◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
出 万璃玲(@die_Marille)さん
『銀色の兎姫』
https://kakuyomu.jp/works/16817330664507318984匿名企画で作者当てに見事正解されましたので、景品として『銀色の兎姫』の二次創作を書かせていただきました。ありがとうございまーす!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――いけ! そこだ! そこでチューしろ!
ウレノスの王宮で侍女として働いているユリアは、表面上は穏やかな動作を続けながら、ぜんぜん進展しない二人の関係を眺めて悶え苦しんでいた。
ウレノスの第二王子リオレティウスと、ガイレアの姫シェリエン。
二人の婚姻は、長らく続いた戦争に終止符を打つという政治的な目的で決められたことである。庶民として育てられたシェリエンは急に表舞台に引っ張り出され、ウレノスへと送られることになったのだ。そのことは、侍女であるユリアもよく分かっているのだが。
庭園のベンチに座った美男美女は、遠目からは仲睦まじそうに見える。
シェリエンはまだ十三歳で身体も小さいからか、リオレティウスは毎晩一緒に寝ていても彼女の体に手を出すことはなかった。侍女であるユリアもその点は少々心配していたため、毎朝ベッドのシーツが汚れていないことを確認して、小さく安堵しているくらいだった。
知らない国に単身で輿入れさせられ、小動物のように怯えていたシェリエン。彼女に優しく接するリオレティウスの判断は、何も間違っていないだろう。ただ、それはそれとしてだ。
「そろそろチューくらいしても良いのでは……」
言葉にすれば不敬になってしまうが、ユリアにとってシェリエンは年の離れた妹のような可愛い存在だった。
毎日色々なハーブティーを淹れれば、そのたび新しい味に目を丸くして微笑む。誰に強制されたわけでもないのに、一生懸命に文字を学ぶ。ぽやぽやとした眠そうな顔で、夫であるリオレティウスを毎朝見送る。その全てが可愛らしく、ユリアはいつも彼女を撫で回したい欲求と戦っていた。
◆
ユリアは小さな貴族家の末娘として幼少期を過ごしてきた。
父親は王宮で役人をしている。また、母親は高位貴族家の出身らしいが、親の反対を押し切って結婚したため実家との関係はあまり良くないとのことだった。
そんなわけで、幼い頃から当然のように礼儀作法を叩き込まれていたユリアは、侍女長に認められて王宮で働くことになったのである。
「良いか、ユリア。ガイレアの姫に心を許してはならん。リオレティウス様が籠絡され敵国に寝返ることのないよう、常に目を光らせておけ」
父親からそんな風に言い含められていたため、ユリアはかなり気を引き締めて王宮で待ち構えていた。そしてついに、ガイレアの姫を迎え入れることになったのだが。
――銀色の髪の、小動物のような女の子。
初めて対面したシェリエンは、身体の震えをグッと堪えながら努めて冷静に振る舞おうとしているように見えた。もう本当に、いっそ可哀想になるくらい彼女には余裕がなさそうで、ユリアの心にあった警戒心は一瞬で溶け消えてしまったのである。
シェリエンの前に現れたのは、年配の家臣――ということになっているティモンであった。
「シェリエン様。私はリオレティウス殿下の幼少よりお世話をしています、ティモンと申します。遠慮なくお申し付けください。私に言いづらいことであれば侍女に」
「はい……」
ティモンの後ろで気配を消しながら、ユリアはシェリエンを観察していた。
おそらく練習を始めたばかりだろうウレノス語。ティモンはできる限りゆっくり説明しているが、どこまで伝わっているのか……ただ、シェリエンはちゃんと理解しようと、一生懸命に耳を傾けているのは分かった。
ガイレアから同行してきた従者や女官たちは、シェリエンを置いてさっさと帰ってしまった。そのことからも、彼女がガイレアにとってさほど大事でない存在であることが伺える。
そうして、彼女を居室まで案内すると、ユリアはこっそりと隣室に控える。呼び出されたらすぐに応対するつもりではいたが、シェリエンはようやく一息つけたという様子で気を抜いていたため、ユリアはひたすら気配を消して椅子に座っていた。
◆
侍女としてのユリアの仕事は、シェリエンの生活の世話全般になる。衣服や装飾品を管理したり、髪結いや化粧を施したり、細かな用事を代行したりなど、その業務は多岐にわたる。
「シェリエン様。お目覚めでしたらお支度をお手伝いします」
「あ……はい、起きてます」
同僚と一緒になって、以心伝心でシェリエンの着替えや髪結いを行っていく。
とはいえ、シェリエンはそれほど衣装をたくさん持っておらず、装飾品にもあまり興味を示さなかった。もっと色々と着飾らせたい、とは思うものの、本人の意思を無視して勝手をするのは侍女の仕事ではない。ユリアは湧き起こる欲求をグッとこらえてシェリエンの髪を結う。
