後で、それを恥じ入るように視線をそらしたのが分かる。なるほど、やはり勇くんは英雄くんとは別人なんだなと、ストンと腹落ちする。あの頃は男子のそういう視線が嫌だと感じていたけれど、不思議と彼を悪くは思わなかった。
「――つまりね、ここには動名詞を入れるのが正解」
「なるほど……理解はしたけど、また間違えそう」
「こればっかりは何度もやって覚えていくしかないよ」
英雄くんは頭が良かったから、こういうのはすぐに覚えていたけれど。私や勇くんのような凡人は、とにかく数をこなして定着させていくしかないのだ。
勇くんは小さくため息をつく。
「……かなり昔のことだけどさ。英雄から、少しだけ勉強を教わったことがあるんだ」
「そうなんだ」
「頭の出来が違うっていうのはこういうことかって、思い知らされたんだよな。英雄にしてみれば、“どうしてできないのか分からない”って感じだったけど」
あぁ、それは分かるな。私も数学なんかは教えてもらう一方だったし。その「凡人とは違う」って感じに、あの頃は憧れてたから。
私はその憧れを、恋の炎にくべる薪にしていた。だけど勇くんは、もう少しネガティブな感情を燃やすのに使っている気がする。なんとなくだけど、それはちょっと勿体ないような気がするんだよね。
「勇くん。良かったら、これからも勉強教えようか」
「へ? いいの?」
「凡人同士の方が分かり合えることもあるよ」
今さらながら考える。
完全無敵なヒーローの隣にいるべきなのは、私のような凡人ではなかったんだろう。私はきっと、どうやっても英雄くんのヒロインにはなれなかった。それに気づくまで、ずいぶん時間がかかってしまったけれど。
こうして思い返してみると、今の私が英雄くんに持っている感情は「感傷」でしかないのだと分かる。高校生の時の鮮やかな感情は、気がつけばすっかり色褪せてしまっていた。
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「勇くん」
稽古後の武道場。久々に竹刀を握った私が、勇くんと並んで竹刀の手入れをしていると、そこに一人の女の子が現れた。そういえば、勇くんは約束があるって言ってたっけ。
顔を上げた勇くんは、彼女に声をかける。
「あぁ、もうすぐ終わる」
「じゃあ私、外で待ってるね」
女の子は私にペコリと頭を下げ、その場を去っていった。道場に差し込む夕日のオレンジを見て、なぜだか懐かしさがこみ上げてくる。いつだったか、こんな色を見たような気がするな。
「……勇くん。あの子と付き合ってるの?」
「付き合ってないけど」
「だよねぇ」
勇くんの言葉はあっさりしていた。
照れくさそうな様子は全くない。本当に、彼はあの女の子に異性としての好意は持っていないのだろう。そのことが、なんとなく察せられてしまう。
「あんまり友達を待たせないようにね。私のが終わったら、一緒に油塗っといてあげるから」
「そう? ありがとう、由香里ちゃん」
「学校では『嶋田先生』って言ったでしょ」
そうして、二人でクスクスと笑う。
「じゃあね、由香里ちゃん」
そんな風に言い残して、勇くんは去っていった。
ずいぶん仲良くなったけれど、別に私は勇くんと付き合っているわけではない。さすがに教育実習生が生徒に手を出すのは色々と不味いから、私なりに自重しているのだ。
ただ、週末には勇くんの家で勉強を教えたりしているし、今度一緒に出かける約束もしている。教育実習期間が終わってしまえば、何かが先に進むような予感があった。
草むらでは、少し気の早い初夏の虫が、ジジジと鳴き声をあげている。
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ということで、由香里ちゃんをほっこりさせてみました。なんか第二の由香里ちゃんが生まれたような気がしなくもないですが、それはそれとして(*´ω`*)
改めまして、作者当てありがとうございまーす!!!
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