今回の公開内容
没含めた雑多「星の目覚まし時計プロトタイプ」
――毎日がハロウィンだったら良いのに。
そんな願い事に、多くの星が巻き込まれた。
暗い穴を駆け抜ける電気仕掛けの細長い車。わずかな光に目掛けて頭を突っ込み、滝の壁を突き破った。
『配信都市ヴィデオ、配信都市ヴィデオに到着です』
硝子張りの天井に壁、そして白い石の足場。大勢の人間が行き交う、駅構内である。
這いずり回る粘体の性別不明に、顔だけが馬で体が類人猿のスーツ姿、蝶の羽根が生えた小人の女性まで。ありとあらゆる『人間』が交錯する場所だ。
様々な人々が乗車や降車を選択する中、一人の女が男の足に縋っていた。
「酷いぞ、君!! 別れるってなんだい!? 私のどこが不満なんだ? あんなに尽くしたじゃないかー!!」
わんわんと泣き喚く女は桃色の長髪を振り乱し、黄金の瞳を涙で濡らしていた。
白い肌の上を止めどなく涙が溢れていき、それらを赤い肌の足に擦り付けるように首を振っている。
「そういうところだよ! 依存性や承認欲求が高い! 最初は可愛いなと思ったけど、世界で一番面倒くさい女はお前だ!!」
アロハシャツは女の手によって伸びてしまい、短パンすらもずり落ちる勢いの男だが、それでも女から離れようと必死だ。
男の外見は旧星世代では『赤鬼』と呼ばれていた姿だ。彼さえも今では世界が認める『人間』である。
うんざりした様子で歩みを進める男は、太い腕を動かして女を引き剥がそうと試みる。
「この都市でカップル配信者デビューの約束も反故かい!? 私は森の神殿に仕えた神官長で大魔女なんだぞ!? 怖いぞ!? 呪うぞ!? 祟ってやるー!」
「お前とはこれ以上付き合えねぇんだよ! ウゼェ!!」
男の拳が女の頬をえぐった。細い体が駅構内に浮かび、白い足場に叩きつけられる。
殴った後にようやく男は我に返ったが、女の耳に謝罪の声は届かなかった。瞳に映るのも、硝子張りの天井に叩きつけられる滝の水飛沫だ。
滝壺の中に陥ったような気持ちのまま、冷静な思考で女は呟く。
「……またか」
涙も枯れていく。すぅっと気持ちが冷めて、熱愛していた事実など蜃気楼の彼方だ。
起き上がり、腫れた頬に手を添えた。顔立ちは可愛い美人だと自負している。治すのは大得意だった。
「わかったよ。私が全て悪いのだろう? ならば早く目の前から去ってくれ。君とは違い、私はすぐに新しい運命に出会うのさ」
「なっ!? そんな言い方はないだろう!? こちらが謝ってんのに!」
「私に呪われたいのかい?」
「っ、勝手にしやがれ! じゃあな!!」
突き放したような言い方に、男は憤慨。あっさりと女に背を向けて去っていく。
何事かと様子を見守っていた人々も、痴話喧嘩が終わった途端に歩き出してしまう。都会は冷たく、夜の砂漠みたいだった。
女は桃色の髪についたゴミを落とす。手ではなく、頭から生えた梟の両翼で、だ。
彼女の容姿は旧星世代の『人類』に酷似している。異なる点は頭の両翼だけだろう。
着ている服も都市に合わせたダウンコートやスカートで、男が好きだと告げた色で選んだものだ。
惨めな思いを味わう女の耳に、ひび割れる音が聞こえた。
「ん?」
頭上に視線を移す。硝子の向こう側は滝の水流によってぼやけている。だが黒い影がいくつもへばりついていた。
とてつもなく頑丈で厚い硝子なのだが、巨大なヒビが発生していた。歯車の形をした爪が食い込んでいる。
考えもなく走り出した女だったが、周囲の人間は反応が違った。
「やっば、大事件じゃん! カメラで生配信!」
「バグ襲来なんて何ヶ月ぶりだ!? 今流行りの104事件を塗り替えられるぜ」
「再生数とチャンネル登録者も増えるし、広告収入期待できる!」
「ネットニュースに掲載許可とか申し込まれたらどうしよう?」
興奮と、期待。隠せない好奇心に下心。それらを飲み込むように、破れた硝子の向こうから激流が押し寄せた。
うねる蛇のように動く水が背中を叩く。先程体を打ち付けたせいで痛みが取れない女は、階段へ前のめりに落ちそうになった。
手すりにしがみ付くが、突撃してくる水に呼吸を奪われる。だが水位が低くなったことで、すぐに咳き込んだ。
「今日はなんて厄日だい……」
濡れた髪をかき上げ、天井を見る。穴が空いた箇所にトリモチらしき物体が付着し、少しずつ硬化していた。
警備員達が駆けつけ、カメラを構えている野次馬などは強制退去させている。女のように水に巻き込まれた被害者にも助けの手が差し伸べられていた。
「お客様、バグ発生のため駅構内は一時封鎖となります! 緊急避難の協力をお願いします!」
バグ。それは黒い靄のような、衝動の塊だ。
生命体というにはあまりにも歪で不定形。建物や生命など、見境なく襲う。思考能力や目的があるのかも不明。
獣に似た姿が多く、女の目前にいるのは狼に酷似していた。爪が歯車で、牙は螺子。それ以外は黒い靄だ。
警備員が追いかけているのは瞳が宝石、もう一人が追い詰めているのは舌が薔薇の花弁。
バグというのは変に芸術的で、散り際さえも妙に派手なのだ。
女の前にいたバグは、光の弾に撃ち抜かれた瞬間、大量の歯車と螺子を血痕代わりに撒き散らした。
「おや?」
歯車も螺子も、しばらくしたら空気に溶けて消えてしまう。バグの体を構成していた物質は、形に残らない。
だが女が驚いたのは、そんな当たり前のことではない。バグを倒した光の弾丸。それに見覚えがなかったからだ。
警備員達が呆気に取られるくらい、次々にバグが撃ち倒されていく。視界によぎるのは茶色い影だ。
あまりにも素早い小さな影。時には宝石の雨の中を駆け抜け、花弁の嵐を突き破る。
その光景があまりにも鮮烈で、女は目と心を奪われた。
これが女――エル・プリメロの運命の出会いだった。