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近況ノート連載小話『十一月の桜』第二話

第一話はこちら
https://kakuyomu.jp/users/mami_y/news/16816700429290099209

※このお話はフィクションです。
いろいろ間違っているところ、設定の甘いところはあると思いますが、近況ノート小話だと思って薄目でスルーしてくださいね。

🌸🌸

 夜、ユウマを寝かしつけた後、受験の不安を夫にぶつけてみた。

「ユウマ、全然真剣にならないの。もう日がないのに。あの学校は倍率が高いのよ。あの歳で挫折を味わうようなことをさせたくないわ」

 夫はテレビから目を離し、ビール片手に口を開く。

「でもさ、大学受験とかと違って学力でばしっと線を引かれる世界と違うんだろ。もしもの時はそこで得た道がユウマのご縁だよ。別に世界が終わるわけじゃない」
「でも大学受験と違って浪人も出来ないのよ」
「そうしたら公立だっていいじゃないか。俺、保育園から大学までオール国公立だけど、なんの問題もなかったけどなあ」

 彼の言葉に、私は曖昧に微笑んで溜息をついた。

 だめだ。やはり彼は分かってくれていない。
 夫からしたら、どうして私がここまで不安がっているのか訳が分からないのだろう。仕事の後のんびりビールとテレビを楽しみたいだろうに、不機嫌にならずに答えてくれるだけでもましなのかもしれない。

 確かに公立に問題はない。近所のママ友の話を聞く限り学校の雰囲気は良さそうだし、中学受験を頑張って難関校合格を勝ち取った子の話も聞く。
 でも。

 分かっている。私の不安の根にあるのは、「私の血」への不安だ。



 私は小学生の頃から勉強が苦手で、テストのたびに学校が燃えればいいと思っていたような子供だった。
 両親はそんな私のために塾に通わせてくれたり、通信教材を取ってくれたりした。だがそもそも勉強机に向かうのが嫌いだった私は、学ぶことより遊びの方に夢中になっていた。
 そんな態度で成績が上がるわけがない。私は通信教材のDMについてくるマンガの「成績トップ、部活でも大活躍のリア充JC」とは正反対の中学生活を送り、高校受験に失敗した。

 なんとか県内最低レベルの高校に入学できたものの、そこでも受験失敗の経験を糧にすることはなかった。
 お洒落に目覚めた私は「服が好き」という理由だけで服飾専門学校を志望し、どういう加減だったのか運よく潜り込むことが出来た。だが、あまりにもハイレベルな授業と膨大な課題、そして真面目で熱心なクラスメイト達についていけず、半年もたたずに逃げ出してしまった。

 その後、夫と出逢うまでのことは、とても話せないし、思い出したくもない。



 夫は「俺の特技は魚の三枚おろしと勉強」と言っているような人だ。だから勉強というものは、子供が必要だと認識すれば勝手にやるようになると考えているふしがある。
 ユウマが彼に似れば、そうなるかもしれない。
 だがもし、私に似ていたら。

 私の両親は、私が前に進めるようにと様々なレールを用意してくれた。それなのに私は目を塞いだまま遊び惚け、レールどころか地面すらない奈落へと転落していった。
 ユウマが、あんな人生を送るようなことがあってはならない。
 もしそうなったら、それは私のせいだ。

 だから私は、自分で出来る限りのことをしてそれを回避する。
 受験だけではない。スマホやゲームは触らせず、家族で出かける時も教育効果を考慮する。レールでは踏み外してしまうから、空よりも高い壁を作り、手を引いて前を進ませる。

 それでも怖い。
 毎日毎日、怖くて怖くてたまらない。



 翌日、買い物へ行く途中に、ママ友のマミさんとその息子のケンタ君に会った。
 ケンタ君は小学一年生だ。ユウマとは一歳違いだが、随分とお兄ちゃんに見える。

「ケンタ君、大きくなったわね」
「うん。ぼく、背の順で後ろから九ばんめになったんだよ」

 なんとも返事の難しい順番だが、鼻を膨らませてそう言っているということは、「大きいのねえ」と言ってほしいのだろう。だからその通りの言葉を掛けると、ケンタ君はふわっと笑みを浮かべた。

「ユウマ君も年長さんだもんね。時が経つのは早いよ。私が老けちゃうのもしょうがないかーって思う」
「でもユウマはまだまだ全然で」
「えー。そんなことないよ。この間、きちんとご挨拶してくれたよ。お利口さんじゃない。うちは最近余計な知恵をつけてきてね」

 マミさんは買い物帰りだったらしく、大きな荷物を抱えている。もう少し話したかったが、切り上げることにした。
 二人の後姿を見送る。ケンタ君はマミさんを見上げていた。

「ママ、よけいな知恵ってなに?」
「さっきのことよ」

 マミさんが芝居がかった口調で声を張り上げる。

「会計直前の買い物かごにい、お菓子放り込んでくる奴いるう⁉」
「いねえよなあー!」
「いや、いるでしょうがここにっ!」

 一瞬、なんであんな口調なのかと思ったが、幼稚園で聞いたことのある話を思い出した。
 恐らくあれは、今流行っている暴走族が舞台のアニメで出てくる台詞の口調を真似たものだ。

 早足で買い物に向かう。
 私だってああいう風にユウマと笑いたい、という想いが浮かんできたので、心にしっかりと蓋をする。

2件のコメント

  • 李奈さん、こんにちは!

    うわぁん。ママさん、また自分を追い詰めている……。
    旦那さん、凄くいい人だし、いい人だってことをちゃんと分かっているのは偉いのだけど。
    ケンタ君、いい子ですよね。
    ユウマくんも、あんな感じでいいんですよー。
  • 静流さん
    こんばんは(о´∀`о)ノ
    読んでくださり、ありがとうございます♪

    はい。追い詰めています。
    このお話、全3〜4話なのですが、基本、ママさんが追い詰めている/追い詰められている描写なので(汗)、息抜きにケンタくん登場です。

    旦那さん、最初は冷たい人にする予定でしたが、それだと重すぎてしまうので、こんなかんじになりました。

    ケンタくん、いい子と言っていただき、ありがとうございます♪
    (会計直前の買い物かごに欲しいお菓子を放り込んだりしていますが、おそらく「あ、これ買ってもらわなくっちゃ!」くらいのつもりでやっているのかなと思います)

    そうですね。あんな感じでいいんだと思いますー。
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