食事を取る姿は、多少ぎこちないものの丁寧で、努力しているのが伺えた。ユリアは内心で「大丈夫だよ!」と叫びながら、同僚と目配せをしていた。あぁ、なんて可愛いんだろう、と。
シェリエンはわがままを言うこともなく、ひたすら静かに過ごしている。リオレティウスが紳士的だったのも良かったのだろう、彼女は毎日少しずつ警戒心を解きながら、慣れない生活をどうにか受け入れようとしているようだった。
実のところ、ユリアは色々と行動をおこしていた。同僚と相談して見繕った絵本をティモン経由で差し入れてもらったり。様々な種類の紅茶やハーブティを用意したり。料理人にお願いして、食事のメニューに一皿だけガイレア料理を足してもらったり。決して押しつけがましくならないよう気をつけながら、シェリエンのために密かに「推し活」をしていたのである。
シェリエンが泣き腫らした顔で目覚めた日には、ついついリオレティウスに対して「ついにやりやがったか」と殺意まで芽生えそうになった。だが、どうやらそれはユリアの早とちりだったらしい。
その後シェリエンは、リオレティウスやティモンと何やら話をして、文字を勉強し始めることにしたのだという。リオレティウスとの距離も少しずつ近づいて、絵本を見ながら小さく微笑む姿まで見られるようになった。
「いってらっしゃいませ……リオ、様」
ある朝、ついにリオレティウスのことを愛称で呼び始めたシェリエンを見て、そのあまりの可愛さにユリアはすっかり心臓を撃ち抜かれてしまった。これは尊いぞ、と。
「シェリエン様。今日の紅茶はいかがですか?」
「美味しい、です。この香りは初めてです」
シェリエンに提供するハーブティや紅茶は、毎日色々なものを試しながら彼女の好みを探っている段階だ。ただ、どの紅茶を出しても美味しそうに飲むので、嗜好を把握するのはなかなか難しくはあるのだが。それもまた、ユリアたちにとって一つの楽しみとなっていた。
紅茶を飲んでホッとした様子のシェリエンが、ポツリと言葉を漏らす。
「リオ様は、今頃どう過ごしているのでしょうか」
「そうですね。私どもは存じ上げないので、ティモンに尋ねてみた方が話は早いかと思います」
「なるほど。分かりました」
そうやってリオレティウスのことを気にするシェリエンを見て、ユリアは同僚と視線で語り合う。これは脈アリだぞ。いちゃいちゃし始める日もそう遠くないぞ。そんな風に。
◆
毎年のことではあるが、春の訪れを告げるように雷は七晩も鳴り響いていた。
シェリエンはどうやら雷が苦手のようだったが、それがきっかけとなって、リオレティウスとの距離は以前より縮まったようだった。ユリアもあまり雷が好きではなかったが、今回に関しては「グッジョブ!」と叫びたい気持ちであった。
空が綺麗に晴れると、リオレティウスはシェリエンを散歩に誘った。ユリアは同僚と目配せをして、うんうんと頷き合う。きっと今日こそ、二人の仲は進展するぞ、と。
庭園のベンチで語り合う二人を、ユリアはドキドキしながら遠目に眺めている。すると、リオレティウスが花冠を手にとって、シェリエンの頭にそっと乗せた。
――いけ! 今だ! 男を見せろ!
内心で盛り上がっているユリアとは対照的に、ベンチに座っている二人は穏やかな様子で、お互いを見つめて微笑みあっている。これはこれで尊いけれども! ユリアの悶絶は最高潮に達していた。
そして無情にも、二人は何もせずに立ち上がる。
「あああぁぁぁ……」
「お主は侍女の、ユリアだったか」
そんな声に振り返ると、そこにいたのはティモンだった。
ユリアは醜態を見せてしまったことに気づき、バッと頭を下げる。先ほどまでの興奮は急に萎み、背筋を嫌な汗が走った。まずい、これは解雇モノだぞ、と。
「大丈夫だ。何も罰したりはせん」
「そ、そうですか」
「言葉にはせんが、皆同じ気持ちだ。もどかしくも思うのは分かるがな……きっとあの二人には、まだまだ時間が必要なのだろう。シェリエン様のこと、これからも頼むぞ」
そうして、ティモンはユリアに小さく笑いかけてから去っていった。
ユリアは「推し活を公認されたってこと???」と戸惑いながら、冷静な仮面を被りなおして、ある程度の距離を保ったままシェリエンたちに追従していった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
というわけで、シェリエン推しの侍女視点でSSを書かせていただきました。私は完結後にガーッと一気読みしてしまった素敵な作品ですので、ご興味を持たれた方は、ぜひ本編を読んでみてくださいね。
出 万璃玲(@die_Marille)さん
『銀色の兎姫』
https://kakuyomu.jp/works/16817330664507318984◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