今回の公開内容
没含めた雑多「異世界勇者が悪役令嬢に転生したようです」
「お医者様! 容態は!?」
「おちついてください。危険な状態ですが、全力を尽くします」
遠くで声が聞こえる。蛙の鳴き声みたいだ。
体が死ぬほど痛いが、助かったのだろう。よくもまあ生き延びたものだ。
なにせ魔王との戦いだ。奇跡……なのだろう。
視界は暗闇に覆われているが、わずかに光の気配を感じる。
指先を動かそうとして、喉から苦悶の息を漏らす。
腕や脚、あらゆる部分が添え木で固定されているようだ。全身骨折もやむを得まい。まさに命がけの死闘だったからな。
包帯がすぐに血で濡れていくのがわかる。体表面は冷えていくのに、芯は熱で溶けそうなほどだ。
少しでも気を抜けば死ぬ。
それを理解した矢先に、先程の蛙みたいな声が叫んだ。
「ああ、ローゼル! 我が愛しい娘! どうか死なないでおくれ!」
ん?
「お前のどんなワガママも叶えてみせるから!」
「旦那様、体を揺さぶってはいけません!」
痛む体に振動が加わって気持ち悪い。
けれど今はそれが問題ではない。
耳をすます。ひそひそとした声が拾えた。
「旦那様ったらあんなに取り乱して……あんな人でも娘は大事なのね」
「奥様が急逝して、幼い頃から好き放題。それさえも可愛いと放置していたくらいだもの」
「でも……噂では暗殺なのでしょう?」
んん?
いや、身に覚えがあるのが半分。そうでないのが半分。
問題なのは――
「王子との婚約も決まった矢先にどうして……」
「お嬢様……ジイも悲しゅうございます」
俺、女になっている?
包帯だらけの体を寝そべらせながら、夜半の梟の声に落ち着きを取り戻す。
極上の羽毛布団に夢の中へと誘われるが、意識は冴えていた。
まあ仕方ないだろう。薄目で覆いかぶさる黒い影へと目を向ける。
「お命頂戴致す」
そう告げた暗殺者は、首の頚動脈へとナイフを突き立てた。
静寂がわずかに流れる。少し経ってから、ナイフの刃先が絨毯へと刺さった。
身を引こうとする暗殺者の首元を掴み、殺気を込めて尋ねる。
「おい、俺は誰だ?」
予想よりも可憐で高飛車な声が自分から出てきた。
またもやわずかに時が流れて、
「は?」
間抜けな声が返された。
その先は瀕死の重傷人とは思えない素早さで暗殺者を押し倒し、馬乗りになって顔を寄せる。
もちろん顔の包帯を解いて、相手の首へ巻きつけている。
長い黒髪がふわりと頰をくすぐった。柔らかな美しい髪だ。
「質問が悪かったな。お前が今暗殺しようとした者の名前を答えよ」
「ろ、ローゼル・デュハインリヒ!」
「声が大きい!」
膝頭で暗殺者の脇腹を蹴ったが、思ったよりもダメージがなかった。
気絶させようとしたが、呻き声が漏れただけだった。
「誰に依頼された?」
「それは言えない」
黒い覆面からわずかに覗く眼光が、理性の光にきらめいた。
暗殺者の矜持というやつだろう。改めて暗殺者に注目する。
指でなぞった感触から、体が大きくてたくましそうだ。
声の雰囲気は若い。青い瞳にも生気が溢れている。
「間抜けな女め!」
覆面を突き破って針が飛び出てきた。
薬品が塗られているのか、先端が錆びている。
それは額に刺さり、暗殺者は勝利の笑みを浮かべた。
「耐毒スキル持ちなの知らないのか?」
「っ、ぐっ!?」
暗殺者の胸板を拳で叩く。骨が多く、筋肉で阻まれようとも内臓――肺にダメージを与えられる。